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迷宮の異変

まだまだ忙しいですが、ぼちぼち行きます。

 『彼』が生まれたのは偶然だった。

 いや、正確な所は解らない。そもそも『生まれた』と定義すべきか、『発生した』と定義すべきか、それすらも定かではないのだ。


 明確な親を持たない『彼』はヒトの観察を以って、三大欲求たる『欲望』を知った。


 欲望……生きる者が等しく持つ、発想、行動、思考の原動力となるモノ。


 観察を通し、『彼』は壮大な欲望を抱いた。

 肥沃なこの地を、広大な大地を、世界そのものを欲したのだ。

 簒奪手段として自らの体内で数多の魔物を生み出し、容赦なく蹂躙し、占領していった。


 だが……あるメスのオークがこの地に現れた事で、状況が一変する。

 『彼女』はオークというには余りにも美しく、余りにも暴力的だった。


 自らが生み出した魔物が、悉く屠られていく。

 『彼女』の存在は『彼』に新たな感情を芽生えさせた。


 全ての弱者が抱く感情──恐怖を。


 強大な力を振るう『彼女』に呼応するように、4人の戦士が加わり、ついに『彼』は封じ込められてしまった。


 彼は学んだ。敗北がもたらす屈辱を。


 次はうまくやる、やらねばならない。

 今必要なのは手勢だ。より多くの、より強力な駒が必要だ。

 動けない自分に変わり、働かせる為の、強力な力が。




 『彼』はおよそ370年に渡り、自らの体内で配下を増やした。増やし続けた。

 食物連鎖により、100を超える魔物が強大な進化を遂げていった。


 そして、今、『彼』の体内には、かつての100倍に近い戦力が整った。

 この戦力ならば、一夜にして、再びこの地を蹂躙できるだろう。ふた月もあれば大陸全土を手中に収められるだろう。


 だが、『彼』は現状の戦力に満足しなかった。

 更なる力を欲した彼は、長い歳月の間に編み出した、[召喚術]を使う。

 あらゆる土地から強大な魔物を召喚し、さらなる戦力として手製に組み込もうとしたのだ。


 ここで『彼』は慎重になる。

 万が一、否、億に一でも最強の手札を超える存在を召喚してしまえば、どうなることか。

 『彼女』のような者を呼び込めば、おそらくは行動を制御しきれないだろう。『彼女』のような、壁があればぶち壊してでもまっすぐ進むような存在は手に余る。超低確率で存在するイレギュラーの恐ろしさを、『彼』は経験から学んだのだから。


 そこで『彼』は手始めに、貧弱な、動きが遅い魔物を召喚することにした。

 それならば害はないだろうし、いずれはほかの魔物に食われるだろう。そう思い、召喚を行った。


 それがかつて自らを追い込んだエヴェルジーナを凌ぐ、破滅を招くモノであるなど、微塵も思わずに……。




*




「そろそろ迷宮の威力偵察を行いたい」


 シルヴィさんの別宅、所は応接間にて、迷宮攻略の為の話し合いが始まった。……この場にいるのは俺とシルヴィさんだけだが。


「まだ同盟調印前ですよ?それに、守備兵の鍛錬を任せているグレンが昨日夕飯どきに、「なんと軟弱な」とか愚痴をこぼすほどですよ?」


 当初のシルヴィさんの計画では、前衛2、中衛2、マッピングに1、後衛兼サポート1の6人組を10組つくり、数組ずつ交代で突入するという計画だった。その為に、現在この魔都ウルラントにおいてシルヴィさんに次ぐ実力者であるグレンに戦闘指導を頼み込んだのだ。


 ちなみに、当のシルヴィさんは先代魔王時代からの宰相であるシグルス氏と共に、書斎にて書類の山と毎日格闘している。代理統治者という立場ゆえに、先代から有る未処理の山積み案件は放置できないのだ。

 これとは別に、陳情書も毎日のようにこの別宅に運び込まれる。紙質が宜しくない重い、硬い、厚いのトリプルコンボペーパーが消化しても消化しても次々と運び込まれ、終わらないマラソンを強要させている状況だ。

 何故別宅で仕事をって?魔王城へと登城するのに片道最速30分かかり、承認印を押せるのはシルヴィさんとシグルス氏だけである為、効率化を図った結果、この別宅が仕事場になってしまったのだ。


 結果、シルヴィさんは長時間デスクワークの日々が続き、慢性的な運動不足に陥っていた。その解消の為に、夜明けと同時に俺とランニングを途中まで同じコースを行い、ついでに魔王城の封印を確認している、らしい。


