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根源

最初の頃と比べてR15タグが仕事している気がする……。今回も仕事します。

 俺はハヤブサに跨って、尻を痛めながらマンマール領への道を一直線に駆ける。この道を進めば、どこかで必ず彼らに当たるだろう。ハヤブサも流石に学習したようで、加減して走ってくれている。おかげで風圧は大したことがないが……尻は相変わらず痛い。


 リュックには宿のオヤジから奪った銀貨と銅貨がそこそこ、それとは別に、最も価値が低い鉄貨がポケットに10枚程度入っている。

 鉄貨は謂わば日本円における一円玉以下の、所謂『一銭』のようなモノらしく、物価の上昇に伴い、現在では一部地域を除いて使用されていないらしい。

 通貨としては無用でも、資材としては有用なので、クソ宿から通貨を全部纏めて回収させてもらった。

 その他に僅かばかりだが、シルヴィさんに融通してもらった資金がある為、道中に不足する事はないだろう。


 街道沿いの村に1泊し、大して美味くない干し肉を複数購入した。悪銭であろうとも、銭は銭だ。それで経済を回す助けになるのならば、いいことだと思う。しかし、この干し肉は……。


「干し肉特有の、抜けきらないアルコール……それはまだ分かるが、一体何の肉なんだ?しかもやたら硬い……」


 馬上で食いながら思わず感想が漏れた。

 干し肉なのだから硬いのは当たり前なのだが、それでも輪をかけて固く感じる。

 まあ、保存食なんてこんなものだ、食える加工がされているだけまし。年単位で保存がきく缶詰・真空パウチ・即席麺が頭おかしいだけだ。


 まだ目的の馬車は見えない。

 が、ハヤブサが昨日より猛っているように感じる。

 もしかすれば、俺にはわからない匂いか、あるいはフェロモンか何かを嗅ぎ取ったのかもしれない。さっきから鼻息が無駄に荒いし。


「近いんだな?」

「ブヒヒイイイン!!」


 だからお前、本当にスレイプニルなんだよな?スレイプニルの皮をかぶったエロゲオークじゃないよな?


 はぁぁ……お?


 深いため息をついていると、俺の肉眼でも見える距離に馬車を捕らえた。


「よし、見えたぞ」

「ブヒヒィ!!……ン?」

「え、どした?ちょい、何でここでテンション下がっちゃうわけ!?」


 目視した瞬間明らかにテンション駄々下がりのハヤブサ。理解不能だ。

 改めて正面を見ると、どうも何かがあったらしく、馬車は道のど真ん中で停止していた。


 「……何があった?」


 5人全員が降りて、2頭の馬を囲んでいる。

 周囲を見るに、死体も転がっていなければ、血痕などの戦闘痕もない。盗賊の襲撃があったわけではないようだ。

 しかし相当深刻らしく、障害物のない直線の道だというのに、あちらさんはまだ俺に気づいていない。


「おーーーーい!!俺だーーーー!!!」


 大声を出すことでやっとこちらに気づいたらしく、ジークとグレンが振り返って手を振って返したてきた。




*




「無事だったか?」

「はっ、出発後、警戒を厳にしておりましたが、襲撃は一度もありませぬ」

「ヘイワ、ソノモノ」


 やはり……これでシルヴィさんは完全な白だな。


「若様……殿下はどうなった!?」

「それよりなんでここにいるんだよ!?」

「何とかしてくださいぃ!この子達動かないんですぅ!!」


 3人同時にワグナー、マイルズ、リレーラが詰め寄り大声で話しかけてくる。

 ああ、だめだ。溜まりに溜まったストレスのせいか、ブチッと……堪忍袋の緒がキレた。


「いい加減にしろ貴様ら!!俺は聖徳太子じゃねぇ!!!一人ずつしゃべりやがれ!!!声帯ぶっ壊すぞ!!!」


 ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……。




 代表して、ワグナーが纏めて話をする事になった。


「では、成功したのですね」

「ああ、くそぶ……ゲフン、殿下は今魔王城におられる。危惧していた襲撃もなかった。俺がこっちにきたのは、殿下に助けに行ってくれと頼まれたからだ」


 大嘘だけどな。こいつらに敬語はもうやめた、さっきので使う気も失せた。


「で、この状況……一体何が?」


 肝心の部分、なぜここで止まっているのか。


「信じがたいことですが、見た方が早く、そして納得するでしょう」


 ワグナーは視線を2頭の馬へ向ける。俺もそれにつられて視線を移すが…………。


 ……あるぇ?


