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ある日、森の中、スラさんに、出会って、逃げた

「う……」


 日差しを感じる……あったかいなぁ……。冬の日差しってなんでこんなにあったかいんだろうなぁ……ああ、起きたくねぇわ。……一寸待て、冬にしちゃあ暑い。


「……ハッ!」


 上体を起こして即座に周囲を見渡す。自分がいるのは、鬱蒼とした森の中の、部分的に開けた場所のようだ。ここだけ円形に、短めの草花だけが咲いている。


 ……あるぇ?


「ココドコ?」


 ああ、そうだ、俺死んで、神力を全部地味チート能力に変えて……。……夢だったのか?いや、それならこんな場所に居はしない。=夢ではない。現実ッ!

 ……オーケー、一寸落ち着こう。まずは持ち物の確認をするべきだ。

 今身につけているのは、数少ない外出用の黒Yシャツ、革ベルトに迷彩柄ジーンズ、安物の靴、防水加工された安物の腕時計。

 アレ?なんだろう、視界に、いや、耳の上に、鼻骨の上に違和感を感じる。あるべきものがないような……メガネどこいった?


「メガネメガネ……メガネメガ……はっ、メガネなしで見えるのか!?」


 なんということだ、やっぱり夢か?……いや、腕の肌ツヤが30代のそれとは次元が違う。瑞々しさが溢れる、過去に失った輝きだ。

 シャツをめくって腹を見と、銃創の類は一切なく、岩石のようにゴツゴツと割れていた腹筋は、見るも無残な大平原。ムダ肉がないのがせめてもの救いか。

 ゲームで言うところのレベル99キャラがレベル20くらいまで強制的に下げられるっていう感じ。なんというか、喪失感が半端ない。有事の際に備え、来る日も来る日も鍛えて鍛えて鍛え抜いた腹筋(ジョニー)が、上腕筋(ランスロット)が、大胸筋(オイゲン)が……筋肉達が……。

 ……こういう時、夢と現実を判別する古典的な手段といえば、あれしかないだろう。汝、夢だと思うならば、右の頬を捻り給え、と。


ギチッ


「イテェ」


 堪らず頬から手を離すが、未だじんじんと痛みは残っている。どうやら現実らしい。そうか、現実か……と、メガネがあった場所に右手が伸びる。メガネがないのに無意識にクイッとあげようとしてしまった。

 思えば、あれも俺の体の一部だったんだよなぁ。今までありがとう、マイメガネ。さようなら、マイメガネ。作って1年未満の短い付き合いだったけどありがとう、さようなら、8代目のマイメガネ。センキューフォーエバー。


 しかし、なんでこんな場所に送るかねぇ、あのロンゲ。どう見てもここ、かなーり深い森の中とちゃう?花咲く森の道ってわけじゃないけど、クマさんに出会いそうな森ですよ?とても安全だとは思えないでしょうよ。

 楽観的に考えるなら、この森には小動物しかいなくて人目がなく、比較的町に近いからという理由で選んだのかもしれない。

 まあ、安全だという言葉を信じる他ないな。とりあえず、森を出るにしても、なにか使えそうな物、さしあたって食料とかは……えっ?


「あ、あれは!?」


 ぐるりと周囲を見渡したその時、俺に電流走るっ……!!!

 少し離れた場所に、ソレは無造作に落ちていた。この場所に似つかわしくない異物であるのは間違いない。なぜならそれはこの世界のものではなく、俺の部屋の押し入れにしまっておいたもの。

 近づいて手に取りよく見ると、草露で僅かに濡れているものの、間違いなく自分の持ち物だった。


「なぜ……」


 それはたまの遠出(コミケ、遠征とも言う)に使う黒のリュックだった。小さいポケットひとつ付いただけの、ポリ繊維で出来た比較的丈夫な作りの物だ。ただしメイドインチャイナ。

 なぜここにあるのか分からないが、この存在は大きい。手ぶらではどうしても所持に限度がある。これで道中手に入れた食料諸々入れられる。それに加えて、両手がフリーになるのだ。


「まさか他にも!?」


 予感は当たった。

 俺が横になっていた場所を中心に、愛用していた柴ワンコのブランケットが1枚。死ぬ前に飲んでいた(と思われる)お茶が入ったペットボトル。文房具屋の福引で手に入れたボールペン20本セット(死蔵品)。

 特に最後のなんやねん!!!5年も前に押入れの奥に突っ込んだものがなんで出てきとるん!?そしてなんでこんなしょうもない存在を覚えてる!?

