元旦アパート、深夜の密室殺人事件
はて、ここはどこだ?
目の前が真っ暗だ。まぶたは閉じているわけではない。開いているはずだ。
……なんだこれ?上を向いても下を向いても……うむ、真っ暗で何も見えない。
「やぁ」
突然、ぼんやりと音もなく、幽霊のようにゆらりと、眼前におっさんが現れた。
年は30過ぎだろうか。黒髪の若干ウェーブがかかったロンゲが特徴的で、全身からくたびれ感が滲み出ている。ダメージジーンズと奇妙なプリントシャツの組み合わせが余計に独身中年特有の哀愁を醸し出している。っていうか、シャツの文字、毛筆でデカデカと平仮名で「はれるや」ってなんやねん!
「ふふ、うらやましいかい?これ、友達にもらったんだ」
全然うらやましくないわ。どんなセンスだよ。しかも平仮名なあたりがわけわからん。あと心読むな。……まあ、いいわ。んで、ここはどこ?アンタダレ?
「まず、私は君たちの認識で言うところの神だ。厳密には少し違うんだけれどもね。で、君は死んだ。その瞬間のことを覚えてないかい?」
神ねぇ。まあそこは一旦置いておいて、言われて少し回想してみる。一番新しい記憶……えーと……なんだっけなー……たしか……。
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・・
・・・
「年越した!あけおめ!!…………はぁ、また新しい代わり映えのない一年が始まるのか」
時刻はてっぺんを超え、新年を迎えた。コタツで一人年越しそばを食って、面白くもないテレビを見ながらのんびりだらだら。
初詣?寒いからパスだパス、行かねぇよ。一緒に行くような友人も近場にいないし、恋人もいない。ボッチで悪いかこのヤロウ。年賀状だって弟から届くくらいで片手で数えられる。
寂しくなんか……くっ、流石に寂しいわ。1人暮らしを始めて早10年ちょい、彼女イナイ歴は辛うじて=年齢ではないが、彼女有りの幸福と優越感を身を持って知っている分、独り身の現状が輪をかけて辛い。それでも元カノと関係を続けるよりはましだったが……。
最初は特に寂しいとは思わなかった。あくまで最初は。日常における会話の機会が仕事現場だけになり、1年できつくなってきた。たまにアパートの管理人のおばさんと会話する機会はあるが、本当にたまにである。具体的には月々の家賃を払うタイミングだ。
それも数年で慣れたが、全く問題ないというわけではない。精神的にやはりクる。無駄に独り言が多くなる程度には精神的にキてる。よろしくない状況だという自覚もきちんとあるが、労力を対価に改善しようという気も起きない。
「まあ、しょうがない。せっかくの正月だ。餅食うか、餅。一年で一番餅がうまい日なんだ、今食わずにしていつ食うというのだ?さぁて、醤油とのりと……」
コンロで焼いてー
ふっくらして焦げが少しついたところで海苔を巻いてー
つかんで醬油をちょんちょんと着けてー
「いただきます!……ウッ!!!?」
・・・
・・
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オーケー、思い出した。俺は日本のソウルフードであり高齢者キラーの餅に殺されたんだ。
ふっくら膨らんで焦げ目が付いた餅に海苔を巻いて、醤油をつけてかじりつき、醤油と餅と海苔の、三位一体の調和を堪能した結果が窒息死だ。笑えたもんじゃない。
ただ、それにしては喉に言いようもない違和感があった気がする。餅以外の、なにか言い知れぬ物の違和感が。こう、何か固いでっかい錠剤のような固形物が引っかかっていた感が……。
