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過去と現在を繋ぐモノ

注意:ちょいと飯テロになります。

あるドラグノ族視点


 「ううむ、困った」


 馬車から降り、懐かしの元我が家、現別宅を仰ぎ見る。

 築年数370年、修繕を繰り返し、かつての姿のままに維持してきた。我が友が図面を描き、建築を主導し建てられたものである。奴は紛れもない天才だった。


「我が友ズィロよ……お前は今の儂を見て笑うか?」


 種族の差は、残酷だ。命短き者を見送るのが長命種の定めだとするならば、なんとも悲しいものだ。


「モント、早速ですまぬが、アレリアに風呂を沸かさせてくれ。お前はいつも通りに食事を頼む」

「は、仰せのままに」


 年老いた我が執事にして、熟練の御者であるモントに指示をする。枯木のように細く、顔の皺はこれまでの長き時を生きた証だ。何方も儂にはまだまだ無縁だ。

 モントとも長い付き合いだ。同じドラグノ族だが、15の時に儂の執事見習いとして働き始めた。……今年でもう147だ。お互いに言う事はないが、もうそれほど長くは共にいられないだろう。

 ああ、また、儂が取り残される。

 いずれはついぞ去年に生まれたモントの曾孫を看取る時も来るだろう。



カタカタ



「む?」


 聞きなれない音に周囲を見渡す。奇妙な音だ。だが……どこかで聞いたことがあるような……。


「むむ?」


 馬車の横に有る、マンホォルという金属の丸い蓋がカタカタと動いている。儂の足は自然とそこへ向かっていた。そこに、長く待ちわびた何かがいる予感がした。

 マンホォルの蓋が、横にずれる。


「ったく……錆び付いてあかねーとかないわ……」


 隙間から声が漏れてきた。やはり何者かがいるようだ。


「ともかく、これで無事脱……あ」

「うむ」


 目が合った。マンホォルから顔を出しているのは、ズィロと同じ黒髪、黒い瞳をもつ人間(・・)だった。そうだ、あの時も確か……。




 350年前……ちょうど同じ、このマンホォルで。


「ズィロ、お前2週間もどこに行っていた!?」


 こんな風に、二週間もの間行方不明になっていた親友が顔を出した。


「すまんすまん、下水道拡張してたんだが、道に迷っちまってさ。わるいんだけど、風呂沸かして?」

「構わんが、どうやって生き延びた?」

「なんでも食った。人間の生命力をなめんな」




「ズィローマ……か?」


 儂は何を言っているのだ?奴は死んだ、最期を看取ったではないか。




 あの日……奴の最後の日に、儂にこう言った。


「シルヴィ、出会いと別れは、常にセットになっている。俺はじきにこの世を去る……俺は今度こそ(・・・・)そこで終わりだ。だが、お前はそれで終わりじゃない。お前には新たな出会いがある。そして別れが来る。何度も繰り返すうちに、孤独を求めるかも知れない。けどな、俺達は1人じゃ生きられないんだ。俺は……生きるってのは、誰かと共に有ることだって……思っている…………」




 奴の言うとおりだった。何度も出会い、何度も別れ、繰り返すうちに孤独を求めた。そこには何もなかった。始まりも終わりもない。ひどく寂しいものだと……孤独は心が死に至る病だと認識した。


「すみませんが、人違いです……」


 マンホォルから男が這い出す。男はマンホォルに手を伸ばし、そこから少女を引き上げた。

 カーバンクル族……か、久しく見ていなかったな。

 まだ10にもならないのだろう。周囲を忙しなく見て警戒している。男は即座にマンホォルの蓋を閉めた。妙に手馴れている。まるで、過去にも同じことをしたような手際だ。


「すみませんが、俺達のことは見なかったことにしてください。お願いします」


 男はぺこりと、少女とともに頭を下げた。


「待て」


 300年以上前に亡くした親友を思い出した儂がこの男と少女を引き止めるのは、ある意味で必然だった。


「そのままでは臭うし目立つ。丁度今風呂を沸かしているところだ。入っていくが良い」


 これが、儂の終生の友となるナナクサとユーディリアとの出会いだった。





ナナクサ視点


 花崗岩に近いざらついた石の床。壁は大理石のような石。大人5人は入れるであろう浴槽も同じ石で作られている。その浴槽へ、額に角が生えた獅子のような像の口から、絶えず湯が吐き出されている。俺は今、やたら豪華な風呂に入っている。


