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憎悪と復讐

書ける時間があるっていいですね……。

 突然の事態に眠気は完全に吹っ飛んでしまった。

 まさかこの俺がまた後ろ手で縛られて歩かされることになろうとは……。目隠しされていないだけましだが、全く人生というのは本当にわからん。

 ちなみに逃げようにも四方囲まれているし、縄の先は兵士に持たれているわけでどうにもならない。

 そもそも、タダの誤解なのだ。俺の姿は門番が確認しているし、殿下からも証言は得られる。つまり、下手なことをすれば殿下の悪評につながるし、ここに住もうと考えている俺の立場も宜しくない。報酬を得ていない以上、その辺は避けなければいけないだろう。下手なことすれば報酬なしにされるかもしれん。


 というわけで、特に抵抗せずに守備兵詰所の地下に連れて行かれて……。血なまぐさい石壁の部屋で両手両足を椅子に縛りり付けられてしまった。

 ちょっと待て、これはあかん。これ拷問する気マンマンじゃねーか!!特に目の前の金貨掲げたでかいやつ!!後ろの奴なんか木槌と釘をなんで持ってるのさ!?ちょ、でかいやつにそれらを渡すな!!ポイしろよポイ!!


「こほん、誤解があるようですが、あの金貨はマクシミル王子から直接受け取ったものです。盗みを働いて得たものでは決してありません」


 努めて冷静に言うが、頭の中は冷静に程遠かった。背から這い寄るように、かつて誘拐された時に牢獄で聞いた断末魔が、叫びが、許しを請う声が記憶の奥底から引き出され、呪歌のように脳内エンドレス再生が続いていた。


「ハッ、もっとましな嘘を言ったらどうだ?殿下は今マンマール領におられるのだぞ?それとも貴様、まさか殿下の館から盗み出したというのか?」


 魔王城入りした情報が回っていないのか。通信技術がなけりゃあ……いや、そもそも秘密裏に移動してきたんだ。情報が回るわけがない。だが、まだだ。


「少なくとも、南口の門番ふたりが俺と殿下が同じ馬に乗っているところを確認しています。そちらから証言が得られると思うのですが」

「そんな言い分が信じられるとでも言うのか?」


 あ、駄目だこいつ、直感だが、最初からこちらの言い分を聞くつもりが微塵もない。


「まあいい、素直に吐くまで痛めつけるだけだ」


 え、ちょ、おま、……まさか!!


「ギャーーーーーース!!」


 木槌が振り下ろされ、俺の右手とその固定台が釘によって縫い付けられる。


「やめろ!やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろーーーーー!!!」


 爪と第1関節の間に釘が打ち込まれた。立て続けに両手の指全てに。気を失っても、痛みで無理やり覚醒させられる。


「潰すな!もう俺の指を潰すなーーー!!」


 釘を引き抜かれたと思えば、執拗に金づちで何度も指を潰される。

野郎……笑ってやがる!!くそが!!


 クソガクソガクソガクソガクソガクソガクソガクソガクソガァアアアアアアアアア!!!


 終わった時に俺の手は、血まみれの()になっていた……。



*



「ちっ、しぶといやつめ……」


 バタンと、重厚な鉄の扉が締められた。

 縄は解かれたが……クッソいてぇ。いやもう痛いとかそういう次元じゃねぇ。お茶の間でモザイク掛けても放送できないようなスプラッターハンドだ……っつか原型とどめてねぇよ畜生め!!!テメーらどこの過激派組織だよクソが。

 ああくそ、この痛みじゃおちおち眠れやしねぇ。失禁しなかっただけましか……。っていうか寝られる精神状態とは程遠い。

 くそっ、頭が無駄に興奮状態になってやがる。アドレナリンが垂れ流しだ。こういう時はまず心を静めることだ。


「……できるかーーー!!ここまでされて冷静になんてなれるかボケェーーー!!!」


 クソが、このままじゃあなぶり殺しだ。悠長に構えていた俺が大馬鹿だった。

 とりあえず、この指をなんとかしねぇと……なんとか、出来るか?出血に複雑骨折、骨むき出しに穴だらけで爪ももれなく全部引っこ抜かれてああああーーーーークッソいてぇ!!!おまけに出血が止まる気配が一向にない。このままじゃ失血死まっしぐらだ。下手すれば手を切り落としたほうが出血が少なくなるんじゃないのこれ!?