「昔お茶の間で話題になった奇跡の生還者も、終わる時は呆気ないよね……人間だもの」
うっさいだまれ。
久々に耳にした言葉だ。奇跡の生還者、10年以上前、自分探しの旅(笑)から帰ってきた時に世間が俺につけたあだ名みたいなものだ。なにせ……。
「行きの飛行機が墜落、奇跡的に生存。病院から出てすぐにテロに巻き込まれて、そのまま人違いで拉致されて欧州から連れ出され、利用価値がないと判断されて見せしめの処刑前の夜に奇跡的に脱出。道中、軍の空爆に巻き込まれ重傷を負うも生存。爆風と飛び散る破片で左目の視力は大幅に落ち、左耳も聴力の大半を喪失。おまけに体の至る所に銃創古傷が残っているせいでカタギに見られず、スーパー銭湯お断り。うん、まともに考えるなら10回は死んでいるね」
説明どうも。あと体験記のご購入ありがとうございます。
自分の事ながら改めて聞くとフザケた話だ。人生最大の不幸と言っても過言ではない。出発前にやたら嫌な予感がしたが……やはりやめておくべきだったと悔やんでも悔やみきれない。後悔先に立たずとはこの事だ。
「そうだ旅に出よう」と思い立ち、ダー○の旅っぽく世界地図にダーツをぶん投げたその結果があのざまだ。生還した俺を最初の頃こそメディアは持ち上げたが、人の噂も七十五日というやつで、しばらくすると俺の存在は忘れ去られた。体験記が世に出たのはその頃だ。
生き残れたのは幸運だが、その後の人生に何か幸運があっただろうかと思い返すも、これといっていいことは……弟が結婚できたくらいか。あいつの晴れ姿を見られただけ上等だったな。
……あれ?
そういえば俺の視線の先にあるはずの腕がない。いや、腕どころか何もない。下を向けば下半身は普通見えるものだ。だが何もない。自分の体を目視確認できないのだ。
それだけじゃなく、空気の温度も湿気も感じない。なんの匂いもしない。触覚、嗅覚が失われている?まるで自分が置物か何かになったような感じだ。……もしかして、これは所謂、魂だけの状態?
「察しがいいね。そうだよ、その通り」
さらっと肯定しやがった。……まあ、そうだな、そろそろ現実を受け入れるべきだな、うん。あと心読むな。
……いや、そうじゃないな、俺が思ったことがダダ漏れになっているだけだな。
で、あんた何者だ?神だと自称しちゃいるが、日本には八百万の神々が居る。流石にその全てを知っているわけじゃあない。
「日本の神じゃないよ。いや、信仰心ある日本人はいるけどね」
……まさかこのロンゲ。キリ…………あれ、茨の冠とかどこいったん?
「いろいろあるんだよ、いろいろ!……ストレスで枯れちゃったんだよ、ほっといてくれ」
ご、ご愁傷様です。……と、いうか、なんかおかしくね?俺ただの貧弱一般人だよ?人間国宝でもないし一流の職人でもないし、中途半端な知識と経験と技術と殺人技術と……死んだからもうないが、そこそこ鍛えた体しかない料理とお菓子作りが趣味の一般人だよ?なんでロンゲ様自らお出迎えなの?
「十分属性過多だよね?……まあ、これには深いわけがあってね……」
とか言ってたらおもむろに紙芝居を取り出したよ!?神なだけに神芝居ってか、HAHAHA。……今のは無いな、うん、無いわ。
「むかしむかし、というほどじゃないけど、一人の天使がいました」
いや、勝手に始めんなよ!黙って俺が見ること前提で用意したのかよ!!どう見ても手作りですお疲れ様っす!!ああもう、大人しく観りゃあいいんだろ!!
