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休息

 何度かの休憩を挟み、最寄り街についたのは日没ギリギリの時間だった。

 森を丸く切り開いたように作られた街で、丸太を地に隙間なく突き刺した柵で覆われている。柵というよりはもはや壁だ。見積もって4m程度だろうか?飛び越え防止か、柵から近くの木までは軽く見積もっても10m以上の距離がある。


 この街の名であるカーノルは、街中央の泉を発見し、交易の中継地点として商売を始めた商人の名から取ったらしい。ただ、商才があったわけでもなく、人望があったわけでもなく、いたって平凡──いや、商人としては無才の人物だったらしい。そんなカーノル氏は、自分の名前がついた街を見て何を思ったのだろうか?


「なんとか間に合いましたね。今夜は一泊して、明日、追加の馬を確保してから出発します。そこで、改めてお願いがあるのですが……」

「なんでしょうか?」

「宿代食事代はこちらが持ちますので、屋敷までの護衛をお願いしたいのです。まだ移動に2日かかる距離で、襲撃される危険が残されています」


 ふむ、ふむふむ。ここで分かれるとなると、お礼を受け取るにしても時間がかかる。自力で彼の屋敷まで行かねばならないか……。

 そして現在こちらの手元には金になるものがない。市場を見ていないから、俺の中で物の相場観がそもそも構築されていない。ここでNOと言うのは、着の身着のまま無一文で大都会に放り込まれるのと同じだ。こいつ、そこまで引っくるめて提案してきたな?なんとも強かな豚だ。


「んで、お代はいかほど頂けるんで?」

「魔都……魔王直轄領の都ですね。そこで得られる一般労働者の給金10日分を3人分、それに追加で撃退した回数だけ金貨をお支払いします」


 ご丁寧にものさしまで用意してきた。


「と、いうことだが、どうする?」


 横に座るジークとグレンに一応聞いておく。


「オレ、ナナクサキメタコト、ヤルダケ」

「考え事はあまり得意ではないので、一任致します。私も、ジークと同じ考え故」


 何この信頼感。頼られるのは悪い気はしないんだが、ううむ。思考を放棄するのはよくないだろう?


「んー……分かりました、3人分、きちんとお支払い頂けるということで、お引き受けしましょう」

「はい、3人分満額でお支払いします」


 丸太で組まれた門を潜って馬車は進む。暗くなってきているが、見える範囲では木造建築が多い、というよりすべてが木造家屋だ。高くても2階建てだが、基本的に2階部分は1階部分と比較して極端に(・・・)小さい。何か理由があるのだろうか?

 ちらりと、1階屋根部分に物干し竿のようなものが見えた。……ああ、成程な。1階と2階の面積差分が、住人にとっての庭のようなものなのか。こうしてみても、1階部分に庭がある家がない。効率的な土地の運用、というやつか。


 食堂で食事を取り(塩、香辛料が希少なのか高価なのか不明だが、大分薄味の上に大雑把)、宿に着いた時には完全に日が落ちていた。2部屋しか空きがなかったために、俺、ジーク、グレン組とミート組で分かれることになった。野宿よりはだいぶましだし、費用も出してもらっているので文句はない。

 宿の受付は猫の獣人だった。所謂女の子に猫耳と尻尾をつけたような容姿ではなく、全身が栗色の毛で覆われ、顔つきも人のものより猫のそれに近い、というより猫そのものだ。骨格と胸のふくらみとスカートで辛うじて女性だということはわかったが、その辺の要素を排除すれば俺には性別を判断することはできそうにない。


 あてられた部屋は簡素だった。木製のシングルベッドが二つ並び、テーブルには明かりであろうロウソクが1本、背もたれ付きの四角い木の椅子が二つ。壁に窓があるだけ。飾りも何もない、シンプルである。


「ふぅ」


 どっかりと、椅子に腰を下ろす。

 ああ、やーっと気が抜けるわ。

 ぼふん、という音がベッドからしたと思えば、ジークがダイブしたようだ。


「ヤワラカイナ!フカフカダナ!」


 俺にはあまり柔らかそうには見えん。シーツもなんかほのかに黄ばんでいるし。……これは所謂、安宿とか言う奴なのだろうか?