「くはぁ……いい湯だ……」


 ああ、疲れが湯に溶けていく。石鹸もあったおかげで、体の汚れも徹底的に落とすことができた。一張羅も洗濯するとか言って回収されて……。


「もうわけわかんねぇ」


 理解不能だった。余りにもいたせりつくせりじゃないですか。

 しかも上がったら食事にするとかなんとか言ってましたよ?付け加えると俺が入っているのが男湯で、同じ広さの女湯があるとか言うじゃないですか。ちなみに俺と一緒に脱獄したユーディはそっちに入っている。


 簡単に説明すると、だ。下水道を出た先で銀髪のいかにも武闘派ダンディな龍っぽい角生えたおっさんが、うちの風呂に入って行けと……。

 流石に遠慮したぞ?何せ魔王城とまではいかないが、結構なデカさのハウスだ。相当な地位にあることが伺える。今の俺らって厄介事の種じゃない?なんだけどおっさん──


「四の五の言わずに来い、儂の家は誰にも手出しできん」


 とか言うじゃないですか。追っ手があると仮定して、避難場所はやはり欲しかったわけで、こうしてお言葉に甘えることにしたんだが、こんな豪華な風呂、生前でも入ったことねぇよ!精々昔ながらの銭湯スパ銭と古びた旅館だよ!一泊何十万あの旅館だよこれェ!?


「おっさん……一体何者なんだ……!」




 浴場から上がった俺は、脱衣所でさらに驚くことになる。


「お、俺の服が……綺麗になっとる……」


 黒色故に目立つワイシャツの砂埃跡や、ズボン裾の泥なんかが、きれいさっぱりになっている。まるで洗濯乾燥した後にアイロンがけまでしたかのような状態だ。体感時間30分ほどの短時間できっちりここまで仕上げるとは。


「主の命により洗濯させていただきました」

「うおっ!?」


 背後からの声に思わず振り返る。脱衣所にはさっきまで誰もいなかった……はずだ。振り返って思考が停止した。


 ……金髪巨乳のメイドさんや。


 カラフルなミニスカートのナンチャッテとかやない、シックな黒ワンピースの上にエプロンをつけた、マジモンの正統派メイド。年は今の俺と大差無い程度に見え、彼女の表情からは喜怒哀楽が読み取れない……。ユーディ以上に、感情表現が乏しい。だが目でわかる。この目は、今の自分に誇りを持っている奴ができる眼だ。耳の上からはおっさんと同じ角が生えている───つまり同じ種族なのだろう。


「……ありがとうございます」

「いえ、大変興味深い構造でした」


 やっぱりこういう作りの上着ってないのね。しかし……この短時間でどうやって……。


「申し遅れました。当別宅の管理を任されております、アレリアと申します」


 アレリアと名乗るメイドが深くお辞儀をする。その動作一つ一つが洗練され、芸術のようだった。俺には絶対に真似できない。


「これはご丁寧に、ナナクサと申します」


 こちらも頭を下げる。妙に意識してしまったせいで、ぎこちないお辞儀になった自覚はある。


「そのままでいますと、温まった体が冷えてしまいます。早急に着替えられたほうがよろしいかと」


 む、たしかにそうだな。ただ……。


「……出来れば、着替えるまで入るのは待って欲しかった」


 俺、今素っ裸。生まれたて。今の状況、見る人がみれば変質者やし。なんでそんな平然と入ってこれるん?痴女なん?


