時代の終わり、そして始まり
かっぽかっぽと、スレイプニルのヒヅメの音が聞こえる。ハヤブサが前を単独で進み、それに続く2頭が、馬車を引いている。
御者台に座るのは俺とマイルズ。ジーク、グレン、リレーラは馬車の中だ。
「…………」
「…………」
うん?どうやって動かなかった百合馬共を動かしたかって?んなもん……。
「目隠しとはなぁ……よく思いついたな、ナナクサ」
「アイコンタクトさせなけりゃ解決すると思ったんだが、ビンゴだったようでなによりだ」
ワグナー?奴は今頃、野犬にでも食われているだろう。色々と、出ちゃいけないもんまで出ちまってたしな。頭と腹から。燃やすのは面倒だからやめた。
事の全ては全員に話した。マイルズは騙されたことに怒り、リレーラは非道に気づけなかったことを悔いたり……。
「……あいつとは、少ねぇ給金使ってよく飲みに行ったもんだ」
「ああ」
「毎度俺がぐでんぐでんに酔いつぶれてよ、それでも、しょうがないなって顔で、寝床まで引っ張ってくれた」
「ああ……」
「足滑らせて仲良く糞まみれになったこともあったぜ」
「汚ねぇなおい!!」
「馬小屋勤務なめんな!!馬糞踏むのは義務だ義務!!」
かっぽかっぽと、蹄の音が響く。他に音があるとすれば、時折吹く風の音くらいか。
殺し合いをしていた時とは打って変わって、本当にのどかだ。
「なぁ、ナナクサ。マンマールはどうなっちまうんだ?」
「そりゃあ、元通りになるだろうな。そもそも、直轄+12領に定めたのは初代魔王陛下だって話だ。マンマール領はアルガードスが独断で、糞豚のためにモチョネーモ領とグノマニョム領を切り取って与えたもんらしい。よりによって、生命線の穀倉地帯を切り取ってな」
「道理で小麦畑ばっかりなわけだ……」
マイルズが気が抜けた顔で、呆れ半分な返事をする。食うに困らないだけの畑がありながらも運営難に陥る有様が理解できないのだろう。
最終的にマンマール領は解体後に切り取られた2領に返還され、事実上消滅する。そのまま残ることもできるだろうが、無理やり土地を切り取られた領主や農民らからすれば、糞豚の元配下というだけで嫌な顔をするだろう。
いや、それだけで済むならばまだマシだ。リンチくらい十分に考えられる。行きつく先は、ワグナーよりも悲惨な死だ。碌な目に合わないことを理解した上で留まるのは愚の骨頂。加害者でなくとも、第三者からすれば共犯者にしか見えないのだから。
「マイルズはこれからどうするんだ?」
「しばらく魔都で仕事を探すさ。リレーラも同じだろうよ。あいつも俺も、元は家出半分で出てきたクチだ。10年めいっぱいかけて……振り出しに戻ったってこったな。今食えりゃそれでいいって感じだったから貯金もねぇし、戻ったところでめぼしい持ち物は何もねぇよ」
10年分が振り出しに、か……。いや、振り出しどころか職歴からしてマイナスだ。戻ったところで退職金は得られないと踏んだんだろう。
「そういうお前らは?」
「うん?……あー……とりあえず、しばらくシルヴィさんとこに世話になる。その後は分からないな」
あんまり長いこと世話になるわけにもいかない。ぼちぼち、今後の計画を立てなければならないだろう。結局、今回の実質的な稼ぎは買った残りの干し肉と余った金だけなわけだし。
それから、道中立ち寄った街道沿いの村の宿に泊まった。
俺達の顔を見て、宿の女将さんが気をきかせてスープを大盛りにしてくれた。
宿からすれば連日泊まってくれた、しかも客を増やしてきてくれたわけだからありがたいんだろう。……ただ、なぁ。
「ううう、だからぁ……私はぁ……馬鹿ですよぅ……」
樽型の小さなジョッキに並々と注がれたエール酒を、リレーラは躊躇いなく一気に呷った。
酒を飲み始めたのがまずかった。せめてもの慰めにと、俺の奢りだと、存分に食って飲めと言ったのがまずかった。
「あークソ、やってられっか!!いっつもそうだ!!俺ばっかり碌な目に合わねぇ!!もう一杯!!!」
リレーラは泣き上戸、マイルズはヤケ酒。荒れに荒れてシケシケのシケだ。