「……なぁ、俺の記憶違いだったら謝罪するんだが……間違いなくこの2頭はメスだよな?」

「間違いねぇよ」


 マイルズがそういうなら間違いないのだろう。


 あー……こいつはつまり、百合か。


 2頭は互いをじっと見つめたまま動かない。そう、スレイプルが本来、オスとメスの間にしか起きない愛の語り合いである。百合の花が咲いちゃったわけだ。

 いやさぁ、馬同士の百合って、いくらなんでも需要少なすぎるんよ。せめて擬人化しろよ、擬人化。ぶっちゃけ俺百合はそんな嫌いでもないし。いや、どうでもいいな……。


 すっと、視線をハヤブサへ移す。

 昨日の滾りは何処へやら、百合百合馬カップルを前にして目が死んでる。

 ハヤブサにしてみればシャレにならんだろうな、そりゃ。惚れさせる為に全力を出して、その結果がこれ。オスとしてのプライドがズタズタどころか、粉末化して風に乗って世界へ帰ってしまった。


「ハヤブサぁ……次に、期待しようぜ……」

「ブヒン……」


 俺はハヤブサにそんな慰めの言葉しかかけられなかった。


「と言うわけなんですよぅ。どうにかしないと……」


 モタモタしてると本当に盗賊がやってきかねないわけか。彼らにとっても時間は惜しく、内心相当あせっていたはずだ。そんな心理状態でまともな解決策を導き出すのは中々に難しい。


「んー……何とかする手はある。根本的解決にはならん対処療法だけど……」

「なに!?」「マジかよ!!」「どうするの!?」


 ふむ、害虫を煙で燻すチャンスがあるとすれば今しかないだろうな。ここを逃してズルズルと行けば、俺も含めた仲間の誰かが死ぬ。そうさせないために、俺はここに来たんだ。


「うまくいかんかもしれんよ、思いつきだし。ただ、その前に質問に答えてくれ。……マンマール領の資金管理は誰がしている?」

「は?」「え?」「……」


 突拍子もない質問だから固まるのも無理はない。


「おま、それがどう関係あるってんだ?」

「いいから答えろ」


 低いトーンで再度促す。俺の声色から察したのか、しぶしぶ顔でマイルズが答えた。


「ワグナーだよ。マンマール領の運営が始まってから、帳簿は全部つけてるよな?」


 マイルズとリレーラが視線をワグナーに向ける。


「ええ、私が管理していますが、それが何か?」

「そうかそうか。やはり貴様が元凶か犬っころが」



バシュン!



 俺は右腕をさっと向け、忍ばせておいた[圧縮空気弾]を至近距離からワグナーへと放つ。


「っ!?」


 ワグナーは反射的に左へ飛び、不可視の弾丸を回避、その体は草地に投げ出された。


「ワグナー!?」

「ワグナーさん!?」

「ナナクサ!?」

「ナナクサ殿!?」

「チッ、外したか……。ノーコンでも十分当たる距離だったんだが……殺気を消した不意打ちによくもまあ対応できるもんだ」


 じろりと、ワグナーを睨みつける。勘のいい奴だ。


「どういうつもりですか?」


 冷静に、冷たい目でこちらを睨むワグナーに、動揺が全く見られない。


「それはお前が一番よくわかっているはずだ、外道。お前だろう?マクシミルの糞豚に、人身売買の話を持ちかけたのは」


 マイルズとリレーラの表情が固まる。無理もない、これは彼らにも関わりがあることなのだから。


「おっしゃる意味がわかりませんね……」

「南門守備隊長グロムビル……前職はマクシミル付の近衛兵。マクシミルがマンマール領を与えられた際に、南門守備隊長に就任している。ある筋からの情報だ。どうにも奇妙な人事なんだよなぁ。失態を犯したわけでもない、にもかかわらず実質の降格だ。懐刀の功を労っての栄転なら兎も角。もう一度言うが、奇妙な人事だと思わないか?」

