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ジークのパンツ誘拐事件

Q.記念すべき100発目でなんでこんな話を書いてしまったのか、誰か教えてくれ……。

A.知らんがな。

 それはリレーラ、ルチアナ、リムリスがうちに住み始めてからしばらく経ってのこと。


 ホワイトシュガーの定休日を控えた、一般世間における休日の夜、部屋でまったりユーディに膝枕をしていると、深刻な面持ちでジークが部屋を訪ねてきた。


 ジークが持ち込んだ相談事は、奇妙なものだった。


「は?……ちょっとまて、俺の聞き間違いか?ユーディ、なんて聞こえた?」

「パンツ足りない、って」

「間違いなく足りなイ」


 足りないってお前なぁ……どこに自分のパンツなくすアホがおるねん。


「毎日ちゃんと洗濯カゴに放り込んでいるよな?」

「あア」


 毎週の定休日に、脱衣所はきっちり掃除している。浴室に隣接している為に特に湿気にさらされる脱衣所は、念入りに、食中毒防止目的で生卵にかける[ビリオンズキール]を使ってまで滅菌している。


「そもそも、いつからなくなっていたんだ?」

「わからなイ。タンスを整理したら足りなかっタ」

「きちんと整頓しろって……」


 混沌としたタンスの中が目に浮かぶようだ。


「ナナクサが履いていたりハ?」

「ねぇよ。サイズは同じだが、間違い防止に色の系統が違うだろ?履く前に気づくわ」


 俺とジークのパンツは同じトランクスタイプだ。ゴムとかないから紐で締めるようになっていて、俺のがダークブルーとブラック、ジークがダークグリーンをそれぞれ複数枚、色の系統を分けて使っている。


 ちなみにグレンはアラストルの骨粉を混ぜ込んだ耐火性能抜群のフンドシだ。あれ以上に頑丈なフンドシを俺は知らない。並みの衣服では体温に耐え切れず直ぐに傷んでしまうからだ。


「ユーディ、ジークのパンツが洗濯に出ていなかった日は?」


 こうなると、現在の洗濯担当であるユーディに聞いたほうがいいだろう。たまに付けさせないユーディ以外の皆の、毎日洗濯するパンツが欠けていた日があれば、記憶に残るだろうし。


「ちょっと待って、思い出す……。ん…………たしか、1週間くらい前?あったと思う」


 つまり、消えたのはその時か。……1週間も気づかんかったのかい。


「ん、付いたらいけないものとか付いたと思って、特に触れなかったんだけど……」


 優しさが裏目に出たか……。


「いけない物って何ダ?」

「お前、ほんと良くも悪くも純粋だよな……」

「???」


 そうなると……ちょっと考えたくないケースになるな。洗濯前に盗まれたということになる。


 甘いイケメンフェイスに対して中身が純真無垢であるジークの非公式ファンクラブの人数は、噂では今3桁に近いらしい。

 そんなジークのおパンツ……どれだけの値になるのか。しかも洗濯前……いろんな意味で恐ろしい。少なくとも、カネの在り処を探すよりは容易に入手できる金目のものだろう。


 考えたくないパターンは、内部犯、か。…………いや、まさかなぁ。でもなぁ…………。


「ナナクサ、どうしタ?」

「ナナにぃ?」

「あー……とりあえず俺の方でも探してみるから、もう寝とけ。明日演習だろ?」

「だけどナ……」


 明日は精鋭兵団をグレン陣営とジーク陣営に分けた演習が行われることになっている。

 最近はもっぱら集団戦を想定した訓練が多い。個人技量は俺らのスパルタによって一定水準に達した為、そしてアラストルの最後っ屁で繰り出してきた、なんか変なスケルトン戦のように、多対多において被害を極力少なくするためだ。