「ふむ……ふむふむ……」


 グレンはテーブルを始め、ベッド、窓などをじっくりと見て回っている。こういった人の手で作られた調度品をこれまで見たことがなかったのだろう。落ち着いているように見えるが、玩具を与えられた子供が興奮を押し殺しているようにも見える。


「さて、どうするかねぇ」


 俺達3人に課題は多い。

 受付でジークを見た猫獣人の顔が引きついっていた。食堂に至ってはウェイトレスが毛並みを逆立たせ、食事中の獣人達の酒気熱気を帯びた喧騒が、シンと静まり返るほどだ。

 本人は「キニシテナイ、ソレヨリメシ」と気に止めていなかったが……やはりゴブリンが人里で暮らすするのは難しいのかもしれない。

 なんとかできないだろうか?今更サイナラ野に帰れとか言えるはずもない。ジークがどう思っているかは知らんが、俺にとっては死線を越えた仲間であり、かけがえのない友だと思っている。

 まあ、なにか手を考えなければいけないが、今は休もう。流石に体がガタガタだ。


「俺は床で寝るから、お前らベッド使って休んでくれ」


 リュックからブランケットを出して広げると、僅かに砂埃が舞った。機会があれば一度洗濯したいところだ。ブランケットに限らず、俺の服も割りと砂が多く付いている。……寝る前に表で砂を[抽出]するべきだな。


「イイ。オレ、ユカデ、ネル」

「いや、私は椅子というもので十分。横になってしまうといざという時に動けませぬ」

「ベッド、ナナクサトグレン、ツカエバイイ。オレ、ケイカイスル」

「ジーク、それは許容できない」


 まったく、お前らは……。とか思いつつ顔がにやけているのに気づく。……ああ、そうか、俺は今満たされているのか。

 結局ジークが床に毛布で、グレンが椅子に毛布で、俺も椅子にブランケットで寝た。




 翌日、ワグナーさんは馬を確保しに、残る俺たちは馬車に荷物───調達した食料と、ミートボール君の個人的な買い物を積み込んだ。


「しかし、獣人ばっかりだな」


 猫、狼……。共通するのは、獣色が強く出ていることだ。しかし、あれだけ毛深いなら服がいらないのではないだろうか?


「服がいらないんじゃないか、とか考えてねぇか?」

「うお、マイルズさん!?」


 気配なしに急に後ろから話しかけないで欲しい、心臓に悪い。


「ふぅ……まあ、おっしゃる通りですよ」

「機能だけで見るんならお前の言うとおりだ。だが、服ってのは文明のものさしってやつだ。誰でもぱっと見で技術の高さってのがわかるだろ?」


 む、確かにその通りだ。素人でも装飾が美しかったり、キメ細かかったりというのはわかる。


「要は、話せばわかる相手ですって言ってんのと同じっつーわけだ」

「成程……」


 そういう考え方もあるか。確かに、腰みのだけの原始人と、スーツを着こなした原始人、どちらもウホウホいうだけだろうが、どちらが話が通じそうか言うまでもない。後者に関しては見た目違和感の塊だが。……ああ、そういうことか。


「助言、ありがとうございます」

「ん?おぅ」


 要するに、ジークとグレンにもそれは該当するってことだ。これなら解決するかもしれない。ただ、ショートパンツと胸当てだけの彼に言われるのは、少しだけ納得いかなかった。




 程なくしてワグナーさんが戻ってくる。引き連れてきたのは真っ白なスレイプニルだ───おい、ちょっとまて。馬車につないでいる黄ばんだ毛並みの奴の目がハートマークになっとる。興奮しているのか鼻息が荒い。