「……何のことかわかりませんね」

「とぼけるなよ。グロムビルが奴隷商に冤罪・誘拐で捕えた商品(ドレイ)を流し、ワグナー、マクシミルがそれを隠蔽する。その利益を折半することでマンマール領の運営資金の一部を捻出していた。帳簿の管理をしている奴が、それを知らないわけがない。家計簿をつけるのとはわけが違うんだ。領内を出入りする金は少なくはないし、ケツに火が付いた運営だってんなら尚更な」


 怨念は私腹を肥やしていると言っていたが、察するにそれはグロムビルだけだ。

 そもそも、怨念らにマクシミル側の事情を把握する手段がない。地縛霊みたいに自由に動けないタイプだったし、悉くが政治を知らない無学あるいは独学の一般市民だった。

 だからこそ、彼らは器を欲したのだ。呪縛から解き放たれ、望むままに動き出すために。


「ナナクサ。お前何言ってんだ!?」

「マイルズ、マンマール領は人材不足のはずだろう?」

「あ、ああ。昔はかなりだが、いまはだいぶ改善されている」

「その人材ってのは、『誰が』、『何処で』、見つけてきたんだろうな。お前らも含めて」

「っ……まさか……」


 流石に理解したようだ。


「覚えがあるだろ?あの、薄暗い地下の、分厚い鉄の扉を」

「ああ……忘れもしねぇ……」


 マイルズの顔が次第に険しくなる。何をされたのかは知らないが、やはりいい記憶ではないいらしい。なら、話は早い。


「全てはこいつの、ワグナーの発案だったんだよ。マクシミルは確かに強かだ。だが、領地運営の経験もノウハウもない。そして、0から1を生み出せる発想力もない。そんな体じゃ、ブレイン役がいなければ回るものも回らない。

 領地運営が難航していた糞豚にワグナーはこう提案した。グロムビルを使って身寄りのない浮浪児や旅人を捕縛し、有能ならば開放して手元に、無能なら裏の奴隷商に流して資金にすればいい、と」

「ふん、でまかせばかりべらべらと、よく口が回りますね」


 まあ、半分以上推測だ。これはただの、殺意を込めたカマかけだ。


「もちろんこれだけでは終わらない。糞豚にとって都合が悪い奴を捕まえ、秘密裏に始末もさせた。いや、元々こっちが本命だったんだろう?糞豚が居なければ、領地を無理やり割譲されることもなかったんだからな、恨みは相応に買っている。

 ところが、グロムビルは処刑を繰り返すうちに、拷問の快楽に、クソドSに目覚めてしまったわけだ。爺も婆も、おっさんだろうとおばさんだろうと、志ある若者だろうと、未来ある子供だろうと。容赦なく、残虐に殺していった。……そう、彼らが教えてくれたんだよ。あの場に怨念としてとどまっていた、50人の怨念が。

 俺も両手をミンチにされたからな。治しはしたとはいえ、痛かったぜ?指を一本一本釘で貫かれて、一本一本丹念に潰され、1枚1枚生爪を剥がされるのはな」


 ギリ、と、苦虫を噛み潰したような表情をワグナーが浮かべる。鉄仮面が崩れた。かかったなアホが。


「まあ尤も、そのグロムビルは今、自分の手を悪に染めさせた悪い豚を、肉屋も引き取らない産廃ミンチにしているところだろうがね」

「っ!?貴様、殿下に何を……!!」


 いやいや、俺は何もしてないよ?俺は、ね。


「……さて、長々と語るのはもう飽きた。面倒だ。ちゃんと確認は取れたし。……『点火』」


 両手に炎を作り出し、更に温度を上げていく。さっさと燃やして消し炭にしちまおう。


 だが、ワグナーは大きな動揺を見せない。

 これだけあからさまに殺意をぶつけて、これ見よがしに両手に炎を灯しているというのに。


「……私の命はいくらだ?」

「あ?」


 こいつ、何を言っている?