 あの坂道は鍛錬にはいい場所だ。実際、グレンが守備兵らを鍛え上げる際にも多く使われている。もちろん鎧あり武器ありのフル装備である。なんとも、膝の軟骨がすり減りそうな鍛錬だ。


「それがな……どうも内部の気配が妙なことになっておるのだ」

「妙、とは?」

「個々の気配が消えていっているのだ。まるで死の病を患った病人のように、毎日消えている。ついに今日、気配を感知できなくなった」

「楽観的に言えばいなくなった……ですか。あるいは……」

「奥に大移動した、という線だな」


 前者であるなら歓迎するところだが、増えていたところにいきなり数が減るのは不自然だ。が、仮に奥に集まっているとすれば、奥で一体何が起きているのか。モンスターハウス状態になっているのか、あるいは……。


「共食いが起きているとでも?」

「あの閉塞されたダンジョンで、かつて儂らは自然由来の食料を入手できなかった。となると、この370年閉じられたあの空間で、あの場の魔物は何を糧に生きているのかという疑問にぶつかる」


 閉塞された環境下で生まれるのは共食いだ。迷宮の内部環境は、いわば餌が尽きた多種多様の魚が住む水槽のようなものだと言えるだろう。そんな水槽で生き残れるのは、他より大きな唯一匹の強者のみである。

 ごく一部の動物を除いて、共食いに対して忌避感を抱く。個人的解釈であるが、共食いへの忌避感とは、高い知能の表れではないかと思うのだ。同種でなければ忌避感が生まれることはない。ほとんどの人間にしたって、同じ哺乳類である牛や豚の肉を食らうことに忌避感はない。置き換えて言うと、ゴブリンがオークを食うことに抵抗などないということである。


「食物連鎖……か」


 迷宮が下位の魔物を生み出し、それを中位が、その中位を上位が喰らう形になっていれば、安定して数も質も増える。それが減ったということは……迷宮が御しきれないモノが生み出された線もありえる。成程、それを確かめるための偵察か。


「んで、誰が偵察に行くんで?」

「儂と、お主、グレン、ジーク、ここは確定だ」


 まあ、そうなるな。前衛にジーク、シルヴィさん、後衛に俺、背後をグレンが守り……。


「……いやちょっと待ってくださいよ。暫定でも魔都の実質トップが前線に出るのはまずいですよ!?」

「そう言うな、体がなまって仕方がないのだ」


 そりゃあ貴方、どう見ても武闘派ですからね。動きたくなる気持ちはわからなくはない、が……


「書類の山はどうなるんで?」


 決済待ちの書類の山が問題なのだ。1日で偵察が終わればいいが、こういう迷宮ってのは得てして予想通りに事が運ばないものだ。大半のラノベやアニメ、ゲームなんかではそう。現実にも、未開地域の探索では予期せぬトラブルはつきものだ。

 この世界がそういった物語の欠片を養分に育っている真っ最中だと、ロンゲ神は言っていた、即ち、そういった不測の事態が起きる要素が十二分にある。その不測の事態が起きて1日で終わらなかった場合……。


「正直、サボりたいのだ」


 死んだ目でポツリとつぶやいた。


「トップがそれでいいのかよ……わからなくもないですけどね」


 思った以上に精神的にキているようだ。……確かに、休みなしで毎日毎日だものなぁ……。まさにブラック企業。いや、セルフブラックの自営業か?


「宰相殿はなんと?」

「ふっ、ゴーザインはもらっておるよ」


 ……この人にとって、迷宮探索ってのは子供が遊園地に行くのと同じような感覚なのかもしれない。いや、だからこそ宰相殿は許可したのかも。息抜きと国益、一石二鳥になり得る、か。


「しかし、流石に準備までは手が回せん。そこで、その準備を一任したい」


 え。……俺?