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・・
・・・
彼はプッ○ンプリンが大好物で、1日1個は食べないと気がすまないほどのプリンジャンキーでした。
ある日、今日もおやつだプリンを食べよう、とウキウキ気分で冷蔵庫に向かいました。
ところが、冷蔵庫の中身は空っぽ。彼は立ち尽くしました。なぜなら、彼は常時プリンを買い足し、常に7個のストックがあるようにしていたのです。
立ち尽くす彼に声をかけたのは、彼の上司でした。
「わりぃ、うまそうだからもらったわ」
「7個全部?」
「徹夜だったもんでつい、な」
「ザッケンナコラー!!!ッゾコラー!!!」
年の暮れに夜勤に割り当てられた怒りは凄まじく、キレた彼の左ストレートは上司の頬に当たり、奥歯が1本吹っ飛んでしまいました。
吹っ飛んだ奥歯は彼の怒りのパワーによってひょいと次元を超えてしまい……、今まさに、餅を飲み込もうとしたとある青年と中年の間くらいの男の喉にテレポート───
「いただきます……!ウッ!!!?」
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もういい、わかった。つまり、俺の死はてめーらの落ち度ってわけか。
「その通り……申し訳ない……」
あの喉の違和感はそういうことだったか。
はっ、偉大なる神の下僕たる天使が窃盗ですか。随分と天使というのは俗物のようですな。ご立派な教育ですねぇ?業務内容に窃盗を教え込むなんて、とてもすばらしい職場なんですね?
オラ、俺の心の中分かってんだろ?ブチギレている俺にとって、神とか悪魔とか関係ない。ただ、敵だという認識だ。滅ぼすべき存在だ。信仰を受けるに値しない汚物だ!
「うう……反論したいけれども反論できない。君ほんと敵には容赦しないね……言葉の毒が痛いよ」
当たり前だ、今の俺に出せるのは言葉の毒だけ。殺されておいて加減するワケがない。で、その腐れ2匹はどうした?トップの監督不行だ。始末したんだろ?
「もちろん問題の二人は」
2匹だ。人のモンとっちゃあいかんなんて、小学生でもわかる当たり前のことだ。自分の命がかかってたんなら酌量の余地はあるが、我欲だけで窃盗に及んだんなら畜生に等しい。
「どちらも地獄に追放したよ。多分今頃ルシフェルとか鬼達にいびらえてるんじゃないかな。焼きプリン派だし、彼」
悪魔は焼いている方が好きなのだろうか?っていうか、派閥があるのかよ。あの世のプリンへの執着すげぇな。……何か引っかかるが、まあ、いいか。
それで、俺はどうなるん?とりあえず天国か地獄か、どっちなのかはっきりさせておきたい。心の準備ってものがある。多分地獄だろうが、それならそれで好都合。やらかした2匹に俺自らが相応の報いを……。
「そこなんだよ。天使の不祥事に巻き添えっていう形で殺されたなんて、前代未聞の不祥事なんだ。君だって納得できないよね?」
当たり前だ。納得できる人間がいるならそりゃ人間じゃない、聖人だ。いや、どこぞの聖人でも助走つけてぶん殴るレベルだと思うがね。
「かと言って、もう元の体は腐敗が進んじゃってるから、生き返らせるのは地球の理の都合で無理なんだよ。リアルバイオハザードになっちゃうでしょ?新しい邪教とかできちゃいそうでしょ?あと某国とか某国とかいろんなとこから目をつけられるでしょ?」
ちょっ、腐敗って……俺の死体どうなってんのよ?まさか、死体遺棄状態!?
「言いにくいけど……死後一週間の腐乱死体。現在腐敗続行中……」
誰にも発見されずに、冬場の中途半端な温度で一週間放置ですか。あーやべぇ、弟夫婦に大迷惑かけるルートじゃんかよ……。
どっちが先に死んでも、お互い迷惑をできるだけかけないようにしようって約束してたんだが。弟よ、超すまん。あと大家さんもごめんなさい。
こんなことならもっと近所付き合いして、上辺だけの友人でもいいから作るべきだった。そうしてりゃあ少なくとももっと早くに発見されただろう……たぶん。正月だったし。
「あー……うん、それで続き、いいかな?」
ん、ああ、すまん。続けておくれ。死体状況聞いて少し冷静になれたわ。感謝。
「こんなんで感謝されてもなぁ。もしこのまま天国に送っても、あっちで問題起こすでしょ?地獄に送ったら地獄を制圧して攻めてきそうでしょ?」
どこのつながり眉毛の警察官だよ俺は。あんたには俺がどう見えてるのさ?
