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術士の教本

「うーむ……困った」


 俺は夕飯の仕込み前に、街を散策した。目的は、術に関する本である。落ち着いた時間が多くはないが取れるようになった為だ。

 同盟調印が終わり次第、迷宮の掃除が本格化するだろう。その前に、自分の[錬金術もどき]を出来る限り解明したい。その為には、この世界に存在するワグナーが使ってきたような術を知るところから始めようと考えたのだ。……まあ、空振りに終わってしまったが。


「需要がなさすぎて入荷しないわけか……そりゃそうだよなぁ……」


 散々な結果に溜息が漏れる。

 需要がない、売れない。つまり、仕入れても利益にならない=商品価値がない。

 一般的に本は手書きによる写本だという話だ。それだけでも高価なものになるだろうが、知識を記したものである以上、さらに倍プッシュになると雑貨屋の熊耳生やしたでかい親父さんは言っていた。

 その上絶対数が少ない術士の教本となれば、希少度と需要の無さの両方から、良くも悪くも値段が付けられる代物ではないと言われてしまった。


 技術ってのは、俺が思っている以上に貴重なのだろう。身につけている側からすれば、それが飯の種なのだから、おいそれと広げれば自分が食っていけなくなる。いかに現代日本が恵まれていたのか痛感したわ……。

 本だけではなく、新聞で、それ以上にネットの普及によって簡単に情報が得られる。今では当たり前のことだが、ネット環境が整備されていない時代──俺が小学生の頃に現代日本を見たならば、それは異常に満ちたSF世界に見えた事だろう。


「さて、どうするか……」


 いや、どうするもなにも目的のものがない以上は、どうにもならない。

 前金払って入荷を頼むことも考えたが、常識的に考えていつになるのか皆目見当がつかない。払い損になる確率が圧倒的に高い。ネット通販、アマ○ンってすごいな……。


「お困りですか?」

「うぉ!?」


 振り返るとそこにアレリアさんがいた。毎度のことながら神出鬼没だ。この人実はニンジャじゃないのか?まるで気配を感じなかった……。


「ど、どうも。……買い物、ですか?」


 いや、自分て言っておいてなんだが、アレリアさんの手に買い物かごはない、手ぶらだ。

 買い物ではないのか?いや、俺のように空振りに終わったのかもしれない。


「ええ、食材の消費量が多いもので、私1人、いえ、3人いても厳しいと判断し、買い付け先に毎日の配達を依頼した帰りです」


 買い物で合っていた。

 消費量か……。そりゃあ、多いよなぁ……。特にシルヴィさんとジークとグレンが。それとマイルズも。


 モントさん曰く、「美味であれば、食は進むものですぞ」だそうだ。まったくもって反論できない。

 からあげを作った日の夕食なんかは、ユーディが確保してくれたからあげ5個を除いて、おかずが全滅した。予想だにしなかった配慮に、思わずぎゅっと抱きしめてしまったよ……。


 まあ、そんなこんなで、あいつらはとにかく食うのだ。きちんとよく噛んで味わって食っているから、作っている側としては何も言えない。量を増やしながら様子を見ている状態だ。


 ……そうだ。もしかすればアレリアさんなら……。


「失礼、実はちょいとご相談が……」


 俺はアレリアさんに術の本を探している事を伝えた。

 シルヴィさんの屋敷管理をしていたアレリアさんならば、そういった本が屋敷にある事を知っているかもしれないと思い至った次第だ。


「……一冊、心当たりがございます」

「本当ですか!?」


 聞いてみるもんだな、やったぜ!と、心の中でガッツポーズ。


「ただ、少々面倒な場所に保管してありますので、夕食後にお部屋へお持ち致します」

「め、面倒?」

「はい、面倒な場所です」


 アレリアさんが面倒というほどの場所って、一体……。いや、ヤブをつつくのはやめよう……。蛇より碌でもないモノが出てきては敵わん。




 そして夕食後、俺は自分に宛てがわれている部屋で本を受け取ったのだが……。


「タイトルがない?」


 硬い紙を束ね、それを赤褐色の革表紙で挟んだ本。

 妙だ、何故こんなにも、古いと感じない?