「必要な人選とか日程とか持ち込みの食料とか装備とか、薬品類に経費もろもろ全部っすか?」

「うむ」

「探索における生命線ですよ?」

「うむ」

「他に適切な人選とかいないんですか?」

「おるはずがなかろう。そもそも迷宮などウィルゲート大陸にはアレしかない。……つまり、だ」


 読めてきた。ノウハウが根本的に存在しないのか。で、この探索はそのノウハウ構築の第一歩。


「試行錯誤の段階から始まるってわけですか……」

「儂らそこまで深く行ってないしのぅ」


 これ結構大仕事だな。たしかにこりゃあ書類相手の傍らには無理だ、うん。


「というわけだ、任せる」


 まあ、しょうがない……あらゆる状況を想定して、可能な限りやってみますか。


「任されました……が、厨房に立つのはしばらく夕食時のみに。日が高いうちでなければできないことが多いですんで」


 日没後って商店空いていないしね。コンビニが恋しいぜ。


「それと、期待はしないでください。迷宮探索なんてお遊び(ゲーム)でやっただけですんで」


 ネトゲとレトロゲーでの経験しかないわ。……テロリストのアジトが迷宮のうちに入るなら、一回経験があると言えるか?どうなんだろう?


「ところで……今日の夕飯はなんじゃ?」


 まだ3時ですよ、おじいちゃん。もう夕飯が待ち遠しいのですかい?


「玄米に豚汁、野菜炒めと豚肉のサイコロステーキです」


 ちなみに現在の俺は、専ら料理番である。いやはや、食べてくれる誰かがいるというのは嬉しいことだ。


「む?何故玄米なのだ?」

「玄米には栄養素が豊富に含まれているのですよ。……白米を好むのは分かっていますが、育ち盛りの子の為です」

「ぬぬ、そう言われると文句が言えん」




 話し合いを終え、俺は厨房へと急いだ。

 あれから一週間、俺たちは各々の役割を果たしている。現代のレシピを多数持っている俺は厨房に。俺自身がうまいものを食いたいし、ジークとユーディには栄養豊富な美味いものをきちんと食べてもらいたいのだ。

 一般的に栄養学が浸透していないらしく、そこら辺が課題だろうが、シルヴィさん曰く、それ以前に貧困層の飢えをなくすことが重要らしい。

 確かに、飢えがなくなれば裏の奴隷商に流れる子供も減らせる。腹いっぱい食えれば、最低限は満たされるからなぁ。食物は十分に流通している現状での問題がこれだ。要は買うための金を満足に得られない事が問題なのだ。つまり根底のあるのは雇用問題。一筋縄では解決しないだろう。


 そうそう、グロムビルと取引をしていた奴隷商は捕縛され獄中だ。信頼を失った東西守備兵が、名誉挽回のチャンスとばかりに働き、処刑日の前日には既に捕縛されていたらしい。取引先を吐かせれば大規模な捕物になるため、慎重な調査が行われているそうだ。


 問題の売買された子供達だが、これに関してはどうにもならないらしい。

 売買が行われる土壌を放置していた先代魔王アルガードスに問題があったし、違法とはいえ、双方合意で取引が成立されている。

 仮に救出できたとしても、自分を売った親元に帰りたいと思う子供はいるだろうか?帰ったところで受け入れられるだろうか?

 否、売買成立時点で、親子の縁に修復不能な亀裂ができてしまっているのだ。親元に戻したところで、また同じことが繰り返されるだろう。最悪の場合、「どうせ戻ってくるなら殺してしまおう」なんて畜生結論に至る事もあり得ないとは言えない。


 それ以前に、今なお生きているかどうかが怪しい。栄養学もなければ予防接種もない。手洗いの習慣はあれど菌の概念すらないこの世界において、子供は特に死にやすい傾向にある。ろくな食べ物を与えられない環境が続けば、どこの世界の子供だろうと死んでしまう。奴隷として買った子供にいい物を食わせる奴がいるとはとても思えない。善人なら真っ当に孤児を引き取るか、或いは自らの手で保護するだろうし。まあ、この先の動きは引き続きの調査次第だそうだ。


「お?」


 向こう側から鮮やかな草色のワンピースの上に柴わんこブランケットを羽織ったユーディがやって来る。


「おう、どした?」

「あ、ナナにぃ。洗濯物……」


 俺の柴わんこブランケットをいたく気に入り、片時も離さなくなってしまったのだ。

 それはそれとして、洗濯物……?廊下の窓から空を見る。天気は晴天……いや、雲が少し出てきたか?