「ナナクサ、君の目的は金だ。纏った金が欲しかったからこそ、危険な護衛を引き受けた。そうだろう?ならば……もしここで私を見逃し、今後追ってこない、関わらないならば、今マンマール領から出せる半分、額にして金貨300枚出そう!それだけあれば、屋敷を持ち、人を雇って農地開拓することも可能だ!生涯働くことなく過ごせるぞ!」


 カチン──

 脳の撃鉄が落ちた。ああ、久々に……キレちまったよ!


「ああ゛?何勘違いしてんだてめぇ。俺が金を欲するのは、ジーク、グレンと平穏に過ごす為だ。その足がかりでしかねぇ。働かずに食っちゃ寝グータラするためじゃねぇんだ。それにな……俺は子供が、そこに秘められた無限の可能性が好きなんだ。その可能性を食いモンにしたテメェが、心底許せねェんだよ!!!」


 両手で燻っていた火球が肥大化し、さらに温度が上昇、赤かった炎は蒼く燃え上がる!


「燃えちまいな!![射出]!!」

「ちっ!水よ!我が意に従い守りの水盾となれ![アクアシールド]!!」


 俺が火球を放つと同時に、ワグナーは水の膜を正面に展開。水阻まれるも、水蒸気となり火球と水の膜は互いに消滅した。



--------------------

アクアシールド

障壁系下位水術。

 空気中に水の防御膜を展開する。この防御膜は非物理攻撃の威力を一度だけ軽減し、低威力ならば相殺し無効化する。

 周辺環境に水分が潤沢に存在しなければ使えない。

--------------------



「ナナクサ!」

「ナナクサ殿!」


 馬鹿な奴だ。最後までシラを切り続けていれば、俺も周囲もそっくりだませて逃げおおせることができたかもしれなかっただろうに。地位・立場を守った上での退路を自分で切りやがった。


「ジーク、グレン!お前らは下がって馬を守れ!奴は俺の獲物……嬲り殺しだ!!」

「ア、アア……ワカッタ」


 しかしまさかワグナーが術士だとはな。

 いや、術に関してある程度の知識があるならば、術士であることも疑うべきだった。甘かったな。大福もあんこを残して逃げ出す甘さだった。肝心なところで詰めが甘いのは、俺の悪いところだ。

 もしあの場に、盗賊襲撃時に俺達が現れなければ、切り札として術を使っていたのだろう。そしてマイルズはどうあってもあの場で殺されていた。切り札を切り札のままにする為に。


 この状況で警戒すべきは、馬車、もしくはハヤブサの奪取による離脱だ。むしろそれこそが奴の勝利条件ともいえるだろう。もしハヤブサを奪われれば、追いつくことは不可能だ。

 逆に言えば、逃げの足さえ封じれば勝ちの目を潰せる。究極的な事を言えば、馬3頭を殺せば、逃亡不可能に陥るわけだが……流石にこっちのデメリットが大きすぎる。徹底して馬から遠ざけるのが妥当な所だ。


 クックック、下水道でジャイアントバットの群れと、大量のスライムをこれでもかという程に始末してきた。そのお陰で、[錬金術もどき]で生み出した炎を色々と応用できるようになったのだ。こんなふうに!


「[五連点火]、[加熱]、[連射]!」


 空中に5つの炎球を生み出し、個々に加熱し蒼炎化、それらを1発ずつ連続でワグナーへと放つ。

 ワグナーは草地を駆け、徹底して回避。着弾点が燃え上がり、草地をチリチリと焼いて白煙を吐き出していく。

 ノーコンが的に当てるにはどうすればいいか。答えは2つだ。球をアホみたいに大きくするか、もしくは当たるまで執拗に撃ち続けるか──要は数撃ちゃ当たる理論だ。

 さあ、追いかけようかね。どこまでもどこまでも!お前が諦めるまで!消し炭になるまで!!