「ぬうう……」
「ZZZ……」
ジークとグレンはアルコールへの耐性がなかったのか、一杯で潰れてしまった。そろいそろってテーブルにうつ伏せ状態。
ちなみに俺は……。
「オラ!ナナクサも飲め!!!」
「ったく……分かりましたよ、飲めばいいんでしょう飲めば!!」
現在ジョッキ5杯目。いくらでも飲める所謂ザルだが、腹がたっぷんたっぷんで物理的にきつい。
「ぶへぇ……オラ、これで文句ねぇだろ……?」
「だっはっは!!ジョートーだジョートー……ぐぅ」
バタンと、糸が切れた繰り人形のようにテーブルに頭を打ちつけてそのまま眠ってしまった。やっとガス欠か、このバカ犬……。
「ううううああああん!!!こんなんじゃ妹に会えないよぅ!!!いっぱい稼ぐって、行って出てきたのにぃぃ!!!!」
……こっちはまだまだ、燃料があるようだ。
ん?妹?
「何だリレーラ、お前妹が居るのか?」
「うぅぅ……そうなんでずよぅ」
鼻水出てるぞおい。女の子がしていい顔じゃあないぞ、それ。
「えぐ、えぐっ……。うぢ、おながいっぱいだべらべなひから、いっばひたべさせらくへぇ……」
あかん、呂律が回ってない。……しばらく聞き手に回るとしよう。聞き取れるかどうかは別としてな。相槌を打つだけの簡単な仕事ですよって。
「……うん、うん、そうか、そうか」
「うううぅぅ……。スビビビビッ」
「あ、こら!人のローブで鼻をかむな!!顔拭くな!!」
「ずびばぜ……ぐぅ……」
最後の船も轟沈。また生き残っちまった。
「あーくそう……わかってたよ、こうなることくらいわかってたよ!!」
かつて、希に知り合いと飲む時があった。
本当に稀で、年に1度あるかないかだが、ザルな俺は毎度毎度、欲望に忠実に飲んで潰れるやつを介抱する羽目になる。
だから俺はアルコールが好きじゃあない。付き合いってモンがあるから、飲む時は飲むし、普段はたしなむ程度に上等なものだけ飲んでいたが……。こっちの酒は総じてまずい、いや、いい酒が出回らないだけかもしれないな。正直、安酒を飲むなら、味噌ラーメン食うほうを選ぶ。
「あらら、見事に潰れちまったね」
宿の女将さんが見かねてやってきた。恰幅のいい人間寄りの熊の獣人で、女手一つで娘3人を育て上げた猛者らしい。前に泊まった時に何度か娘さんらを見たが、ありゃあ引く手数多だ。この宿の未来も安泰だろうよ。
「すみません……すぐ、どかしますんで」
「いいよいいよ、あんたのおかげで売上が増えたからね。それにしても……角なしのドラグノ族、地狼族、見たことない真っ赤なリザーディア、ゴブリン、カーバンクル……20年近く宿をやってきたけど、こんな珍妙な組み合わせは初めてさ」
「そりゃあそうそういてたまるかって組み合わせで……ん?女将さん、今なんと?」
いま、聞き捨てならない単語が聞こえた気がする。
「え、20年近く宿を」
「いや、その前」
「角なしのドラグノ族、地狼族、リザーディア、ゴブリン、カーバンクル……ってとこかい?」
…………角なしのドラグノ族ってのは俺のことだ、間違いない。シルヴィさんからもらったアレを首から下げていたからそう思われたのだろう。
地狼族、こいつはマイルズのことだな。怨念知識曰く、獣人種は狼族とか猫族とか分けられているが、さらに細かく分かれるらしい。
リザーディアとゴブリンは言わずともかな。
つまり消去法で……。
……俺はリレーラの額にかかる髪を分ける。サラサラとした、真っ白なきれいな髪だ。
「……マジか」
リレーラの額には、青い宝石があった。つまり、リレーラは紛れもないカーバンクル。
……まさか、リレーラがいう妹ってのは。
「おい、起きろ」
「んみゅー……」
「妹の名前はなんて言うんだ?」
「んん……ゆーでぃりあ……んみゅ……」
寝ぼけながらの返事だが……確かに、聞き取れた。この残念美人は、ユーディが探していた姉だ。
「似てねぇェェェェエ!!!」
全っ然似てねぇ!!おうコラ遺伝子、真面目に仕事しろよ!!サボタージュすんな!!