「今の君の憎悪なら、それくらいやりかねないし。輪廻転生しても根性で記憶を引き継いで、とんでもないことしそうだしさぁ」
根性論すげぇな。そこまで俺を警戒する理由がわからん。俺は、唯の貧弱一般人だぞ?鎮圧されて終わりの確率の方がよっぽど高いと思う。それでもやるけど。
「才覚ではそうなんだけどね。君、知らないと思うけど、前世は1000年続く神職の直系なんだよ?」
まじで?…………いや、だから何?それがどう関係あるというのだ?
「前世も前前世も前前前世も、神職だったんだよ」
うん、それで?
「こう、私ら神に何代も関わりすぎると、魂に……わかりやすく言えば神力が貯まっちゃうんだ。たまった神力は一定を超えると、所有者の願望を大雑把に具現化する奇跡を起こしちゃうんだよ」
そんな馬鹿な……信じられない。つまりあれか、今の俺の魂はどこぞのゲームの聖杯みたいなもんなのか!?
「あー、まあ、そうかも。大雑把だけど。鉄分補充したいって願ったら鉄塊が出てくるくらいに」
うっわぁ、大雑把すぎていらねーや。それ金持ちになりたいって願ったら、「親方、空から某国の金が!!」っていうレベルやん。
「ちょっと話がずれるけど、君は危機には敏感だよね。この土地はまずい、長居してはいけない、とか。経験から導かれるワケじゃなく、漠然とそう感じることがあるよね?」
あー、あるある。それで割と何度か助けられたよ。……え、まさかそれ、普通じゃないのか?
「普通じゃないよ!大体は気のせいだったり、経験の裏付けから来たり、身体の不調から来る精神的な不安が原因だったりするんだけど。それこそが、長年積もり積もった神力の片鱗なんだ」
まじか。今この状態にならなければ到底納得はできない理論だ。中二病とかじゃなくマジだったんだな。つまりあれか、あの時、旅行出発前に自分の感をもっと信じていれば……。
あ………わかった。つまり、このまま憎悪を募らせたまま転生させてしまうと、何かの拍子に再燃して、神々を滅ぼしたいとか、世界よ消えてなくなれとか、女だけの世界にとか、大雑把なせいで予測不可能な大規模災害を引き起こしかねないわけか。
「ピンポーン!そして私ら神々やその使徒は、人の信仰でその存在を維持できている。つまりやけくそ起こされたり、世界規模で疫病が流行したり、世界大戦が起きたりで人口が割合単位で減ると、当たり前だけどそれに比例して信仰も減ってしまうんだ。信者が死んでしまうからね。さらに、「どれだけ祈っても神は何もしない」って捉えられて、さらにさらに信仰が減って力が弱くなって……という具合の悪循環の果てに、最悪消える神もでてきちゃうんだ。稀に例外も起こるけど」
それを防ぎたい、と。ふーむ、神といえど、人間と持ちつ持たれつの関係なんだなぁ。んで、具体的解決法は?物騒な提案はゴメンだよ。
「まあ、今のところ3つ。1・君の魂を消滅させる」
物騒どころの話じゃなかった。不祥事もろとも揉み消しかよ。
「これはナシだね。神力が蓄積しすぎて、その上長い時間をかけてかなり馴染んでしまっている。消滅させるには僕以外にもパンチ君とか、各方面に手伝ってもらわないといけない。もっとも、僕含めて全員首を縦には振らないけど」
そうなったら全力で抵抗するわ。メガ○テをイメージすれば神が相手でも一矢報いることくらい出来そうだし。
「やめてよ、洒落にならないからそれ。で……2・神力を特殊能力に変換して生まれかわる。問題の神力を真っ当な方法で変換させて、君の次の精の糧にすることで多少だけれど憎悪を軽減できる。一挙両得の選択だよ」
俺はラノベの世界の脇役だったのか。死後発覚する驚きの新事実だぜ。
「主人公とは思わないんだね……」
そりゃそうだ。そこそこ引っ張るリーダーシップはあるが、最後まで引っ張れるほどじゃあない。俺はむしろサポートタイプなんでね、No.1よりNo.2なエンペラーなわけだよ。ハジキの扱いはそこまで上手くはないがね。嫌いだし。
「3・このまま神になる」
俺氏、新世界の神となる?