「やはりこうなりましたか……」


 はぁ、とワグナーさんは深い溜息を付いた。


「なんだよ、メスしかいなかったのかよ」

「ええ、これでは……」


 引き連れてきたメスであろうスレイプニルは、熱い視線もどこ吹く風である。


「なにかまずいんですか?」

「スレイプニルは、異性に対してアイコンタクトだけで対話を成立させるんですよ。オスとメス、どちらも興味を持たなければ問題はないのですが……。このように片方が夢中、あるいは両方が夢中になると、アイコンタクトだけに集中してしまい動かなくなってしまうのですよ」


 愛を語るだけの駄馬になるってのかよ……。しょうもねぇなぁ。


「お互いが気に入ったらそのまま腰砕けになるまでしっぽりになるな」

「そうならないことに賭けて購入したのですが、賭けに負けたようです」


 つまりどーすりゃいいんだこれ?引くのは1頭のままってことか?

 と考えていると、宿からミートボール君が出てきた。


「ワグナー、おかえり……あー、だめだったんだ」


 状況を見て即座に理解したようだ。賭けを提案したのは多分彼だろう。


 「……ん?」


 蹄の音が遠くからこっちに近づいてきている。ぐるりと周囲を見渡すと、俺達がこれから向かおうとしている出口側から僅かに立ち上る砂煙とともに聞こえてくる。砂煙を上げているのは白いスレイプニルにまたがった、黒のフードとローブをまとった何か。いや、低めの背とわずかに見える華奢な体から女だと想像できる。


「若様!若様!!」

「その声、リレーラかい!?」


 ああ、顔見知りなのね。


「はい、リレーラです!やっと見つけました!」


 こちらの前で馬を止め、さっと降り……ん?熱い視線を感じて振り返ると、馬車の駄馬が颯爽と現れた白いスレイプニルに目が釘付け……早い話、また発情してる。下半身が滾りすぎだろお前。節操無しは嫌われるぞ?

 呆れと侮蔑の視線を駄馬に送っていると、視界の隅でリレーラと呼ばれた女がフードを取った。


「おぉぅ」


 しばし言葉を失った。真っ白なウサギのような長い耳。同色の長い艶のある髪。

肌は白く透き通っていて、青空を思わせる綺麗な瞳。これはギャルゲーならメインヒロイン級だ。


「ちょっといろいろあって、戻るのはまだ───

「そんなことより、すぐにこれに目を通してくださいぃ!!」


 ミートボール君の言葉を遮り、ばっと、懐から丸く収められたものを取り出す。赤い蝋で封がされており、蝋に紋がある。手紙のようだが……。


「この紋、まさか!!」


 ミートボールくんの顔が険しくなる。その場で封を破り、手紙に目を通し始め……固まってしまった。文字通り微動だにしない。

 5分ほど経つと、くるくると手紙を丸めて顔を上げた。顔つきが明らかに変わっている。


「マイルズ、馬を頼む。ワグナー、リレーラ、馬車の中へ」

「はっ」

「はいっ」

「ナナクサさんも、お願いします」


 どーやら、厄介なことになっているらしい。そんな気配が、肌をヤスリで撫でるかのようにびりびりと感じる。


「ジーク、グレン、馬車周辺の警戒を頼む。怪しい奴がいても、無視しろ。いいな?」

「ムシシテイイノカ?」

「ああ、今はな」

「ワカッタ」

「グレン、ありえないとは思うが、その怪しい奴がこちらに危害を加えようとしたなら──迷わず殺せ」

「承知」


 これでいいだろう。あえて馬車内に、ということは、機密にしたい情報だということだ。その状況でこちらを必要以上に伺うものがいるとすれば、害意あるものと判断できる。ゴブリンであるジークと、紅い鱗のグレンがいる以上、注目されるにはされるが、通りすがりにビクッと反応される程度だ。


「マイルズさん、少しの間彼らとお願いします」

「ああ、心強くで安心するぜ」


 そうして馬車に乗り込んだ。碌でもないことになりそうだという予感を胸に抱き……。

毎度、お読みいただきありがとうございます。


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