*
翌朝、俺たちは魔都へ向けて出発した。
本日の御者はグレン。マイルズを見て、興味を持ったらしい。肝心のマイルズは……。
「頭いてぇ……揺れて気持ちわりぃ……」
「考えなしに飲むからだ。絶対に中でゲロガすんなよ」
「うっぷ、私もう吐きそうで……ううっ……」
「お、おれも……うっ」
言ってるそばからこの莫迦共は!!
「グレン馬車止めろ!!可及的速やかに!!」
結局、およそ半日時間をつぶすこととなった。
爽やかな草木を生暖かいゲロガの風が撫でていく。おそらく風の精霊とか妖精とかいたならば、我先にと逃げ出す有様だっただろう。
そんな地獄スポットを街道沿いにぽつぽつと作りながら進み、さらに馬車で一夜を明かし、ようやく魔都ウルラント東門へたどり着いた。
「はい、バカのお二方、何か俺らに言うことはありやがりますか?」
「「ごめんなさい」」
揃い揃って昨日のゲロガ祭り──いやもうゲロジャ祭りから怯えっぱなしである。
祭りの後始末をせざるを得なかった俺は、当然ながら超不機嫌だ。ゲロ処理を喜んでやる奴なんていやしない。
「なんでもしますから拷問だけはしないでくださいお願いしますごめんなさい」
リレーラに至ってはこの有様だ。完全にに怯えたチワワである。俺がワグナーをグチャったのがトラウマになっているようだ。
「はぁ……この程度のことでどうこうするつもりはないよ。俺をなんだと思っているんだ、まったく」
「「鬼畜拷問狂」」
「ブチのめすぞテメェら」
ったく……この世界にビニール袋がないのがこれほどまで面倒だとは思わなかった。運よく油田を見つけたら真っ先に作ろう。もし見つかればの話だが……。……多分無理だな。そんな幸運、俺には無い。ここまで面倒な目にあっているのだから、ある筈がない。
ドラグノ族のお守りを見せ、東門を何事もなく通り抜けた。
「そういえばこの馬車はどうするんだ?」
「売り払って資金にするさ。ま、退職金替わりだな。……あん?なんだありゃ?」
通りの向こうに人だかりができている。たしかこの先は……南と西、そして東の中央通りが交わる広場だったはずだ。人だかりはどんどん増えていく。
「すみません、ありゃなんですか?」
その人だかりへ向かっている筋骨隆々のおっさんに問いかける。
「ああ、処刑が始まるんだよ。4日前、マクシミル殿下が暗殺されたんだ。犯人は南門駐屯部隊長のグロムビル。部屋一面真っ赤で頭残して全部ぐっちゃぐちゃだったらしい。しかも、それに心を痛めて魔王様が亡くなられた。それだけじゃねぇ。野郎、子供を捕まえて裏の奴隷商に売り払ってやがった。南門の兵士の一部もグルだったってんで、大騒ぎだ」
どうやら、彼らはうまくやったらしい。……アルガードスがぽっくり死んだのは、予定外か。
「なるほど、その一斉処刑目当てで……」
「ああ、しかも今回は石打ち刑だ。奴隷の件で俺ら市民の怒りは頂点。泥を塗られた東西の守備兵もカンカン、みんな怒りをぶつけたいってわけだ、かくいう俺もな」
「魔王陛下が死んだことについては?」
「万々歳だ。あれを魔王様だと認めること自体が拷問だ。俺の親父も爺様も、そう言って死んでいったからな」
そう言って、おっさんはドタドタと走っていった。
「石打ち刑か……えぐい処刑法だ……」
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石打ち刑
処刑法の一種であり、下半身を土に埋め、死ぬまで石を投げて打ち殺す刑である。死ぬまでに何十何百と石をぶつけられるため、その苦痛は計り知れない。地球でも今なお中東の一部で行われる処刑法である。人道?人権?何それおいしいの?