*




「マ、マイルズさん、私たちはどうすれば!?」

「手出しすりゃあこっちが巻き添え喰らう。……今ので俺はワグナーを信用できなくなった。奴が術を扱えるなんて、10年近い付き合いの俺でさえ知らなかったんだからな。奴は昔自分で言いやがったよ。「私は術が使えません」ってな。それに、最後まで反論を続けなかった。肯定したって……ことだよ……っ」

「…………」


 マイルズが、リレーラ以外に聞こえないよう、小声で話し始めた。


「もし下手に動けば、控えているジークとグレンが動く。はっきり言って、あの2人相手じゃ、俺たちゃ一瞬で頭と体が、いや、原型が残っていりゃまだいいほうだ。お前なら逃げ切れるだろうがよ……俺はまだ死にたくねぇ」


 もしもワグナーを援護しようものならば、いや、ナナクサにとっての敵対行動と疑わしき行動をとった時点で、マイルズ、リレーラの両名は彼らの敵になる。

 マイルズは忘れていなかった、いや、忘れられようか。不意打ちとはいえ瞬く間に盗賊を屠った彼らの力量を。躊躇無き殴殺を。

 リレーラだけならば一人逃げ出すことは可能だろうが、自分はそうはいかない。普段ろくに考えないマイルズは、本能で命の危機を察し、実に数年ぶりに脳を本格稼働させたのだ。そうして行きついた結論が、傍観である。

 ハメられたとは言え、衣食住の提供を受け、相場よりも極端に少ない雀の涙に等しい給金を受け取っていた。少なくとも、今日この時点までは生きていられたのだ。恨みと恩の混在と、自らの命惜しさが傍観を選択させたのだ。




*




「くっ。こんな……こんなところで!!」

 

 ワグナーが俺へ腕を突き出し、構える。真っ向からやり合う他に、生還の道はないと見たか。

 そりゃそうだ、俺を殺せたとしても、後ろに4人控えている。マイルズ、リレーラは殺しはしないだろうが、捕縛され、しかる場所に突き出されるだろう。

 ワグナーの持つ選択肢は、俺を殺して、しかる後に残る全員を殺して逃げるしかないのだ。


「水よ、我が意に従い我が手に集いて、穿つ水槍となれ!![アクアジャベリン]!!」


 ワグナーの手に水が集まり、俺目がけて水の槍が放たれる!



--------------------

アクアジャベリン

射出系中位水術。

貫通性能を持つ水の投擲槍を作り出し、目標へ射出する。

周辺環境に水分が潤沢に存在しなければ使えない。

--------------------



「上等だ![12連点火]、[加熱]、[合体]!![射出]!![十二星火(ゾディアックバーン)]!!!」


 対する俺は12の蒼火球をひとつに纏め、巨大蒼火球を放った。が、射線上で水槍と衝突し、白煙をまき散らして爆発した。

 今のは地下水道で試しにやったら出来た偶然の産物だ。ユーディが目をキラキラさせてかっこいいと言った、今の俺の最高の攻撃。ノリと勢いで命名したモノであるため、後の黒歴史確定物件だ。

 だが、相当の高温であるはずの蒼炎が、相打ちで消滅したのだ。……存外に手強いな。お蔭で少々冷静さを取り戻せた。


 さて不味いな。地下水道で試したのは火の応用だけだ。明かり替わりにもそのまま使えて、なんか空気の流れもあったもんだから、一酸化炭素中毒の心配もないと思って集中して火ばかり。

 なんで火メタが相手なんだよ畜生!!電撃を試していりゃよかったわ!!

 だったら[圧縮空気弾]に切り替えるか?いやだめだ、誰も弾道を目視できないから、最悪撃っても気づかれない。おまけにノーコンだから当たらないし、弾道が見えないから軌道修正の悪あがきすらできない。加えて、リロード速度に不安が有るし……水の槍相手にノーコンでも当たるくらいの距離で撃っても、威力で競り負ける気がする。

 炎一本で踏ん張るしかないか……。ああもタンカ切った手前、負けましたなんてカッコ悪すぎる!!


「水よ!」


 また水の槍か!!打ち落とすより避けたほうがよさそうだ。


「我が意に従い我が手に集いて、五月雨の落涙となれ![アクアリボルバー]!!』」


 ワグナーの右手から槍よりも短く細い水の矢が次々と放たれる。手数を増やしてきたか。


 俺はワグナーを中心に円を書くように走り避ける。自慢じゃないが、今の俺では1本ならともかく、複数本相手に留まり紙一重でよけられる自信が無い!!


 1発……2発……3発……4発……5発ッ!多いな!っ……6発ッ!!