「いえ、最初からいました」


 ……最初から?いや、確かに誰も……やめよう、深く探らないほうがいいと俺の中で警告音が鳴っている。


「何かありましたら、お呼び下さい」


 そう言って、脱衣所から出ていった。

 感情表現がユーディより乏しいと言ったが、すまん、撤廃する。ありゃ自分の意志で感情を押し殺しているわ。少なくとも、俺の裸に顔を赤らめるくらいには。

 ……これ、立派なセクハラやん。



*




 流石にもう驚くことはないだろう。そう思っていた。

 ユーディの耳と尻尾がすごいつやつやふかふかしているせいで超モフモフしたい衝動に駆られた。耳がピコピコ、尻尾はフリフリしているから余計にそう思えてくる。しかし我慢せねば……。ここで飛びつけば、俺は本当にただの変質者だ。さっきのと合わせれば確実に言い逃れできない。それだけは回避しなければッ。

 綺麗になった俺とユーディは、執事のモントさんの案内によって、食堂へ通された。


「え?」


 食堂は広かった。この広さなら相応のテーブルを用意すれば、30人くらいは収容できるだろう。

 しかし、眼前にあるのは真っ白なテーブルクロスがかけられた、普通のテーブル。その上座におっさんが座っていた。

 テーブルが小さいとは言わない。あれで8人が食卓を囲めるだろう。だが、食堂の広さに対しては余りにも不釣り合いだった。


「なんだか寂しい」


 ユーディの言うとおり、寂しいという表現が合っている。


「おお、来たか。遠慮せずにかけ給え」


 俺とユーディはおっさんに対面するように座る。

 ……あかん、テーブルマナーはだいぶ昔に従兄弟の結婚式の為に勉強したが、大半を忘れてしまっている。いや、この世界にテーブルマナーがあるのか?あったとして作法が地球と同じなのか?


「儂の風呂はどうだったかね?」


 っと、いかん。


「素晴らしい。この一言に尽きます……」

「あったかかった!泳いだ!」

「泳ぐもんやないで……ユーディ……」


 いや、分からなくもない。俺だって同じ年頃の子供だったならば、泳ぐし潜るしケツだけ出して桃型潜水艦もやる。間違いなくやる。しかしわざわざ言うことはないだろう?……それだけ楽しかったのか。


「はっはっは!そうかそうか!!」


 おっさんは大して気にしていないようだが。

 …………あ!!!


「し、失礼を。自分、ナナクサと申します」


 名乗り忘れてたーーーーーーー!!!俺のバカ!アホ!!明らかに身分が上の推定お貴族様になにやってんの!?


「ユーディリア……ユーディ、です」

「はっはっは、気にするな。そんな些細なことでどうこうするつもりはない」


 些細なことって……このおっさん、器でけぇ……。


「儂の名ははシルベイクァン=バルフィリアス。気軽にシルヴィとでも呼ぶがいい」


 はぁ!?ちょ、え、えええええええええ!?シルベイクァンって……ワグナーの奴が言っていた、あの!?黒幕の疑惑ありの!?


「おじさんすごい?」


 すごいってレベルじゃねぇよ!!っていうか、若っ!!じじいと思っていたのに全然若い!!!


「うむ、儂は超すごい!」


 円満の笑みで言ったし!!ああ、頭がオーバーヒートしそうだ……。


「ナナクサだったか、その様子では、儂がどういった者か知っておるようだな」

「……初代魔王陛下の右腕、最古の12魔爵、ですよね」

「そして最後の四星、だな」


 四星?


「初代陛下の側近にして、最強の四と言われた者たちの総称だ。右腕のシルベイクァン、左腕のズィローマ、頭脳のケルヴァ、盾の……いや、よそう。そんなことよりも、食事だな、うむ」


 喜々として語っていたが、自ら話を中断した。俺にはそれが、取り戻せない遠い昔を懐かしんでいたように見えた。

 と、モントさんとアレリアさんが料理を運んできた。


「お待たせいたしました、味噌汁です」

「……え」


 まず置かれたのは、箸置きだった。そこへ、木製の箸が一膳置かれる。ユーディの方を見ると、銀のフォークが置かれていた。シルベイクァンさんは……俺と同じく箸だ。

 さらに目の前に置かれた器は漆器だった。その器の中には、茶色い液体が入っている。中にはじゃがいも、人参が一口大の大きさで入っている。

 立ち上る湯気。懐かしい匂い……。


「味噌汁……。しかも、丁寧に出汁をとった……そして使っている味噌もかなりの上物だ」

「ほう、やはりわかるか」


 口に出ていたか……ん?やはり?どういうことだ?