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「ん?」
視線を感じる、何処からだ?
……いた。路地裏からこちらを見ている男が居る。男の手には、俺が誂えた金属の塊、[撲殺剣]が握られていた。
「マイルズ、悪い」
俺は馬車の扉を開け放って飛び降り、路地裏へと駆けた。
「お、おい!!ったく……」
陽の光が当たらない路地裏。割れた木箱や、よくわからない生き物の骨が転がっている。ところどころに布が敷かれているのは、浮浪者が寝床にしている証か。
「うまくやったようだな」
『ああ。お前の、君の言うとおりやった結果だ、です。おかげで奴に、合法的に屈辱と苦痛を与えられた』
「合法的、ね……。あとは宿の連中だが……そっちはどうなった?」
『逃げられた。だが、でも、逃がしはしない。どこまでも追い詰める。君とは、お前とは、あなたとは、主とはここでお別れだ、よ』
「そうか……。頑張れよ」
復讐は何も生まないとか言うやつがいる。俺はそう言う奴が嫌いだ。
つまりやられるだけやられたら泣き寝入りしてろっていうことだろう?冗談じゃない、やられる立場になったことがないから、そんなお花畑なことが言えるのだ。
やられた側はいつまでたっても気は晴れず、いつまでも恨みの火種を燻らせて生きていく。恨みってのは心の膿だ。切って出さずに抱えたままで生きる事のなんと苦しいことか。
だから俺は彼らに応え、そして彼らに獲物を譲ったのだ。
『俺たちの行く先は、冥府だろう。けど、だがね、君が、前さんがいなければ、僕は、我らは、冥府にすら行けなかった。ようやく、進める』
冥府……地獄みたいなところだろうか。俺はできれば行きたくはないが、それでも行きたいって思うもんなのか……。まあ、どうせ俺は死ねば冥府行きだ。
「冥府でまた会おう。向こうで酒でも飲もうや」
酒は好きじゃない。が、誰かと飲むのは悪くない。節度ない馬鹿と飲むのが嫌なだけだ。
『うむ、我ら総がかりで、君を酔潰してやろう。では、それじゃあ』
さようなら───。
スウッと、[撲殺剣]から黒い霧のようなものが抜けていく。ゴトンと、[撲殺剣]が男の手から落ち、男はそのまま気を失って倒れ込んだ。
この日、一つの時代が終わった。滅びの道を進もうとしていたウィルゲート大陸は、新たなる道を進み始める……。その道が繁栄の道か、それとも別の滅亡への道か、行く末を知る者は、まだ誰もいない……。
……………んみゅう?
ここどこかなぁ?
なんか明るい……おなかすいたぁ……。
あ、なんだろうあれ、おいしそう……。
たべちゃっていいよね。
それじゃー
い た だ き ま す
パパに会いたいなー……どこにいるんだろー……。
お読みいただきありがとうございました、暗殺編終幕です。
次回より迷宮探索編となります。
ストック切れ、そして仕事の事情からまた間が空くと思います。