「指揮を出すやつが寝不足で負けましたサーセンなんて、指示を受けて動く奴らに顔向けできないだろう?」


 しかも原因が、なくなったパンツを探していて眠れなかった、なんて残念すぎる。


「……わかっタ。パンツのこト、任せル」

「ああ、任せておけっ」


 これがパンツじゃなけりゃなぁ……。いくら「任せておけっ」ってキめても、まるで締まらん。




 そんなわけで、膝枕タイムを中断し、ジークのパンツ探しが始まった。捜査は足から、ということで、まずは犯行現場である脱衣所へと向かう事に。


「今探しても見つかる、の?」

「……あんまり考えたくないパターンが、実は一番濃厚なんだよなぁ」

「んぅ?」

「念のため、脱衣かごをひっくり返して確認しておこうか」


 もう1枚パンツがなくなってたなんて、洒落にならんし。

 ホイホイと脱衣カゴをその場にひっくりかえして中身をぶちまけた。

 ……まあ、それほど入っているわけではない。


 今日一番風呂のグレンの特注フンドシ・特注スラックス。2つ合わせて最終装備(ラストアーマー)と呼んだり呼ばなかったり。体温高いもんだからこの冬場でも上半身裸で全く問題ないんだと。それとジークのパンツ、スラックス、シャツ、上着。

 俺はまだ風呂に入っていないし、リムリスは無理やり女風呂行きに決定してしまった為ここにはない。自ら女性陣と一緒に入ろうとはしていないので目を瞑っている。まだまだ子供だしな。……フィエルザが乱入することは多々あるようだ。南無。


「……?あれ?」


 ユーディが何かに気づいたようだ。くんくんと、可愛らしく鼻を鳴らしている。


「どうした?何か匂うのか?」

「ん、微かに姉の匂いがする」


 なぜ?こっちはユーディ以外の女人禁制だぞ?


 「……まさか!!」


 ぶちまけられたジークのパンツを手に取り、手で仰いで匂いを確かめる。何が悲しくて義兄弟のパンツの匂いを嗅がなければならないのか。傍から見れば「きが くるっとる」と、間違いなく言われるであろう頭がおかしい変態的ワンシーンだ。しかし、対価とても十分な情報が得られた。


「……おかしい。ジークの体臭とは明らかに違う匂いがする」

「なんでわかるの……」

「あいつが今の姿になる前に肩車したり、狭い馬車の中でギュウギュウ詰めになったり色々あったからな……覚えちまったんだよ。風呂に入れないどころか、体を拭く余裕すらない場所だったからなー……」


 体臭は当人の食生活でも変化する。肉ばかり食べていると臭いがきつくなるが、野菜や果物も食べるようにすると、それほどきつくはならない。バランスの良い食生活が、健康な肉体を作るのだ。まあ、それでも個人個人の根本的な臭いまでは変わらない。。 

 懐かしいなぁ。思えば随分遠い所まで来たもんだ。まさか野郎のパンツを懸命に探すことになるとは、当時の俺もジークもグレンも……いや、神ですら思わなかっただろう、ほんと。

 ……いかん、脱線した。修正修せ……ん?


「パンツになにか引っかかって……これは……」


 引っかかっていたそれをつまんで、目の前にぶらりと垂らす。

 ……なんてこった、すべてが1本の糸につながった。1事件30分のスピード解決どころか、捜査開始からものの5分足らずで犯人が分かってしまった。コ○ンもびっくりだ。


「ナナにぃ、これって……」

「ああ、パンツは1週間前に盗まれた。そしてそれから、恐らく毎晩(・・)盗まれていたんだ」


 まあ、毎晩かどうかは憶測だが、この証拠が絡まっていたということは、最低でも2度盗まれていることを示す。詳細は犯人に吐かせる方が手っ取り早いだろう。




 と、いうわけで、我々は容疑者の部屋の前にやってきた。

 この屋敷の個々の部屋は防音がそこそこしっかりと施されており、ドアが閉まっていれば中の音は大きくなければ聞こえることはない。ドアに耳を付けたりされれば別だが。


「ん、ノック、するよ?」

「不要だ。家主権限発動!強制捜査だ!」


 ドアの前のユーディを下がらせ、一歩前に出てドアノブに静かに鍵を挿入。音を出さないよう、慎重に……ゆっくりと回して────。


「そいやっ!!」


 カチリと開く音とほぼ同時に、ノブを一瞬で回して押し開いた。




「「………え?」」


 

 

 俺もユーディも、揃って頭がフリーズした。目の前に、頭にすっぽりジークのパンツをかぶったパンツマン───いや、パンツウーマンがいたのだ。


「スゥゥゥ……ハァァァァー……スゥゥゥ……」


 長すぎる白い髪は収まりきらずにはみ出し、本来両足を通すべきパンツの穴からは、長くもふっとした白い耳が出てきている。


「ハフー……ハフウウウ……!」

「「うわぁお」」


 人一倍の聴覚を持っていながら、押し入った俺らに全く気づいていない。


「スゥゥ、ぺろっ……」


 かなり深くトリップしているようだ。……あるいは、気づいていないふりか?いや、ペロって……舐めたんかい!