「雨降りそう」

「ああ、取り込みか」

「ん」


 髪の毛先がくりんと少し内側に巻いている。よく見ればしっぽの毛先もくるりと巻いていた。ユーディ曰く、毛先がくりんと少し巻くとなると、雨が降るそうだ。

 ユーディの頭を撫でると、モフモフのしっぽが左右に揺れてた。柴わんこブランケットの譲渡を条件に、1度モフらせてもらったが、あれは素晴らしいものだ。病みつきになる。ただ、ユーディは体力を消耗するのか、息遣いが荒くなっていた。現在、俺は専ら己のモフりたい欲望との格闘中である。


「ナナにぃ、あとでブラシ、お願い」


 ブラシかけるほどか?ちょいとしたアクセントになっている程度で可愛いと思うが。


「くせっ毛もありだと思うんだがなぁ、可愛いやん」

「それでも。されるの、嫌いじゃないし」


 ほんのりユーディの顔が赤くなっている。あーかわいいなぁもう。顔が緩みそう。


「おう、ええよええよ。って、洗濯物」

「あ、いけない。ナナにぃ、後でね」


 パタパタとユーディは駆けていった。

 俺をナナにぃと呼んでいるが、特に問題はなかったので普通にオーケーした。生前、弟妹からは兄貴、兄ちゃん、あに、などと呼ばれているために、抵抗とか恥ずかしさとか、そういうものは大昔に消えてしまった。……例外は、あるけどな。

 まあなんだ……本当に、救えてよかったわ。仮に、1日到着が遅かったならば、奴隷商に引き渡され、異常性癖のクズに買われていただろう……。そういう唾棄すべき取引先が主な相手だとか……ああ、ぶっ殺してぇ。


 結局のところ、自分の手の届く範囲でしか救えないんだよな……。俺は超人でも天才でも英雄でも正義の味方でもアンパ〇マンでもない。唯の器用貧乏の凡才だ。

 いや、誰だってそうだ。手が届く範囲も、つかみ取れる数も、やる事成す事全て分相応にしかまともにできない。それだけの話だ。




 さて、そのユーディとリレーラはシルヴィさんの別宅で再会することができた。しかしそこに感動の対面とかそういうのは一切なかく、むしろ逆だった。

 ユーディは開口一番こう言い放った。


「出るときに持ちだしたお金、半分返して」


 ユーディは姉を頼って来たのではなく、姉が持ち出した金を回収するために来たそうだ。


「姉が持ち出したおかげで、ひどいことになった。草の根とか食べて生き残った。半分は私の」


 その場にいた全員の目が、リレーラに集中。どうやら両親の死後、出稼ぎのために備蓄の金全てと食料に手を出したらしい。


「お前、いいもん食わせるために備蓄に手ぇ出して出てきたのかよ……」


 付き合いが比較的長いマイルズが、呆れと軽蔑の眼差しを送っていた。


「う、あううう。だ、だって、無一文じゃ……」

「限度があるだろうが大馬鹿野郎!!!」

「ひぅっ」


 なんというか、俺の中でリレーラの評価が残念美人からダメな子に格下げされた。確かにこれは頼りたくない。頼ったら死ぬ。無自覚に殺される。

 まさかとは思うが、糞豚はこのダメっぷりを見てシンパシーを感じて手元に置いたのだろうか?


「ユーディ、持ち出し額は?」

「銀43枚銅4枚鉄31枚」


 これは多いのか?うーむ、大金かどうかの判断に困る。俺の頭はまだ日本円基準だからなぁ。よく知る人に聞いた方が確実か。


「アレリアさん、一般的価値はいかほどに?」

「都市ならともかく、山間部などの農村等でこれだけの金額を貯めること自体難しいでしょう。推測ですが、傷んだ農具の買い替え、日用品購入のための備蓄が大半かと思われます。あるいは……贈り物の為の貯蓄という線も……」


 贈り物?誰が誰に、んなもん言うまでもないだろう。

 さっ……と、リレーラがユーディに土下座した。


「お金ないの……だから稼ぐまで待って……」

「家を出てから3年、浪費だけして一銭も貯めていない。あえて言う。はっきり言う。姉は無能。ゴミクズ」


 容赦ねぇな。本当に容赦ねぇわ……。


 ユーディがリレーラを見る目は、言葉に違わずゴミを見るようだった。

 給金が少ないというのは前にマイルズが言っていたが、ほんの少しずつでも備蓄することはできなかったのか。できなかった結果がこれだ。


 リレーラの現在の懐事情は言うまでもなく厳しい。馬車と百合馬を売った金は、マイルズ、リレーラで折半したのだが、売却前の予想額を大幅に下回ってしまったという話だ。

 馬車そのものが糞豚のいわくつきで価値が低く、さらに車輪と軸の摩耗が過剰積載の影響か相当に激しく、それが値崩れに拍車をかけてしまったらしい。馬に至っては同性愛ということで不良物件扱い。マイルズ曰く、「何も無いよりマシ」だとか。