 ……オーケー、落ち着こう、ちょっと興奮しすぎだ。


 フゥ…………すごく落ち着いた。


 ひとまずリュックに全部ぶち込んだ。当然ボトルのお茶は全部放流。一週間中途半端な室温で飲みかけ放置されたお茶が腐っていないとは思えない。容器だけは間違いなく使えるので確保だが、カビには注意しなければ。ペットボトルは中がカビやすい。

 収納後にリュックを背負い直し、ふと思った。


「何かおかしくないか?」


 あのロンゲ、身の回りのものについては一切言及していなかった。だというのに、これだけのものが無作為に選ばれ、周囲に散らばっている。

 文明レベルは中世と言っていたはずだ。今拾い上げた私物は、どう考えても時代に乖離した代物だ。そんなものをホイホイ持ち込ませることを、この世界の神が許すだろうか?

 ……嫌な予感がしてきた。この森の中という状況を、さっきは割とポジティブに解釈したが……。


「まさかねぇ……」


 あれで超有名所の信仰対象だ。そんなことはないと思いたい。


 思いたいです。


 思いたかった。


 残念ながら、思うことはできなくなった。


「うっ」


 なぜならば、目にしてしまったからだ。少し離れた木の陰から、こちらへ這うように接近するモノ。その存在がそこにあるだけで、俺の今置かれている状況を把握するに事足りた。


「リアルスライムかよ……」


 ドロドロとした、薄く緑に濁った粘液状の……所謂スライムが、鈍足でありながら這って接近してきているのだ。速度は亀の歩み程か。這って来たであろう跡は、瑞々しい地肌があられもなく晒されている。這いながら草を食らっているのか。

 ファンタジーにありがちな魔物とかはいない、ロンゲはそう言った。

 しかし目の前にスライムがいる。つまりそれが答え。

 結論、ロンゲは失敗しだのだ。

 ちなみにスライムは冷静に分析すれば決して雑魚ではない。


 1、体は液体で出来ている。

 つまり水を相手に戦うようなものだと思えばいい。某国産RPGに出てくるぷよぷよした半固形ならば撲殺も可能だろうが。目の前のそいつはどーみても完全液体リアルスライム型だ。現実的に考えて、液体だから当然切れないし、突いても穴があかない、殴っても衝撃が受け流されるという具合で、物理で倒しようがないのだ、液体だもの。


 2、触るとベトベトしちゃいますよ?

 あれに張り付かれれば引き剥がすことはおそらく不可能だろう。掴みどころのない液体だからな。鈍足なのが幸いだが……天井に張り付いたり、およそ虫も入れないような針穴の隙間すら通り抜けることもできる。それによる奇襲が恐ろしい。


 3、プルプル、僕悪いスライムじゃないよ?

 スライムが雑魚と言われる所以は、某国産RPGの序盤の敵であるゆえの先入観が大きい。まあ、あちらさんは液体というよりゼリーみたいなもんだ。

 だが外国産TRPGの場合、総じて厄介な敵扱いである。プレイヤーを抹殺する手段が、溶解、窒息というような悲惨な扱いが多い。作品によっては液状のスライムでも、(コア)を壊せば倒せるとか言うが……すんません、目の前の奴には見当たりません、わかりません。ついでに武器がないので素手でやるしかありません。通り道の物体をもれなく溶かすスライムを素手で?それなんて無理ゲー?


 以上の考察から、俺のすべき行動を導き出した結果。

 大人しく逃げる!


「あーばよー、スラリン!!」


 脱兎のごとく一目散に逃げだした!方角?そんなもん知るか!!今の俺に対抗手段はないし、アレがはねて飛びかかるかどうかもわからない。その場合どの程度の射程距離があるのか。データがなさすぎる。

 ゲームならともかく、現実には経験値も熟練度も技ポイントも存在しない。ファンタジー小説だったら自分のステータスがあったり何かしらのスキルがあったり、派手なエフェクトが伴う必殺技とかあったりするんだろう。異世界ならそれくらいあるんじゃね、とか思うかもしれんが、少なくとも、異世界生活開始1時間未満の俺にはやり方もわからん!取扱説明書を、もしくはチュートリアルを所望する!!