 めくって軽くパラパラと流すが、今にもインクの臭いが漂ってきそうなほどに劣化を感じない。紙そのものにも、変色がまるで見れれない。……この本、何かがおかしいぞ。


「タイトルを記される前に、お亡くなりになられてしまったのです」

「……著者はどなたで?」

「今の主様の亡き御子息、キシュサール=バルフィリアス様です。キシュサール様は、大陸一と謳われた術士で有らせられたケルヴァ様に師事なされていました」


 これ……もしかしてとんでもないモンとちゃう?つまりだよ、ウィルゲート大陸史における屈指の術士直筆……これ以上ない教科書ってことやないか!?


「こんなすごいもの、俺が読んでいいんでしょうか?」


 恐らくこれは術士にとって計り知れない価値があるだろう。価値がありすぎるせいか、躊躇ってしまう。


「遠慮される必要はございません。優れた術士になり得る人物にこそ手に取ってもらいたい、それがキシュサール様のご意思でした」


 優れた……ね。なにがどうしたのか、俺はアレリアさんのお眼鏡に適ったらしい。この人、そういう才能を見抜く能力でもあるのだろうか?まあ、それなら……ありがたく、読ませてもらおう。




 そうして、俺は名も無い本を片手に術の知識を収めていった。

 はっきり言って、この本はやばい。いつかあいつらから聞いた術講座が『いちたすいちはさん』だと例えるなら、この本の内容は『高校数学』だ。それだけレベルが、次元が違う。


「ああ、これは確かに……表に出せないわ」


 冒頭部分だけでも解ったことことは数多い。

 術には火、水、風、土、雷、氷、陽、陰の8属性が存在し、一般的に認知されていない空、時の2属性、計10属性存在するらしい。それらを扱うには、発動術式の理解と、生まれ持った資質を必要とする……と。

 そして効果・難易度・魔力消費量の大小でランク付けされており、下位、中位、上位、最上位、天上位に分けられる。

 さらに、周辺環境に属性由来のもの──例えば水魔法なら湿気や水滴が豊富にあれば、威力・魔力消費量減少のボーナスが付くが、ほぼ皆無の場合使う事自体できないという。


 各属性の特徴を簡単にまとめると──

 火──攻撃が他属性と比較し高威力。ただし範囲制御に難あり。

 水──攻撃・防御・回復の全てを可能とする万能型。

 風──射出系攻撃が基本的に不可視。常に威力・魔力消費量減少のボーナスが付く。

 土──防御特化。下位~最上位まで障壁展開系が存在する。攻撃は総じて物理。

 雷──対生物に特化した属性。ほぼ全ての攻撃に麻痺の追加効果がある。

 氷──水同様に万能だが、周辺環境に干渉する魔法が多い。

 光──回復に特化した属性。

 闇──多種多様な弱体化を付与可能な、弱体化に特化した属性。

 時──物体・肉体の時間に干渉する。対象へのデメリット有り。

 空──環境への干渉に特化した属性。戦闘向きではない。


 説明に射出系やら障壁系と述べたが、攻撃魔法なら他に放射系、奇襲系、殲滅系という具合に、各分野でさらに細分化される。


 例外として、一部の種族、一部の魔物には、直感で術を扱う者がいるらしいが、それらを詠唱を要する術と同一存在して扱えるかどうかは不明。何にせよ、第一に資質がなければ門前払いだ。


「資質、か……」


 まず自分の資質を確かめる事にした。やり方は自分の体内を循環する体内魔力を自覚し、任意の場所──指先や掌に集め、火種や水滴等、属性に沿ったモノをイメージして具現化できるかどうか。

 いや、それ以上に難しいのは、体内魔力とやらを自覚する事のような気がする。こちとら魔力なんてものに馴染みは無い。空気中にもあるというが、無味無臭のよくわからんものをどう認識しろというのか。


 ……いや、循環?それなら、体を巡る血液をイメージすれば、とっかかりくらいは掴める、か?

