表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/512

魔王

 その後、満腹になったユーディは眠ってしまった。精神と肉体ともに限界だったのだろう。

 ユーディは客間に寝かされ、俺とシルヴィさんは今、応接間のソファーにかけている。高そうな絵や壺などはなく、ローテーブルとソファーが一対置かれているだけだ。どちらも年代物のようだが、穴や解れ、傷等は見当たらない。


「さて、どこから話そうかのぅ……」

「味噌と醤油……いえ、先の料理について」


 料理より優先して他に聞かなければならないことはある。だが、俺はそれを優先することができなかった。確信があったからだ。いや、確信しないほうがおかしい。


「あのレシピは、ズィロから伝えられたものじゃ。味噌、醤油の仕込みもそうだ。奴とは幾度となく同じ釜の飯を食ったものだ……遠い過去に、な」


 ズィロ……最強の四、四星の左腕か。だとすれば……。


「お主が思っているとおり、ズィロも黒髪黒眼。お主と同じ、異界の者だ」


 やはり……。確信があったからこそ箸を、味噌汁と炊き込み飯を出したのか。いや、それともシルヴィさんの好みなのだろうか?


「久しぶりの……いや、もう味わうことはないと思っていた、故郷の味でした」

「うむうむ、何よりだ」


 シルヴィさんの顔はどこか満足気だ。実際のところ、醤油・味噌等の発酵食品の詳細な作り方は覚えていなかった。あれらはちょいと漫画でかじった程度で出来るほど甘いものではない。


「シルヴィさん、自分は回りくどい聞き方は好まないので、単刀直入にお聞きします。魔王の継承にはどんな秘密があるのですか?」


 ぴくりと、眉が釣り上がる。


「なるほど、アレを運んだのはお主だったか」


 既に糞豚が登城したことは知っていたらしい。


「用済みとばかりに地下牢にぶち込まれましてね。で、ユーディと脱獄したわけです。落とし前は付けにゃいかんのですよ」

「ふむ……ちと長い話になるが、構わんか?」

「お願いします」




「これは、魔都の歴史とは切っても切れぬ話でな。ここ、コルボード平原は異常に肥沃な土地だ。とにかく作物が良く育つ。森から木が切り出され、岩山を中心に家はどんどん増えていき、一軒家から村へ、街へ、そうして都市へと変わった。

 ……ちょうどその時分、かの岩山の中腹が割け、大量の魔物が出てきたのだ。下はゴブリンから、上はトウテツまで……」


 魔物……怨念によると、意思疎通が叶わず、敵対するしかない存在の総称だったか。しかも肉がまずいとか。

 そしてトウテツ……饕餮か……。記憶が正しければ、地球の、かの大陸に伝わる万物を喰らうと言われる厄災級の化物だったか?


「これにより魔都ウルラントは一度崩壊し、多くの住人が、安息の地を求めて各地へ散った。そんな状況でも残る者はいた。その筆頭が……後に初代魔王となられたシュバルオーク族の戦士エヴェルジーナ様だ。剣が折れれば鞘で、鞘が折れれば魔物の腕を引きちぎって振り回し、どうにもならなければ自らの拳でたたきつぶした。圧倒的な数の暴力に対し、それを上回る圧倒的な個の暴力を持ってして対抗された。そこへ儂を含む四星が加わり、どうにか魔都ウルラントを魔物の支配から開放したのだ」


 うわぁ、戦いは数っていう定石を覆したのか。ハンパないな……。そりゃあ魔王と呼ばれるようになるわな……。


「だが、それだけでは終われなかった。儂らは見つけてしまったのだ。事の発端である、魔物が湧き出した岩山の穴を。

 中へ入り儂らはさらに驚愕した。内部は入り組んだ迷宮で、どこまで続いているのかもわからなかった。その上、床から、壁から、魔物が次々に生まれていたのだ。天井の特殊なコケのおかげで光源には困らなかったが、調査はやはり難航した。放置すれば、いずれまた同じことが繰り返される。そこで、岩山もろとも破壊し、埋めてしまおうとした。結果は岩山の上半分が吹き飛ぶだけだったがの」


 アレ切り崩したんじゃないのかよ……現実は小説より奇なり、だなぁ。あれ、この前もそう思った気がする。


「内部から破壊を試みたが、これも失敗に終わった。いかな攻撃でも、洞窟を破壊できなかったのだ。破壊できないならば封じるしかない。そこで、頭脳にして大陸一の術士であるケルヴァがエヴェルジーナ様の血筋を持つ者にのみ一時的に解ける封印を施し、興味本位で触ることができぬよう、その上にズィロの主導で巨大な城を建設したのだ」