 6発分回避したところで、水の矢が止まる。打ち止めか!一度に出せる数は6本。勝機はまだ十分にある。


「水よ!!」

「え、ちょ!?左手!?」


 ワグナーの左手から、さらに水の矢が放たれた。反応に遅れ、咄嗟に右腕で庇い矢を防ぐ。刺さった矢をそのままに横に飛んで転がり、勢いを殺さないままに起き上がって、駆けて続く矢を回避した。


「おいおいおいおいリボルバーじゃねーだろそれ!最早ガドリングじゃねーか!!」


--------------------

アクアリボルバー

 射出系中位水術。

 6本の水の矢を装填し、目標へと連続射出する。

 この術(魔法)は、左右の腕で独立運用でき、片腕に装填した水の矢の射出時に、もう片腕の詠唱を行い水の矢を装填する事が出来る。

 周辺環境に水分が潤沢に存在しなければ使えない。

--------------------



 左手の6本を打ち尽くせば右手の6本を。その間に左手分のリロードを。そして、右手で打つ間に左手分のリロードを。結果、止まることなく延々と交互に撃ち続けるってか?


「チートじゃねーか、人のこと言えねーけど!!言えねーけど!!!」


 袖の上から右腕に刺さった水矢が、ドロリと崩れて水と血で腕を濡らす。あああ、せっかく新しい服もらったのに、土まみれどころか穴まで!ああくそう!!

 少し落ち着け、俺……!水矢は着弾後、形状を維持できないようだ。引き抜く手間が省けるのはうれしいが、あえて刺しっぱなしにして致命的出血を避ける事は出来ないらしい。

 兎に角今は、走って避ける!避ける!避ける!!


 これはあれか?異世界転生小説でチート主人公と相対した悪役の気持ちがまさにこんな感じなのか?そうならくそったれだな、主人公も悪役も!!


 さぁて、どうしたもんか。

 このまま向こうがガス欠になるまで粘るか?いや、無理だな、俺の体力が先にへばる。

 なら真っ向から打ち合うか?それもダメだな。単発の威力はさほどでもないが、それを半無限に撃ってくる。

 こっちが今一度に出せる炎弾は12、バラでも撃てるが、命中精度に難大有りで、弾速は向こうが上、そして向こうが左右で6本ずつ撃てる、いや、弾数が無制限である以上、一度に12発出せるアドバンテージが消滅済みだ。


 ワグナーの表情は平然としている。つまりこれだけバカスカ撃ってもまだ余力があるってことだ。

 あるいはあの術はコストパフォーマンスに優れているのか?それとも本人の才能か?どっちにしろこれじゃあ割に合わない、赤字だ。


 しかも、徐々に距離を開けられている。

 マズイ、これ以上距離を開けられれば、そのまま逃走される![アクアリボルバー]とかいうやつを乱射されてさらに距離を開けられれば、ハヤブサなしに追い付くことはできなくなる。

 たとえ追跡したとしても、その間に隠れられて狙撃されるだろう。正面はともかく、スレイプニルは横から見ればでかい的だ。その上、1本でも足がダメになれば、極端に速度が落ちてしまうらしい。奴が全力で逃げにかかるタイミングは、俺のスタミナが切れた時だろう。


 水矢で負傷した右腕を見る。じくじくと痛む上に出血は止まらないが、貫通はしていない。

 ……勝機があるとすれば、体力に余裕がある今しかない。だったら、やるしかないな。痛いのは嫌だが、倍々返しさせてもらおう!


「っし、いくぞ!!」


 俺は両の拳を握り締め、まっすぐワグナーへと走り出す。


「なっ!?水よ!!」


 ワグナーは一瞬驚くが、持ち直し詠唱を始める。そりゃ、いきなり回避から突撃に変われば驚くよな。

 耳に神経を集中しろ。一瞬が命取りだ。

 さあ、槍と矢、どっちだ!?


「我が意に従い我が手に集いて────」


 この詠唱、槍か!つまり必中の意思を持って撃ってくる!

 上等だ!集中しろ俺、タイミングを合わせるんだ!

 俺ならできる。伊達に小坊の頃ドッヂボールの不沈艦と呼ばれちゃいねぇ!!