 その場合の最適な姿勢は……。


 俺は本を開いたまま机に置き、靴を脱いでベッドに上る。

 胡坐をかき、両手の指を交互に重ね、目を閉じ……己の内に潜る。ザゼンメディテーションスタイルだ。


 雑念を可能な限り払い、心臓の鼓動を、血流を感じとる。


 ……。


 …………。


 ………………。

 

 ……………………!


 何かが……血ではない何かが、全身を巡っているのを感じる!これが魔力か!




 自覚してからはとんとん拍子だった。

 

 結果的に、火・風・土・雷・氷・陰・時・空──7属性の資質があることがわかった。自身の資質のあまりの多さに「ウヒョッス最高ッス!!」と小躍りしそうになったが、先に記された一文を思い出して冷静になった。


 『資質が多ければ多いほど無駄である。何故ならば、全てを極めることは、定命の存在である限り不可能だからだ。全てに食指を伸ばせば、その全てが中途半端のままに、何にも至れぬまま己の生を終えるだろう』


 ……うん、俺の人生そのものを言い表しているといえる。

 色々な事に興味を持ち、手を広げていった結果、広く浅く、ところにちょってはちょっと深くという具合になったのだ。殆どが触りだけだが、料理とか大分興味を持ったものはそれなりのレベルに達している。

 多才であることが悪いわけではない。実際それで命を拾った場面が多い。結局のところ、俺は半端者なのだ。

 なんにせよ、一通りはモノにしてみるつもりだ。複数の属性を合わせた複合術もあるらしいし、楽しみだ。




 そして、現在──俺はある術を料理に対し、大いに活用させていた。

 [ジ・イソラティオン]。時術に分類され、簡単に言うと物体の時の流れを止める術だ。



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ジ・イソラティオン

干渉系時術。

 対象を時の流れから切り離し、状態・形状を固定、温度の影響をうけなくなる。

 固定状態になった対象は破壊不可能となり、受けた衝撃を蓄積し続け、解除に伴い蓄積された全ての衝撃を開放し自壊する。

 非生物にのみ有効。

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 この術によって食材の腐敗を防ぐどころか、作りたてのアツアツ時にかければ解除時も同じく暖かなままなのだ。保管のための冷蔵庫も電子レンジも不要!……下手に衝撃を加えたら、解除時に爆散するけどな。生卵とかもう爆弾よ。


 キシュサールの書の後半部は、時術に関しての考察、検証が大半を占めていた。恐らくだが、キシュサールは俺と同じように時術の資質を持っていたのだろう。


 ちなみに、『自身に時術をかけてはならない。掛ければその度合いに対して、相応に自らの時間、寿命が失われる。自身の体を加速させればそれだけ老化が進む。故に、時術とは禁術也』と、最後のページに本の主要部分を、自らの研究を全否定するような一文で締めくくられていた。


 問題の加速術は確かに記されていた。

[アクセルバースト]。自分だけ時の流れを加速させ、筋肉強化不要で機動力を高める術だ。

……使うつもりは全くないから、習得していないけどな。どこぞの吸血鬼なら兎も角、定命のヒトが使うには身に余る。


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アクセルバースト

自傷系時術。

 自身の時の流れを2倍に加速させ、機動力を高める。

 効果時間分、寿命を失う。

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 もしかすれば、キシュサールはそれが原因で自らの死を早めてしまったのかもしれない。……まあ、二度目の命を花火のように散らす気は皆無。太くて長い静かに燃える和蝋燭のような人生でありたいものだ。


 ……それはそれとして、300年以上前に生きていた四星ケルヴァに師事していたキシュサールと面識があるアレリアさんって、一体……いや、止そう。これは触れてはいけない領域の気がしてきた。

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