 あの城が、ただの蓋!?フェイクとしては一級、いや特級品だな、スケールがおかしい。


「しかし、封じる間にも魔物は増え続け、いずれ破裂する。そうなれば、大陸全土へどれだけの悪影響が出るかは……」

「魔王の役目は、大陸の統治ではなく、封印された迷宮の管理だと……?」

「そうだ、それにより恒久平和を実現させると、エヴェルジーナ様は仰られた。だというのに……。3代目のアンポンタンは「封印?知るか、そんなことより女だ!」とのたまい、4代目のハナクソは「封印?迷信だろ」と何もせず。五代目のゴミムシは「今まで大丈夫だったんだから大丈夫」とアホなことをほざき。そして現魔王のオメガデブダンゴは太り過ぎで部屋を出ることは愚か、自らの足で歩くことすら不可能な有様。マクシミルに至っては欲に溺れ、策を弄することしかせぬ愚か者だ。その結果、かれこれもう300年以上も放置されてとる……」


 相当まずいことになっていたんだな。なんというか、もう歯に衣着せてないっていうか……いや、突っ込みどころが多すぎるからもういいや。


「結局、エヴェルジーナ様のような勇猛果敢な後継者は現れんかった。どいつもこいつも臆病者怠け者ばかり……。登城するたびに封印の前に立ち気配を探っとるが、毎度毎度増える魔物の気配にもう胃が痛くてのぅ……。極めつけに、マクシミルは魔力を微塵ももたん。封印を解除するだけの魔力もなく、子を成すこともできぬ。挙句、後20年もせずに死ぬ」


 はい?糞豚が子を作れず後20年の命とな?


「無精?いや、先天的疾患ですか?」

「生殖器そのものを持たんのだ。アレはそもそも、現魔王オメガデブポークホモダンゴが愛人との間に、ある部族が秘匿してきた禁術を用いて生んだ、生命の理を真っ向から否定した存在だ。それ故に、肉体も不完全で生まれてきたのだ」


 ホモの愛人ってことは……おおう、男同士で子供作っちゃったんかい。お腐れな薄い本が熱く……なるのか?あー、脱線した……戻そう。


「奴がしていることは儂の耳にも入っておる。あれが魔王になれば、どんな災害になるかわかったものではない」


 災害とまで言うか。まあ、なぁ。あれ自分で考えないタイプだし、周りがもっともらしいこと言えば流されるだろ……。


「ケルヴァは万が一のために、儂にあるものを託した。あらゆる封印を破壊する術が込められた札をな。ケルヴァだけはこのことを予見していたのかもしれん」


 もしそうならとんでもない人物であることは間違いない。いや、四星の時点で十分とんでもないか。


「魔都を、いや、ウィルゲートを護るには、連綿と続く魔王の血は足かせでしかない……と、そう仰るのですね」

「その通りだ……。奴らは最早、心臓に巣食う病魔。この大陸の営みには邪魔なのだ。

 だが、ケルヴァの札は、魔王の血統が残る限りただの紙切れでしかない。悪用防止にそう細工が施されておる。だからマクシミルを殺らねばならんのだ。この大陸の未来のために、生まれ来る次世代を担う子供達の為に。

 無論、これは儂の一存ではない。儂以外の領主全員が、魔王の椅子が不要だと判断した。

 災害が起きても支援をせず、自らは指示もなにも一切せず、ただ砂糖を貪り喰らうだけ。溺愛する子のために無理やり他の領土を割譲して与える、為政者に有るまじき愚行。そして税ばかり絞り普段から自らは何もせん。直轄の魔王領以外の全てに自治権を与えとる現状、最早魔王を名乗るに相応しくない。共和制を採択するかという意見が出たが、一々この広い間大陸から集まるのは非効率極まりない。ならば各領土がこのまま国家として独立し、相互に不可侵条約を結ぶべきだ、とな」


 なんか後半粗っぽい説明になった、というかちょっとわかりにくさを感じるが、早い話、革命だ。もし通信技術あるいは移動技術が発達しているならば……いや、タラレバの話だな、それは。しかし……