 ………………あ!!!


「俺、[自己再生]あるんじゃんよ」


 アホか俺は……。ロンゲから自己再生もらったばっかりやん。はー、あれだな。頭に血がが昇っていると、自分のことでさえわからなくなっちまうんだな……。

 頭を抱えそうになるも、手がやばかったので思いとどまる。なんか、真冬に冷や水を頭からぶっかけられたように一気に冷めてきた。

 ともかく、傷を修復だ。頭の中で再生を、元々の自分の手のコンディションをイメージする。


「……『修復』」



シュウウウ……。



 潰された両手が光に包まれて、綺麗に修復された。剥がされた爪も元通りにある。


「ふむ……」


 修復された両手を開き、握り、指を一本ずつ曲げて動きを確認する。


「痛みなし、関節にも異常なし。そして……痛みの記憶だけは残る、か」


 まあ、あれだけやられちゃあな……。傷が治っても、俺の怒りと憎しみは消えない。しっかし……。


「これ、よくよく考えると全然ささやかじゃないな。ガチの反則(チート)だ」


 整形手術でも治るかわからんレベルのものがここまで綺麗に……。つまり、今の俺は即死するようなダメージを受けない限り死なないってことだ。やはり神と人間の些細感覚には大きな隔たりがあるな。

 まあ、それでもやたらめったらダメージを受けるのは慎むべきだ。痛いのはやっぱり嫌だし、余裕ぶっこいていたら痛みのあまりショック死なんてこともあり得る。今回ばかりは素直にロンゲに感謝だな……。だがもし、あの時のコインの出目が違っていたら……今の命を大事にしよう、うん。


 さて……体も精神も落ち着いたここらで、一寸状況を整理してみるか。


 俺がこの状況下に置かれる原因はあの金貨だ。13人の領主にそれぞれ3枚ずつ、つまり合計39枚だけ存在する希少な金貨だという情報だ。それを俺が使った事にある。

 出処はマクシミル殿下だが……流石に間違って渡すとは考えにくい。あれはおそらく、本来の用途───通貨として作られたものではないのだろう。記念品か、あるいは身分の証明の為か。どちらにせよ、あの特徴的すぎる外見を持つ殿下が、そんな希少な金貨を持ち歩く必要性が存在しない。あるとすれば……。


「俺のように投獄させる相手に与える……か?」


 マクシミル(・・・・・)がこうなるように仕向けたってことだ。グロムビルとかいうあの鬼畜拷問クソ野郎は、いや、ここの兵すべてがマクシミルの息が掛かっていると考えても何らおかしくない。

 ということは……あの宿もマクシミルとグルだな。流通されていない、使えない金貨を突っ返さずに普通の金貨として受け取ったということは、最初からあの金貨の正体を知っていたとしか考えられない。


 だが、俺がどの宿に泊まるか、その決定権は俺自身にあったはずだ。実際、南門から城まで送り届ける間に宿らしき看板は何件もあった。偶然俺が選んだ宿が、偶然マクシミルの息がかかった宿だったというのは、いくらなんでも出来すぎ君だ。有り得るとすれば……。


「全ての宿が、最初からマクシミルの手中にあった、か」


 そういう答えに行きついてしまう。その場合、俺には最初から逃れられる選択肢が存在しかったということだ。どうやら俺は蜘蛛の巣にはまったパピヨンらしい。


 この一連の流れがマクシミルの思惑通りだとすれば……何が狙いだ?メリットがわからん……。


 いや……一つあるな。バランドーラを横断した者が『最初からいなかった』事に出来る。

 あの豚は金がない俺がバランドーラ死地の向こう側の情報を売ることを危惧した。草木がない荒野の向こうに草原があり、さらに大森林があるという情報は、奥底に眠る冒険心を刺激するには十分な薬効だ。その事情は奴自身が説明している。


 だが、俺は非力な凡人じゃなかった。正面から排除を試みれば、代わりに自身が物理的に排除されてしまう。そうならない為には、俺とジークとグレンを分断し、自らは手を下さず、司令塔である俺を排除し、そして───。その切欠が身内の不幸で突如舞い降り、豚は俺とその献策を最大限に利用した上で、あらかじめ設置していた罠に嵌め落した、か。


 ただ、俺が奴の立場だったら排除せずに取り込みたいと思う。物質を自在に[抽出]・[成形]諸々できて、その上それを用いて攻撃できる。自分で言うのもなんだが、割と優秀だと思うんだがなぁ。

 いや……よく考えれば、使ってみせたのは[圧縮空気砲]だけだな。ということは、取り込むリスクに対してリターンが低いとみなされたのか?