「ただ今のままだと、憎悪とか怒りとか負の感情が強すぎて自我が限りなく薄い邪神になってしまう」
だめじゃん!!そんなん獣以下じゃねーか!!しかもちょっと待てよ。さっきの話の、信仰で存在を維持ってところにつなげるとだ?新しい神が生まれても誰も信仰しなかったら消滅するじゃあないか!!
「そうなるね。だから僕らが「君はこれで僕らの仲間だ」と言ったところで、下界の人々に認知されようがないし」
認知されない新生神は、滅びる運命にある、か。新参者に厳しすぎだろ神の世界。そうすると、実質2しかないわけな。
「そうだね、その方向で調整しようか」
はー……わかった、わかりましたよ。とりあえず、あんたの敵認定は解除しとく。
ただでさえ弟夫婦に迷惑かける事確定してんのに、諸共殺しかねない状況を作ってしまうのは不本意極まるしな……。
神と魂、相談中……。
できる限り平穏な人生を送りたい。そのためにも危機察知の力はそのままにしたい。それに、今度はもう少し、自分の力を信じて生きてみたい。
「じゃあそれを前提にして……」
20分後──
別世界っていける?
「平行世界のことかい?」
いや、完全に違う世界。もしもの並行世界に興味がないとは言わないけどさ。
「結構神力を消費するよ?」
そのために聞いてるんだよ、阿呆。
死ぬ前と同じ世界、あるいは平行世界に、特殊能力山積みで生まれてみろ。悪魔扱いか、救世主扱いか、某国とか某国とか某国とかに拉致られて研究対象にされたりとか冗談じゃない。ゾンビとして復活するより碌でもないことになるのが目に見えてる。それならせめて超常現象がありえる別世界の方がまだマシだろう?
「成程それもそうだ」
さらに20分後──
……で、どうよ?
「どうよって、うーん。記憶継承、身体年齢を18歳で再構築、危機察知、病毒無効、全言語習得。その上で別世界へ。……まだ余ってるんだけどどうする?」
これ以上足したらガチのチートなんですが?いや、これでも十分チートだと思うけどさ、華もなく地味だけど。いや、地味な方がいい。
「しかし、このまま神力を抱えたまま転生されても……ねぇ……」
じゃあ、合成術とかおくれ。
「ロ○サガ3?」
ちゃうねん。鉄鉱石から鉄を作るには熱して溶かして……で、鉄と不純物に分けるだろ?その為に必要な工程を吹っ飛ばすわけよ。合成術というより、加工術の方があってるかもしれん。
「ゲームっぽいなぁ。ゲーム脳だねぇ」
俺もそう思う。
「錬金術って言ったほうがしっくりこない?」
ああ、それだ!それよそれ!
「人前で使わなければ、あとはいろいろ制限が有るって誤魔化せば、大丈夫じゃないかな」
うん、いいな。実際できそうか?
「んー……うん、ちょうどできるね。きっかり残量0になるよ」
よっし!これで古紙再生とか飲料水確保とかできるわ!派手ではないが、これで生活にかなりゆとりが生まれるぞ!!飲料水とか紙が貴重なのはテンプレだからな。
「けど……これ、ウランとか濃縮できるよね?」
あ…………言われてみれば確かにそうだ。自分で言っといてなんだけどヤバくね?