「それでいいのか?糞豚は初代魔王の子孫なんだろう?」

「言いたいことはわかるが、儂が忠誠を誓ったのは生涯エヴェルジーナ様だけだ。大体、おっぱいが付いとらんアンポンタンの男に、誠の忠誠など誓えるわけがなかろう!!」


 そうか……それだけ素晴らしい人物だったのだな、後おっぱい。それが真の忠誠と胸を張って言える物かどうか、突っ込むのは野暮か。おっぱいだもんな。


「……迷宮は?」

「迷宮に関しては、ハンター組合と傭兵組合を通じて一定実力者にのみ解放する予定だの。もちろん、数を相当間引いた後だがな。

 内部の魔物は体内で特殊な鉱石を生成する性質でな。この屋敷にある浴場の湯の供給もそれに頼っている。将来的には一般家庭に普及されると踏み、ズィロが地下水道を設計、建築の指揮を取ったのだが、結局馬鹿どものせいでまるで流通せなんだ……。もし実現できれば迷宮の抑えと、新たな産業の確立となるだろう。アレの利便性はお墨付きだ」


 まさかそこまで馬鹿とは思わなかったのだろう、初代魔王でさえも。ああ、それで地下水道にしちゃあ排水量が異常に少なかったんだな。


「その計画のために盗賊を雇い襲撃させたわけですね」

「ん?いや、わしゃ盗賊なんぞ雇ってておらんよ」

「え?」

「え?」


 ……まじですか?


「ちょ、ちょっと待てください、じゃあどうやって殺そうとしていたんで?」

「城の料理長と毒見役を引き込んだのだ。ここまで言えばわかるな?」


 コトリと、テーブルの上に毒々しい色の液体が入った瓶が置かれる。なるほど、毒殺か。


「迂闊に盗賊と組めば弱みを握られる結果になるではないか?少数で身軽に動く奴を始末するのも簡単ではない」


 つまり、あの襲撃は本当に偶然だったわけか。それを仕組まれたと深読みしすぎて、ありもしない敵に備えて、ああだこうだ対策をしていたわけか。

 滑稽だな、俺たちはピエロだったわけだ……。まるっと空振りどころか、奪三振スリーアウトチェンジだ。しょーもない。


「そんな回りくどい手を使わずに、直接襲えばいいじゃないですか……」


 実力差は歴然なのだから、一番手っ取り早いと思う。


「それができんのだ。これこそが、継承の儀式の負の側面、12領主の反逆を防ぐために、直接危害を加えることができぬ呪いがかかっておるのだ。呪い自体、領主という立場に付随し、仮に辞しても残留する。一度領主となれば、刃を向けることは二度と叶わんのだ」


 ああ、なるほど、これがあいつらが言わなかった継承に隠された秘密ってわけか。


「あくまで直接危害に限ったのは、ケルヴァへ依頼されたエヴェルジーナ様ご自身が不安に思っておられたのだろう。数代後の後継者の資質を……」


 エヴェルジーナも万一のために抜け道を用意していたわけか。ということは……。


「今現在、各地の領主様は亀の歩みでここへ向かっているのですね。継承の儀式を成立させないために」

「うむ、その通りだ。マクシミルを葬れば、呪いの起点───魔王の血を継ぐ者はいなくなり、さらにオメガデプポークギガホモダンゴがくたばれば呪いは消滅する。だが我らの移動が余りに遅い場合、謀反の意思ありと見倣されてしまう。そうなっては、いらぬ血が流れるのは必定。それは儂らとて望んでおらん。全員綱渡りで事を進めておるのだ。マクシミル誕生からの、25年越しの計画をな」


 うへぇ……糞豚が生まれた時点で、12領主は裏で結託して、この代替わりのときを待っていたのか。気の長い話だわ……。しかしちとシルヴィさんの仕事量が多い気が……いや、その後の取り分とかそこらへんまでちゃんと話し合った結果なのだろう。


 ……ここまで腹を割って俺に話したのなら、こちらも相応に答えるべきだ。この人は間違いなく、後ろ盾を失った俺達の味方になり得る人物だ。


「シルヴィさん、明日くらいに、いえ、早ければ今日にでもマクシミルは殺されます」

「なんじゃと?」

「俺の手駒……いや、協力者がそう動いているんですよ。ですから、その毒は処分した方が良いでしょう。間違って自分で飲んだり、零して皮膚に付着したりするのはまずいでしょうから」


 俺は毒薬が入った瓶のコルク栓を開け、ゲンキハツラツ一気飲み!