 俺を取り込めば、ジークとグレンも付いてくる。だが、カーノルの食堂での反応を見る限り、ジークを取り込むのはリスクが高いと判断したんだろう。グレンに関しては、俺への忠誠心が高すぎるために断念したクチかね。そして、俺があいつらを見捨てることはありえないと判断した。故に、奴の中には排除の選択しか残らなかった。


「まずいな。あいつら大丈夫だろうか?」


 ワグナー、マイルズ、リレーラが、俺への扱いに対する認識をきっちり糞豚と共有しているなら、ジークとグレンは間違いなく道中で殺されてしまう。いや、囮をしている状況下で俺達を最大限利用するなら、魔王領の検問越えまでは生かしておくはずだ。下手を打てば自身の身の安全まで消し飛ぶし、ジークとグレンから手痛い反撃を受けることになる。


 とすると、俺がやるべきことは、脱獄してジーク・グレンとの合流、これが最優先事項だな。次点で、マクシミル以下関係者全員の抹殺。はっきり言って、奴らには生かしておく価値はない。俺は報復に殺す事をやりすぎとは思わん。


 そもそも、ここは神のいない管轄外の世界だ。なら、俺が好きなようにやっても何の問題もない。殺しの処女(バージン)は、とっくの昔に散らした身だ。言葉が通じる相手を今でも躊躇なく殺せるのは、盗賊を殺したときに確認している。口で恩人だと言っておきながらこの所業……あの糞豚にはきっちり、5割増しでノシつけて礼をしないとな。


 肝心要の脱獄自体は楽だ。手段は既に思いついている。問題は、糞豚の抹殺まで考えるなら手が足らないということだ。出来れば使い捨て出来る有力な手駒が欲しい。ちなみに魔王城へ侵入する場合、パターンは以下のとおりだ。


1・正面から

 この場合、門番が通しても問題ないと思われるような奴を手駒にしていなければならないだろう。俺は多分、いや、間違いなく通れない。正面突破した場合、逃げられるのがオチだ。故に、殺すのは手駒に全て任せる事になる。信頼性は微妙なところだ。


2・窓から侵入

 ロッククライミングでよじ登り、窓あたりから侵入。問題は、夜間でなければ目立つ点と、俺の体力が持たないところだ。生前ならなんとか出来ただろうが、今のこの体では困難を極めるだろう。誰かにやらせるなら、圧倒的体力を持つ奴が必要になる。


3・空から

 文字通り飛んでいく。のはムリなので、空中で空気を固めて足場を作り、階段のようにして窓から侵入する。問題は、それが俺にできるかどうかやってみなけばわからないという事だ。俺の精神力が侵入に至るまで持たないとも予測できる。何段分足場を固めればいいのかわからんし、もし途中で精根尽き果て真っ白な灰になってしまえば、何十、何百mもの高さから落下する羽目になる。受け身でどうにかできる次元は超えており、当然即死だ。地上に真っ赤な血の花が咲き、肉の花粉を散らすだろう。


4・地中から

 岩山側面に穴をぶち明けて掘り上がっていく。問題は、出口が魔王城地下になるわけで……。ああいうところの地下倉庫とかって、だいたい何かヤバイ奴がいたりする。某最後のファンタジー5作目のとある城の地下の悪魔とかな。まあ、それを抜きにしても、岩の固さ次第という点もある。時間がかかり過ぎれば、発見されて袋のネズミーランドだ。


 どーすんべ……ろくな選択肢がない。


『お困りかね、若人よ』


!?


「な……!?い、今の声は……いや、気のせいだな」


 最近ベッドでぐっすり寝た記憶がないからなぁ……。昨晩も途中で起きたっていうか、ロンゲとの接触だったし。疲労のあまり俺の脳がおかしくなったんだろう。


『無視するな』

「気のせいじゃぬぇ……!?」


 やっぱりなんか聞こえる。……どこから?ここには何もいないということは、お隣さん?