「穿つ水槍となれ!!」


 ワグナーの手から最初に撃たれた水槍よりも一回り大きいものが放たれ、襲いかかる!

 かまうものか!!


「死ねぇぇ!!」

「うるせぇぇぇぇ!!!」


 槍が当たる瞬間、俺は体を低くして頭上すれすれで回避。パラパラと頭髪が落ちるが、気にせずそのまま前に疾走した。


「なっ!?」


 槍に限れば一度回避すれば済む!


「水よ!我が意に従い我が手に集いて、五月雨の落涙となれ!」


 舌を噛みそうなほど速い詠唱で、[アクアリボルバー]による水矢を次々に撃ってくる。だが、明らかに一回り小さく、狙いも安定していない。


「しゃらくせぇぇぇ!!肉の壁ェェェ!!!」


 両腕を立てるように前に並べ、体を守りつつ前進。放たれ当たるであろう矢全てを両腕で防ぎ、なおも前進する!


「正気か!?」

「正気だ馬鹿野郎が!!キン○マン世代なめんじゃねーーー!!!」


 ああ、正気だとも!避けるつもりでいりゃあ、いつまでたっても攻撃に転じることはできない!

 だったら!特攻するしかねぇだろ!!どの道炎じゃダメージ通らねぇんだからなぁ!!


「俺を殺せるもんなら殺してみろ!!『修復』!!」


 無数の穴があいた血みどろの両腕が光に包まれ、ボロボロの服の袖の血痕だけを残して元通りに戻った。これで、穴だらけの筋肉も骨も元通り。十二分にぶん殴れるな!!


「なっ、インチキだろそれぇぇ!!!」

「じゃかぁしぃ!!!お前が言うな!!!」


 神をもぶっ飛ばした右の拳で、力の限りワグナーの顔面をぶん殴るッ!


 ワグナーは数メートルほど吹っ飛んだ。地面に投げ出されビクンビクンと全身を痙攣させている。遠目からだが、受け身を取ったようには見えない。拳骨と落下のダメージをもろに受けたようだ。


「ふー……ほんっとに、あのロンゲにはもう頭があがらねぇわ」


 インチキとまで言うってことは、治癒の手段は存在しても、そこまでの即効性がないということか、あるいは使い手が少ないか、いてもこれだけの重症は即時回復できないか、そのいずれかだろう。現に「治しはしたけど」と言った時、奴は何の疑問も口にしなかった。

 まあ、避ける自信があっても、保険がなきゃ突撃なんて真似はしようとは思わなかった。治せなきゃ失血死レベルの重傷だしな。もし次にロンゲに会う機会があれば、山吹色のお菓子をダースで献上し、五体投地で感謝の祈りを捧げなければならないな……うん。


「さぁて、やっとこお楽しみタイムだ」


 ゆっくりと、痙攣から回復し、地に這いつくばるワグナーへ接近する。モロに入ったのか、なかなか起き上がれないようだ。


「ぐぅぅ……狂ってる……」

「はっ、狂人上等。こちとら50人分の恨みを背負って、代理執行任されてんだ」


 ワグナーの腹を蹴り上げる。


「オゴォ!!」


 仰向けになったところで、さらに追撃を行う。


「まずこれが、足を砕かれたやつの恨み」


 右足、左足と、順に脛を踏み砕く。


「あががあああああ!!!」


 流石に悶絶するよな、複雑骨折モンだ。


「これが、両足を串刺しにされたやつの恨み」


 ポケットから鉄貨をとり、長い2本の鉄串に[成形]し、地面に縫い付けるように突き刺した。


「がああああああああああ!!!!」

「これが男の尊厳を奪われたやつらの、恨みィィ!!!」


 ワグナーの股の間の急所を踏み砕く。


「ッ…………!!!……!!」


 じわりと、ズボンに血が滲む。白目を剥き、ガクガクと痙攣している。


「お楽しみの拷問は始まったばっかりだぜ?おら起きろ!!まだ俺の分は一切やっちゃいねぇんだぞ!!」

「この…………化け物め……っ!!」


 草原に、男の絶望に満ちた絶叫が絶え間なく響く。

 己が陥れた者達に対する謝罪かのように……。


お読みいただきありがとうございます。

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