「な!?馬鹿者!!死ぬ気か!?」


 飲み込んだ後、再度瓶にコルク栓をして、コトリとテーブルに立てた。


「ぷはぁ……ちっと苦すぎますね。そして臭い、後味が最悪だ。毒薬として使うなら、無味、あるいは甘味に仕上げるべきでしょう。料理に混ぜた場合、鼻が肥えていれば口にする前に感づかれます」


 せめてリポD味に仕上げようや。


「お、お主、なんともない……のか?」

「ええ、そういう体ですから」

 

 [病毒無効]って地味だけどすごいな、ほんと。毒の味すらきっちり味わえるようになるとか……いろんな意味で反則である。要は無免許のフグ刺喰っても当たらないのだから。


「なんにせよ、持っているのは後々都合が悪いじゃないですか。こういうのは処分しにくいですし」


 にこりと、シルヴィさんへ笑いかけた。


「……聞かせてもらえるか?それほどの体を持つお主が何をされて、そしてこれから何をしようとしているのか。」




*




「50人の怨念か……自業自得とはいえ、恐ろしい尖兵だな……。ナナクサ、お主はこれからどうするのだ?」

「まず、宿のオヤジにお灸を据えます。燃え盛るほどに熱い、地獄のお灸を。彼らとの契約のうちに入っていますからね。見せしめにもなりますし、同類にしばらく恐怖で眠れない夜を与えてやりますよ。……いや、その程度で済むかどうかはわからないですね。

 その後、仲間の元へ急ぎます。無用の囮だったとは言え、彼らはまだそれに気づいていない。それに……どうにもしっくりこないのですよ」


 あの糞豚は確かに強かだ。だが、それは生まれ持っての物とは思えない。

 あれでも王族だ、ならば教育をした奴が必ずいる。少なくともこれは、糞豚と奴隷商──マクシミルとその手下だけで秘密裏に行えることではないのだ。

 シルヴィさんは策を弄するしか能がないとは言うが、俺から見ればあの豚に自力で考える能力はない。だからまだ、隠れたダニが、裏で糸を引いている奴が居る。そいつがどんな目的で動いているのかまでは分からないが……。

 元々、奴らは外交目的での帰路の最中だったのだ。なら、それに黒幕が同行し、糞豚のブレインとして動いても不思議ではない。…………それができそうな脳みそを有する奴は、あの中に一人しかいない。


「ならば、その間あの娘、ユーディリアは儂が預かろう。老いたとは言え、四星の一人だ。そこらの雑兵など、草を刈るようなものよ」


 おっかな頼もしいお言葉です。疑った見方をすれば人質だが、昨日今日であった子供にそれほどの価値があるとは思うはずもない。思うやつがいるとすればそれは馬鹿だ。


「一応お聞きしますが……」

「なんだ?」


 ひと呼吸、間を置いて、口を開く。


「子供は……」

「国の宝だの」

「国家とは」

「民なくして在らず」

「おっぱいに」

「貴賎なし」

「全てのおっぱいに」

「栄光あれ」


 数秒の静寂の後、どちらからともなく、俺とシルヴィさんは硬い握手を交わした。

 我、終生の友を得たり。




*




 シルヴィさんから衣類と、これまで放ってきた密偵が得た情報を受けとり、俺は足早に南門近くに建つあの忌々しい宿へ向かった。

 衛兵との接触を避けるように、警戒しつつ進んでいく。人通りがまばらであるため、よく周囲が見渡せる。反面、それは衛兵にも見えやすいことになるが、今の俺の格好は草色のフード付きローブを身につけた旅人である。その下に身につけているのも、ごく一般的な服らしい。


 ちなみに下の黒シャツと迷彩ジーンズはアレリアさんに渡した。時間はかかるが同じ物が作れるかもしれないとのことで、即OKである。もしできるならば買取りたい。同じ布は無理だろうが、目立つにしろやはり着慣れた服というのは魅力的である。

 俺、裁縫はめっぽう弱いからなぁ……学生時代も縫い物の課題提出は毎度ドベだったし。そんな俺にシャツとズボン縫えとか、それなんてフェルマーの最終定理。あ……まさか衣類も生成すればできるのか?……ま、まあいいか。




 そんなわけで、南門大通りに面する例の宿屋にやってきたのだった。

 ドアノブにかかる木の看板をオープンからクローズへ変えて、ガチャリと木製のドアを引くと


「いらっしゃい、おひとりですか?」


 何も知らないのんきなおでぶのオヤジ……怨念知識によれば、見たところ種族はホブゴブリンらしい。ゴブリンの上位種であり、意思の疎通ができる種族だと認められているため、人としての権利を認められているらしい。体格だけで見ればビール腹の中年オヤジである。特徴的なのは体表の薄い緑色と、僅かに尖った耳か。むしろオークと言った方がしっくりくる。