『目の前にいる。……ふむ、声は聞こえども姿は見えぬか』


 なんだと?つまりこれは、不動産屋の手違いによるダブルブッキングか!?……いかん、少し落ち着こう。まだアドレナリンが抜けきっていないようだ。


「えーと、おはようございます」

『うん、おはよう。私は、僕は、俺は、否、我らは怨みの集合体。グロムビルの拷問により撲殺、失血、刺殺、惨殺、考えうる全ての死を受けた者たちだ』

「我ら……ね。俺はナナクサだ。後一歩でお前たちの仲間入りをするところだったようだな……」


 同居人は怨念だった。しかも、複数集合体の。こういう時どういうリアクションとればいいんだよ?アニメとかエロゲとかの展開は期待できないぞ流石にこれェ。


『我らは待った、僕の、私の、我らの復讐を果たす時を。その機会を。それを叶える者を。そうだ、あなたを、君を、てめーを待っていた』


 俺を待っていたって……おいおい、俺にどうしろと?何を望んで接触してきたんだ?


『あたしに、わしに、器を。我らが器を作り上げてもらいたい』


 まさかとは思うが、あんたら…………。


「俺に何かを作らせて、そいつに取り付こうって魂胆か」


 俺に曰く付きの呪われた代物を作らせたいわけだ。


『わしには、あたいにはわかる。あんたが、君が、[創造者]だということが』


 [創造者]……まあ、確かに作れる。道中ちょっとしたものは作ってきたが……。


「……目的は?」


『復讐だ!我らが有るのはただその一点のみ!その為に、我らは集い補い合ったのだ!グロムビルを、マクシミルを殺すために!!』


 ほーう。……こいつらはつまり、各々が持つ情報を統合して、結論を出したって解釈していいのかな?


 あ……そうだ。


「ちょーっと、俺の仮説があっているか、採点してもらえる?」


 人間と怨念、意見交換中……。


 結論:俺の仮説正解。


 似たような手口で投獄されて、殺された奴が14。ただ快楽のために拷問されて殺されたのが33。奴隷として売られる前に付けられた傷が元で死んだ子供が3。以上50人分の怨念が彼ららしい。実際はそれ以上だということは容易に想像できる。死んだら必ず魂がその場に留まれるわけじゃない。それは俺自身が身を以て経験している。


 得た情報をまとめると、南門駐屯部隊は、現在完全に糞豚の私兵となっている有様らしい。本来ここは納税滞納者や窃盗犯など、軽犯罪者が罪を清算するため、罪人奴隷となる前の一時的な収容施設だった。

 この罪人奴隷については、具体的に教えてもらった。


罪人奴隷

 犯罪を犯した者が身分を剥奪されて成る。ただし、賠償金を支払うことで回避できる。窃盗等は被害額の4倍~が支払いの相場だが、身体部位損失等の傷害の場合、その額は天文学的数値に上がる。

 奴隷となった後の扱いは鉱山等の劣悪な環境下における重労働が主となっており、たとえ生きてでられても、それまでに吸い込んだ粉塵や劣悪な栄養状態から長くは生きられない。よって、存命中に支払えないと判断された場合、被害者が容疑者の身体部位の一部を破壊する権利が、あるいは、ぎりぎりまで搾り取った後に被害者がその手で処分(・・)出来る権利が与えられる。


 南門駐屯部隊隊長がグロムビルに変わってから、非合法の人身売買、冤罪逮捕からの拷問、そして俺のように都合が悪いやつを秘密裏に処分するようになった。

 グロムビルはもともとマクシミル付きの兵士だったらしい。後ろ盾の条件に、人身売買で得た利益をマンマール領へ、いや、マクシミルの懐に入れ、互いに贅を尽くしている。そして場合によっては有能な人材、特に獣人種のうち忠誠心の高い地狼族・人狼族を冤罪で逮捕し、処刑寸前で糞豚マクシミル自らが目の前で恩赦を与えるという演出をする。これにより、忠誠心の塊とも言える手駒を増やしている。