 ハヤブサも元を正せば糞豚の持ち物であり、売却する方針だったがのだが、黄ばんだ体毛で下半身に正直な奴が売れると思うか?いや、売れない。実際売れなかった。あれで有能だといくら言っても、説得力のせの字も無い。最終的にシルヴィさんが引き取る形になった。


 リレーラのやらかしに話を戻すが、シルヴィさんによれば窃盗罪に当たり、4倍賠償が適用されるという話だ。


 窃盗をはじめ、犯罪は基本的に被害者へ金銭での賠償によって罪を精算するのが常識らしい。

 が、傷害、また身体の一部を欠損した場合、賠償額は過去に支払われた前例をもとに算出され、総じて桁がぶっ壊れた額に。支払えない場合は犯罪奴隷となり、鉱山で強制労働させられ、その賃金の8割が被害者の手元へ、1割が食費へ、残り1割が加害者の手元に希望という名の呪縛として残る。

 一割手元に残すのは精神が長持ちする要因となり、食費以外全額徴収で死ぬまで働いた場合と、8割徴収で死ぬまで働いた場合を比べると、後者のほうが圧倒的に被害者の手元に渡る金額が大きいらしい。

 で、当然その一割は彼らにとっての生命線であり、娯楽の種。暴力行為こそ認められていないものの、賭博は認められている。まるで帝○グループの強制労働施設だな、と、話を聞いて思った。だがよくよく怨念から教わった犯罪奴隷の最後の扱い思い返すと、〇愛グループのほうがまだましのような気がしてきた。


 補足だが、生活において重大な影響を与えると判断されるレベルの犯罪の場合──例を挙げるなら先の人身売買事件だな。あの場合は全ての被害者に金が支払われた場合、額が天文学的数字となるが、被害者の子供たちの生死がほとんど不明である為、加害者の全財産を没収処分した上で処刑。生存を確認、保護できた子供たちへの保証が順次支払われるという。

 今回のケースでの保障は金銭と住居だそうだ。ユーディの滞在もその一環に当たり、それなりの額が支払われた。……俺に管理してってユーディから渡されたときは困ったが、信頼の証とも言える代物であるため、彼女の嫁入りまで厳重にしまっておくつもりだ。


 処刑の理由についてだが、加害者の人数も多く、全てが解明するまで投獄し続けるのは経費がかかりすぎる為、そして前政権の汚点排除を演出し、時代の変わりを明確にさせる為だそうだ。

 処刑後に残る死体は、『死の谷』と呼ばれる場所に廃棄される。二度と悪事ができぬよう、魂もろとも深く深くに沈めてしまうのだそうだ。谷の上に墓石があるが、そこに刻まれているのは『世界のクズどもが落ちる谷』だと。もはや墓石ですらない。


 あ、俺のワグナー殺害に関しては、国賊の処刑扱いになった。要は無罪である。権力ってこういう時は役に立つ。


 話が逸れたな。んで、リレーラの場合、ユーディの所有権が認められる半分の4倍。およそ金貨1枚分だな。平均的な日雇い労働報酬を基準に計算すると、完済まで最短で半年。仮に完済できても姉妹で同居は心情的に不可能だろう。

 ユーディが許容できるとは思えないし、リレーラのアホな判断に巻き込まれるかもしれないと思うと、俺がユーディの立場でも御免被る。

 とはいえ、この件も結局例の人身売買が絡んでいる。最終的にユーディの温情で不起訴。犯罪歴が付かない代わりに、きっちり金貨1枚をまっとうな方法で支払うことになった。


 そのリレーラは現在、ハンター組合に登録し、日々獲物を狩り、組合を通して売却し、市場の活性化へわずかに貢献している。逃げ出せばどうなるか、アホでもわかっているのだろう。今度こそ起訴されて犯罪奴隷に落ちて鉱山行きだ。

 鉱山で看守や囚人による強姦がないとは言い切れない。それが原因で感染症等で死亡するケースもある。逃亡と書いてジサツと読めなくもないだろう。


 そして、ユーディは俺が身元を預かることに、つまり俺が保護者になった。ユーディの預かり先は、シルヴィさんが引き受けると言ってくれたが、頑なに俺がいいというものだから折れるしかなかった。まあ、悪い気はしない。


 ちなみにマイルズはシルヴィさんに雇われた。馬の世話と、御者としての能力と経験を買われたらしい。この先の事を考えれば、有望な人材はいくらでも欲しいそうだ。

お読みいただきありがとうございました。

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