「いや、5人だ。連れはこれから作る」


 そう、作るのだよ。

 するりと、フードをまくり上げる。


「ひっ、あ、あんたは……!」


 オヤジは怯えた表情を浮かべた。本来ならば、俺がここにいるはずがないのだから。


「俺と、お前の右腕、左腕、右足、左足で5人だ。フフフフフゥ……」


 わざと邪悪な笑みで笑いかけると、顔を真っ青にして震えだした。

 そうだ、もっと怯えろ。


「ゆ、許してくれ!金が、金が欲しかったんだ!!」


 オヤジは土下座して額を床に擦りつけている。

 へぇ、この世界にも土下座があったのか。もしかしたらズィローマが伝えたものかも知れないな。

 俺はオヤジの汚い髪を鷲掴みにして、顔を引き上げた。


「金が欲しければ何やっても許されるっていうのか?なら、これから俺がやることも許されるよな?たかがゴミクズの腕と足に、全部で4人分の宿泊費を払おうってんだ。大盤振る舞いだぜ、泣いて喜べよ。それとも、もっと客が欲しいのか?増やしてやろうか?テメェの宿の部屋が満室になるくらいにナァ!!!」

「あ……あああ……いやだ、いやだぁぁああ……!!」


 オヤジの顔面は涙と鼻汁でグチャグチャになっている、汚いもん見せるなよ、クソが。


「そう言って、お前にはめられた奴はみんな死んでいったんだ。あの薄暗い牢獄で、手を潰され、足を潰され、肉を割かれ、腸をぶちまけ、目玉をえぐられ、歯を抜かれ、顔を削ぎ落とされてな。そんな、人の不幸を食いモンにして、その醜い出っ腹のように肥え太りやがったんだ。ケジメは付けようぜ。みんな、それを望んでいるんだ。もちろん、俺もな」


 俺はオヤジの右手人差し指を握り、逆方向に思いっきりねじ曲げ、引きちぎった。



*



 ひと仕事終え、置きっぱなしだったリュックとついでに売上をすべて回収し、裏手の馬小屋へ向かった。そこに相棒のハヤブサはいた。相変わらずの黄ばんだ体毛である。


「よう、元気だったか」

「ヒヒィイイン!!!」

「わかったわかった。今から向かうところなんだ。お前の力を貸してくれ」

「ヒッヒィイイイン!!!」


 鐙を取り付け、跨り、東門から外け駆け抜ける。

 ちなみにシルヴィさんから身分証明用にドラグノ族のお守りを渡されている。紐を通して首にかける、緋色に輝く金属でできた龍を模した物だ。親指ほどの大きさしかないにも関わらず、鱗の1枚1枚まで細かく彫られており、製作者のこだわりが感じられる。

 シルヴィさんが認めた人物にしか渡さないものらしく、大抵の検問などもこれでパスできるらしい。一段落したら、暫く滞在して構わないとも言われた。ありがたい話である。


「オーケー、いい子だ。このスピードを維持しろよ。早過ぎると見えなくてかっこいいとか思えないからな」

「ヒヒィィイイン!」


 うん、いい風だ、気持ちいい。


「しっかし、お灸にしちゃあ火力が強すぎたかね」

「フヒ?」

「なんでもないよ。そう、何でもない独り言だ」



*



 ナナクサが出発した4時間後、南口の宿で火災が発生した。

 多くの兵が消化に駆り出され、延焼を防ぐため周りの建物は取り壊され、畑から大量の土をリレー形式で運搬し、消化に用いられた。

 焼け跡からは宿の経営者の遺体が発見されたが、両腕両足の指を潰された上で肩、太ももから四肢を切断され、腹部には臓器に達する深く大きな切り傷が。さらに顔が削ぎ落とされ、両目が消失しており、とどめと言わんばかりに全ての歯が引き抜かれていた。


 南口駐屯所では放火と殺人で捜査が行われたが、上司の不在に加え、不審者の目撃情報もなく、この手の事件に不慣れだったために捜査は難航。ナナクサが仕掛けた時限式火災トリックには誰もたどり着けず、その後のゴタゴタもあってこの事件は迷宮入りとなった。


 余談だが、この火災後に魔都の宿経営者がごぞって夜逃げした。その逃げた経営者らが、最終的に全員が変死する運命にあるのは、まだ誰も知らない……。


お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