 ……ワグナーらもそうなのだろうか?うーむ、被害者と共犯者、どっちなのかはまだわからんな。


 そのうち、金使いが荒い部下を共犯として引き込み、人身売買の利益を分配。これにより離反、内部告発を未然に防ぎ、長々と10年に渡って続いているそうだ。頻度は月およそ1~3人のペースだが、旅人や孤児・浮浪児をターゲットにしているために大きく露見されていない。

 そして現在、奥に1人、売買目的で捕まっている子供がいる、と。


 この怨念たちの目的は、俺に憑依する器を作らせ、その器を経由して誰かの体を乗っ取り、そのまま復讐するために利用するというものだった。


「オーケー分かった」


 これは願ってもいないチャンスだ。彼らがいれば、俺の復讐という目的は間接的にだが果たせる。そして俺はジーク達の元へ行ける。


「出来るかどうかは賭けだが、条件付きで引き受けよう」

『何?なんだ?なになに?』

「賭けに勝った場合、俺の作戦を飲んで欲しい。いや、悪い話じゃない。全員まとめて、地獄に落とす素敵でハッピーな作戦だ。糞豚も、グロムビルも、関わった兵も、宿屋のオヤジも、全員まとめてな。俺もあんたらと同じく復讐を望んでいるクチさ。まあ、聞くだけ聞いてくれ」


「………………だ。そこから………………」

『……………………そんな手が…………………いいな』

「だろ………………いけるか?」

『いいだろう、いいよ、やろう』

「俺は俺を嵌めた宿のオヤジを殺す。他の宿のやつらはそっちで好きに料理してくれ」

『いいぞ。俺達に、うちらに時間は無限にある。奴らに命ある限り、終わりなどない』


 作戦伝授完了。


「よっし、それじゃあ……ああ、いや、申し訳ないがもう一つお願いが」

『なんじゃ?なんぞな?』

「一般常識を教えてください。法律とか魔物の定義とか主食とか香辛料とか相場とか」


 今眼前にいるのは、50人分の記憶、知識を持つ怨念だ。つまり、一般常識とか相場観とかを学ぶ相手としては最適である。


『よろしい。いいじゃろ』


 こうして、約2時間にわたり、50人分の怨念からなる知識を飲み込んだ。生前よりすんなり頭に入っていく。ノートが取れないのが残念だ。




「おっしゃ、そいじゃやってみますかね」


 石造りの床に手を付ける。わずかに黒ずんだ床は、これまで拷問された者達が流した血が変色したものだろう。


 「[抽出]……鉄、なんかいい感じの鉱石をテキトーに。対象を[撹拌]──とにかく混ぜて均一に。その上で、[成形]──刀身は重く、分厚く、切れ味は二の次。折れないように固く、ただひたすらに固く。固めて、固めて、ひたすらに固める。最後に……」


──彼らを混ぜ込む。


『うぉぁああああ……』


 だ、大丈夫だよな?混ぜた拍子に成仏!!とかないよな?っていうか、今更だけど怨念をを混ぜられる能力って、ヤバくね!?

 不安に思いながらも、混ぜ混ぜ圧縮を続け、形を整えていく。が、明らかにサイズが大きくなりすぎている感が……。


「よし、できたぞ……」


 余計な装飾が一切ない、ひと振りの分厚い漆黒の剣身を持つ剣が出来上がった。明らかに異質だ。熱を帯びるわけでもないに関わらず、仄かに周囲の空気が歪んでいるように見える。何より、全ての部品が一体となっているのだ。そう、これは大剣の形をした金属の塊である。


「よっ……っおおお……重てぇ……」


 剣身の分厚さから重いものだと分かるが、その予測をさらに上回る重さだ。物理法則を無視する一歩手前の代物である。握ってわかった。これは、剣の形をした撲殺するモノだ。何かを斬る代物ではない。所謂、浪漫武器だ。


「折れない剣……いや、ここまでくれば鈍器だな」

『すばらしい出来だ、です』


 大剣から声が聞こえる。ビリビリと、手の中で震えている。


「銘は、[撲殺剣]とでもしておくか」


 矛盾した銘だが、それ以外に適切な表現がないのだからしょうがない。


『ては、それじゃあ、手はず通りに……』

「ああ、始めよう。俺達の、血と憎悪にまみれた凄惨な復讐を」


 俺の口元は無意識に吊りあがり、歪に笑っていた。



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