「まあ、仮にウランのない世界に行ったとしても、別の危険物質があるだろうから大差ないような気がする」
そういうものか。……ま、確かに、その世界にはその世界の定義する危険物がある。地球の場合、それがウランだったという話だ。
「やろうと思えば台所で原爆作れるからねぇ。だからって世界から台所を消すわけにはいかないでしょ?」
そりゃそうだ。火事の危険があるからって家庭で火を使うことを禁止しようものなら、ガスコンロはおろかライターも、拡大解釈で電気系統まで使えなくなる。漏電による火災とかなー。
「結局は扱う人次第だよ。それが割り箸であれ、ハサミであれ、クワであれ、フォークであれね」
全部人を殺せるな、使い方次第で。危険だからって何もかも禁止するならば、人間の存在すらも禁止することになる。極論、道具を際限なく発明し、自在に使う人間が地球上で最も危険なのだと思う。
「っと、いけない……少し時間をかけすぎてしまったみたいだ」
お、なにかまずい?
「ここ、さ。魂が長時間居座り続けると、徐々に分解されるんだよね。君の場合、神力があるおかげで分解されないけど、もしかしたら、自分の名前を思い出せないかも」
あ、そんなもん?……ああ、大丈夫だ、覚えとるよ。田中正人。まあ、この名前はここに捨てていくよ。地球の田中正人は既に死んだ。……特に未練のある名前でもないし、どちらかと言えば嫌いな名前だしな。
「それでいいなら僕は何も言わないよ。さて、それじゃあこの条件で体を再構築するよ。これでこの件は手打ちでいいよね?」
ああ、何もなければ手打ちでOKだ。ところで、別の世界にも神はいるんだよな?
「うん?まあ、そうだね」
俺って、そっちの世界にとっては異物だろう?話は通してあるのか?
「…………ごめん、ちょっと行ってくる」
2時間後──
「た、ただいま。受け入れ先、なんとか見つけてきた……」
おせぇよ。おこだよ、おこ。
「しょーがないでしょ!この条件で受け入れできる世界を探すの、大変だったんだよ!!むしろ見つかったんだから褒めてよ!!」
見つからなかったら今までの話し合いが無意味になるだろうが!!神なら話し合いしながら根回しくらいしとけ!!というか、時間かけすぎたとか言ってそれ以上の時間をかけるな!!
「……とりあえず、送り込む世界について教えるよ。世界そのものに名前はない。文明レベルは中世程度。ただし魔法有り。小国、大国が乱立し、紛争状態、内戦状態の国もあれば、比較的穏やかな国々もある。ファンタジーにありがちな魔物とかはいない。……こんなところかな」
できれば平和な土地に飛ばして欲しいんだが。目覚めたら紛争地帯とかやだよ?
「もちろんそうするつもりだよ。さて、心の準備はいいかい?」
おk。
そう思った瞬間、ぐんにょりと目の前の神が歪む。俺の意識も歪み、溶けて思考が停止する。やがて意識はぷつりと途絶えた。
*
「っと、いけない、連絡しないと」
ロンゲはポケットからスマホを取り出した。久しぶりに増えた連絡先に、内心ウキウキしていたりするのは内緒の話だ。
「あ、もしもし、私だよ私、詐欺じゃないってば。うん、今送り出したところだよ」
『え?例の魂でしょ?こっち来てないんだけど?』
「え?」
『え?』
ロンゲ、焦るっ!!脳裏によぎるのは失敗の2文字っ!!
「え、ちょっとまって!?私ってば彼どこに送っちゃったの!?」
ロンゲの苦労は、しばらく続くようだ……。
お読みいただきありがとうございます。
俺の貴重な時間を返せとか言われないようにやっていこうと思います。