 甘かった。精々鼻にあてて吸い込んでいる程度だと思っていた。まさか被るって舐める程だとは……。


「……ナナにぃ、どうリアクションしたらいいの?」

「俺が聞きたいわ……」


 毎夜SMプレイで愛し合い、日常でハーネスを下着替わりにつけさせたりとか、他もろもろとても人様に言えないようなアブノーマルなプレイをしている俺達が、この状況を前にして「この変態め!」と言えるはずもない。所謂、おまいう、というやつだ。


「ハーーー……ハーーー……」


 あ、やばい、犯人の手が股間部に……。


「はいそこまで」


 むんずとかぶっていたパンツを力ずくで引き剥がし、ご対面。見事なアヘ顔ヘブン状態のリレーラだった。


「はへ?」


 ……やっぱり、残念美人、だめっこ動物だな、うん。


「……え、えっと……」

「ネタは全部上がってんだ。逃げようなんて思うなよ?」

「あう……」




 犯人はリレーラだった。

 1週間前、ジークが入浴中に脱衣カゴからパンツを抜き取り、堪能し、翌日以降も繰り返し脱衣カゴから抜き取り、代わりに堪能済みのパンツを戻していた。

 その為脱衣所とパンツにリレーラの臭いが残る&パンツに特徴的な髪の毛が付着するという決定的証拠を残してしまったのだ。

 現在リレーラは床に直で正座させている。


「なにか弁明はございますかな、お義姉さん?」

「何も、何もございませぇん……!」


 相当にしんどそうだ。以前もルチアナ・リムリスにやらせたが、正座する習慣がないと、それはもはや拷問に等しい。


「姉、理由、聞いてもいい?」

「その、最初は間違って入って、すぐ出なくちゃって思ったんだけど、ね。洗濯カゴに……みつけちゃって……」


 で、魔が差して持ってきちゃったわけだ。


「最初は鼻にあててかぐだけだったんだけど、……かぶったら、どうなるかなって、思ったら……」


 我慢できなくてかぶってしまったわけか。

 お前、あれだよ?ファンクラブの女性陣に発覚したらマジモンの私刑だよ?変態性よりもむしろ俺はその勇気を賞賛する。いや、無謀とも取れるか……。


「姉は甘い。そこでパンツを取るのが甘い」


 いや、ユーディ、お前何言ってんの?


「そこは脱いだ上着を取るべき。……羽織るとね、後ろから抱きしめられてるみたいで、すごく、いい、よ?これから寒くなる、から……割と自然。なにより、変態って思われない……!堂々と、できる!!」

「な、なるほど!!」

「それ本人の前で言うんかい。……しょうがないなぁ」


 ユーディの背後に回って、両腕を回してぎゅっと抱きしめる。腕の中でへにゃっと力が抜けていく感がした。


「にゅふ……。そして、目を閉じて想像してみて。耳元で、おいで、って言われるの」

「…………はううあああああああああ!!!」


 突然、リレーラは頭を抱えたまま上半身をクネクネ激しく揺らした。まるで音に合わせて踊りだす花の玩具を超エキサイティングな3Dアクション改造したような動きだ。短く言えばキモい。

 うん、壊れた。本格的に壊れたわこれ。


「っていうか、耳元でおいでって言ってる時点でもう近くにいるやんけ」

「それは言っちゃダメ」


 突っ込むのは野暮だってか?そうか……。


「とりあえず……」


 こつんと、ユーディの頭の上に顎を乗せて続ける。


「ぶっちゃけね、俺の見解としては双方合意ならナニやっても問題ないと思ってるわけよ。それがどんな変態行為でもな。んだけどさ、今回の場合明らかにちゃうやん?」

「うぅう……毎日毎日同じ家で、顔合わせて、他愛もない話をして……抑えられなくなっちゃって……。好きすぎておかしくなっちゃうのよぅ!!私を好きにならなかったらって思うと、不安で不安でしょうがいないのよぅ!!」