「なに、疑問は後、今は料理を堪能しようではないか」


 そう……だな。

 正直言って、今の俺の腹は未だかつてない暴力的衝動に襲われている。味噌のつくり方は俺は知らない。だからもう味わうことはできないと思い、俺は味噌の味を、大好物の野菜増し増し味噌ラーメンと共に封印したのだ。

 だが、今、その封印が味噌汁の匂いによって破られた。解放された欲求が、衝動が、日本人として生まれ、生きた記憶が、眼前の味噌汁を渇望している。早く、早くよこせと、暴動は胃袋だけに収まらず、唇が、舌が、歯が、喉が、否──ナナクサを構成する全てが欲しているのだ!!!


「では、いただこうか」


 シルヴィさんは椀を手に、口元へ近づけて味噌汁をすすった。その瞬間、今まで抑えていた気持ちが爆発した!!


「いただきます!!」


 左手で椀を持ち、唇を付け、啜り、流し込む。口内が味噌汁で満たされ、舌が……もういい!御託はいい!とにかく全力で堪能する!!


「うまい……」


 感極まるとはこの事か。控えめに言ってこの味噌汁が極上と呼ぶに相応しい。初めて、味噌汁で感動してしまった。


「おいひ……」


 ユーディもこの味がわかるらしく、その顔は笑顔だった。


 味噌汁は一瞬で終わった。この状況で、あれだけの味でゆっくり味わうとか、そんな料理バトル漫画めいた高度技術、俺にはできなかった。やはり味噌はいい……。


 ……ふと、また俺の鼻が懐かしい匂いを嗅ぎ取る。


「お待たせいたしました、炊き込みご飯です」

「なん……だと……!?」


 目の前に置かれた、茶碗に山盛りの茶色の飯。味噌汁同様に湯気が立ち上るそれは、醤油の匂いをこれでもかというほどばらまいていた。具材に使われているのは筍、人参、肉は……鶏肉か!見るからに醤油を十分に吸いこんだ色をしている。茶碗にはお焦げも入っている。炊き込みご飯の美味しい場所だ。このお焦げには、醤油の旨味が凝縮されていると言っても過言ではない。


 いや……聞いたことがある。味噌と醤油は、醸造工程が酷似している、と。

 それ故に、味噌があれば醤油がある、その逆もまた然りだと言う。

つまり、醬油を用いた炊き込みご飯が出てくる可能性は0%ではなかったのだ。


「はむっ……んんっっ……」


 俺は咀嚼もそこそこに、次々に口に飯を運んでいく。米そのものの味は良くない。まるでタイ米だ。だが、醤油の味は素晴らしい。筍の旨みと歯ごたえ、人参の甘味、鶏肉の味と食感。米そのものの味を差し引いてたとしても、十二分に……くぅうう。


「ああ、うめぇ……!!!うめぇ!!!!」

「うむ、やはり炊き込み飯はいいな。モント、おかわりだ」


 早い、もう食ったのか!


「すみません、俺もおかわりを!」

「私も……おかわり……」


 モントさんから山盛りになった茶碗を受け取る。この人、わかっているな!

 一心不乱にご飯を口に運ぶ。


 あああ、幸せぇぇ~~~!!


 すっと、モントさんが味噌汁のおかわりを置いた。本当にわかってるなこの人は!!

 こうして俺とユーディは、腹一杯になるまで喰らい続けた。それはまさしく、料理がもたらした幸福だった。

お読み頂きありがとうございました。ああ、炊き込みご飯が食べたくなる……。

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