「ぜぇ、ぜぇ……」


 っていうか、生前と比べてやっぱり明らかに弱体化している!!息が上がるの早すぎ……。

 あっ、しまった!30の時と18の時の体力、筋力諸々比較すると、30の時の方が断然身体能力が上だったのを忘れていた!

 本格的に体鍛え始めたの、ボロボロの有様で帰国してからだったからなぁ。そうか、俺の筋肉達は本当にレベルが下がってしまったのか……。くそっ、体力と筋肉そのまま年齢若くで要求しときゃよかった。

 にしても、体の動かし方がどうにもチグハグだ、噛み合わない。どう噛み合わないとか聞かれても、違和感を感じるとしか言えん。多分、この体に慣れていないからなんだろう。俺が動かしていたのは30代の筋肉ボディで、これは10代のゴボウボディだ。馬力に軽自動車とスポーツカー位の差がある。……時間が解決してくれると思いたい。




 しばらく走って立ち止まり、そっと背後を振り返る。あの移動速度だ、流石にこの距離なら大丈夫だろう。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…………はー」


 呼吸を整え、周辺を見渡し、安全確認を行う。右よし、左よし、後方よし、あと頭上……よし、大丈夫、逃げ切ったようだ。

 さて……ここからどうするか。現在位置が分からないのが痛い。とりあえず、何か食べるものを探そう。で、殺されないようにしなければ。

 スライムがいるなら竜の一匹や二匹出てきてもおかしくない。流石に出くわしたなら焼かれるか食われるかで死ぬだろう。最早運の領域だ。だが簡単に死んではやるつもりはない。無様と言われようが、一矢報い無ければ気が済まないタチでね。

 しかし武器も何もないのは些か心許無い……。生前ならともかく、今の弱体化したこの体では、武器がなければ自分の身も守れない。

 ………あ。そういえば[錬金術]?要求したんだったな。どうやって使うんだ?チンカラホイ?


「んなわけないか。劇場版ドラ○もんじゃあるまいし。そう、だな」


 周囲を見渡す。草 草 草 草 木 木 木 木 木 苔……見事に植物ばっかりだ。これだけ植物があるなら、水を絞り出すことはできるだろうか?そもそもそのために錬金術を要求したのだ。できなければクーリングオフしたい、出来るわけないけど。

 適当な草を右手で少量むしり取ってみる。手始めにこの草から絞り出してみよう。


「…………むぅ」


 ここからどうすればいいんだ?……とりあえず、適当にそれっぽくやってみよう。

 手の中の草に意識を集中して……うん、水分のみでいいな。健康に良さそうだが余計な成分はいらん、試しだし。徹底的に搾り取る。そう決めると、手の中の草が枯れ始め、しおしおのカッサカサになってしまう。


「ん?」


 気がつけば、目の前に指先程度の水の玉が浮かんでいた。ナニコレ?もしかして、抽出した水分?分子レベルで移動してるんか、まじか。しかも浮いてるとかどういう理屈だ?重力どこいった?浮かんでいるあたりは錬金術関係ないんじゃないのか?


 ……まてよ、もしかして。


 水の玉をその場に残して少し距離を取る。


「こっちゃこーい、そう、ゆっくりだ、そのままこーい。ヘイカモンメーン」


 手招きすると、水玉はふよふよこっちに接近してくる。

 操れるしっ。……まあ、戦力にはならんなぁ。大量に絞り出せば窒息死させることはできそうだが、現状ではせいぜい……。


「あーん」


 パックリと水玉を口に含む。うん、水だ。草の匂いとか生臭さとかそういうのが一切ない、微妙にぬるい水だ。おいしくない。異常なレベルで雑味が存在しないせいだ。

 ……そうか、これはH2Oのみで構成された、極限に近い純水か。異物が入っているとしたら、浮遊時に取り込んだ極微量の埃や湿気の類だろう。

 とりあえず、命綱を一本手に入れた。水がなければ死ぬ、それが人だ。これで、最悪脱水症状で死ぬことはないだろう。

 他に現状で出来る事は……そうだな。何かしらの自衛手段───武器を作ってみるのが現実的か。

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