 あー……行き場のない想いと不安が暴走したってこと……か。

 まあ、気持ちはわからんでもない。俺も初恋の時はそんなもんだった。パンツ盗んで被るまでには至らなかったがね。


 ……どうしたもんか。慣れさせる為という提案をした俺にも非はあって、一緒に住むという根本の提案をしたユーディにも非があるわけで……。少なくともこの中に完全無罪の者はいない。


「ん、とりあえずパンツは外の植え込みに落ちてたことにして……」


 それが無難か。

 ユーディのちょっとした記憶違いだったことにすれば整合性は取れる。真実を言ったところで、誰にも旨みがないし。

 ……あいつに嘘をつくのは、だいぶ後ろめたいが。うん、墓まで持っていく案件だな。


「姉、とりあえず、自然な程度で気遣いすればいいと思う。あからさまになりすぎないように。あくまで自然に。それで、意識を自分に誘導させれば……」


 け、計算高い事を……。……まあ、現状リレーラから表立って積極的に動くことはできないしな。ファンクラブの女性陣がそれを黙って認めるとは到底思えない。双方衝突する事態に発展するであろうことは想像するに容易い。恋敵同士なのだから。

 あくまでジークが選んだ、となれば彼女らもそれを飲むしかないだろう。……同居に関しても、こちらから話を持ちかけたからセーフだったわけで。


「なんだか前と逆ねぇ」

「んぅ?」

「ほら、一緒にお風呂入ったあの時……」

「……あ、う……。そんなことも、あった……かも」


 何のこっちゃ?……ま、とりあえずは解決か。

 ……ただ、一応家周りにトラップは張っておいたほうが良さそうだな。留守中に侵入されたらどうにもならんし。

 ケセラあたりに置物に擬態できる何かないか、当たってみるか。庭にあってもごく自然な、不審者に対して可動するセ○ムの変わりを。明日休みだしちょうどいいだろう。


「ところで、その……ユーディとナナクサは、どれくらい……してるの?」

「「何が?」」

「その……やってること……」


 聞くんかい。……まあ、俺たちがあれ見て引かないとなりゃあ、どんなもんだと興味を抱くのはわからんでもないが。


「ん、耳かして」


 ユーディの言葉通りに、リレーラが耳を寄せてくる。が、体勢的にぜんぶまるっと聞こえるとか言わないほうがいいのだろうか?


「その、ね、ナナにぃの咥えて喉に……出されたり……。足開いたまま…………。おしりに…………。……出すとこ見られたり……」


 と、延々俺らがしている内容を包み隠さずボカさずささやき続けて……。


「……きゅう」


 バタンと、ついにリレーラは卒倒してしまった。


「んぅ?そんなに刺激、つよかった?」

「誰が聴いても劇薬だろ……」

「そう、かな?」


 少なくとも、ついぞ数ヶ月前まで子供のつくりかたを知らなかった奴にぶちまける内容じゃあないと思う。




 こうして、パンツ誘拐事件は一応の解決となった。


 その後、定休日にケセラと意見交換を交わし、自宅警備を目的にした試作型ガーゴイルゴーレムを外に2体、エントランスホールに2体配置した。


 その結果、1週間で11人の不法侵入者を捕縛。

 捕縛したのは全て表のガーゴイルの仕事で、内部には侵入されなかった模様。

 全員ジークの非公式ファンクラブに所属しており、住民の安全が損なわれる、と、シルヴィさんへと直接陳情。数日後、ファンクラブは公的権力によって強制的に解散させられた。

 ファンクラブの全員が同類とは言わないが、集団であり、とりまとめる者がいるならば、同胞の暴走を抑止するのは当たり前のことだ。それすらできない制御不能に陥った組織、それも互が恋敵ならば、危険集団としか言いようがない。

 あー、女って怖い……。何年かぶりにそう思う事件だった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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