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【ショートショート】世界の中で、ただ1人

その年はこれまでとは比べ物にならないほどの大雨が、何ヶ月も続いていた。多くの人々は都会(まち)の高いビルの上層部に集まって逃げた。山の中にいると土砂崩れで生き埋めに、平野にいると川の氾濫で溺れる可能性が強いからだ。

森の木々達は雨であれば普段なら、さわわさわわと喜び手を打ち鳴らす。けれども、この雨ではいつか足元をすくわれて崩れ倒されるのではないか、と不安に感じて悲鳴を上げながらお互いの生存を確認しあっていた。ざぁぁぁと滝のような音がその建物一帯に響き渡る。しかし、その建物の中はそれを感じさせない静けさだった。頑丈な扉は中での静かな儀式を、雨の音で妨げないことを目的に作られているからだ。

そしてその檻の中で、少女が1人で祈りを続けていた。「この先も、空を飛べますように」と。それは、幼い少女の大人に対する精一杯の恐怖、叫び声、生きたいという本能の主張であった。しかし少女の祈りにも関わらず、この大地を海に沈めそうな雨は、止む気配を見せなかった。



それは少し前のこと。住宅地の中にある、とある神殿から少女が出てきたのは、陽射しが眠気を誘う午後の時間だった。そしてそのすぐ外で、少女はあまり会いたくないかつての仲間と偶然出会った。

「あれ久しぶり、何か1年会ってないだけなのにずいぶん長く会っていないような気がする」「あー分かる、世界ってあたしが知らない間に意外と変わってるよなうん」

「そ、そうだね」少女は戸惑っていた。新興宗教に入信する前の友達であった2人とどう接すればいいのか、そして以前よりもかなり変わってしまった(実際には少女自身も変わっているのだけれども)旧友2人を受け入れるべきなのか。

「というかなんかつまらないよね最近」「ゲームじゃなくて実際に戦いてぇよ」「実際に戦ったら死ぬと思うけどね」「ふふふ言ったな? 世界大戦が始まったら大暴れしてやるよ。あたしはタイプだよ」「ふうん? それにしても、何か世界を滅ぼしてみたいよね1回でもいいから」「分かるそれ、爆弾でもぶっ放しまくればいけるんじゃね」「意外と大都市に水攻めとか効く気がするよね」「どうやって水攻めするんだよ」「え? ほら大雨を降らせる機械を作るとか」「気象兵器いいねそれー」思い思いに話す旧友2人に、少女はついていけなかった。少女もその旧友2人も、やろうとしていることは同じはずなのに、お互いを受け入れられなかった。

「ごめん、久しぶりに会えて嬉しいけれど忙しいから、そろそろ行くね」

「あはいはい、じゃあな」「また今度ねー」少女は旧友2人から離れた。騒がしい、と少女は思った。けれども同時に、羨ましいとも少し思った。やっていることは個人でばらばらな上に思想もばらばらだけれども、一体感がある。それぞれが孤独でも集団であることに憧れた。

少女はその2人がすごく大人びているように見えた。それに比べてちっぽけなことで悩み祈っている己自身は何なのだろう、と。



少女は、夢を見た。

少女は白く薄い、透けそうなワンピースをいつの間にか身にまとい、空を漂っていた。そう、それ自体は日常の光景。

少女は大きな空を旋回する。少女の見ていた景色の中には雲ひとつなく、無限に広がる青い空がただそこにあった。少女は幸せだった。空を駆け抜け、急降下しては海面につくかつかないかの所で飛び、そこからさらに急上昇し空を目指す。そう、たったそれだけの遊び。けれどもこの日常が、幸せだった。少女はいつかたどりつくであろう希を目指して空を泳ぐ。まだたどり着かないその世界は、きっとこの日常よりもさらに楽しい幸せで満ちあふれているのだろう、と期待に胸を抱いて。風に乗って遊びながら、希を探した。

少女はつまり。まだ幼さゆえに知らなかったのだ。知らないということは幸せなことも多い。少女はそのあふれる生命力で、希を夢見ていた。

ふと、少女は陸地を見つけた。水平線の先に、灰色に輝くものを見つけたから間違いない。

「希、だよね」少女は風に乗ってその陸地の上に立った。

「希……? 」その陸地には、灰色の四角いものが通りにいくつも並んでいた。少女はそれを見たことがある。ここは、都会(まち)だ。そしてたくさんの人がいた。

通りを歩いてみると、なかなか賑やかだった。お店にも活気があり、都会(まち)全体が明るかった。ゲームをしながら歩き一喜一憂している青年、どこともいえない場所を見つめながら笑顔で歩く男性。イヤホンで音楽か何かを聞きながら本を読みつつ歩く女性、電話で長話をして笑いながら歩く女性。みんな幸せそうだ。そう、ここが希――ホントニ?

一糸まとわぬ姿に近い少女の格好にも関わらず、誰1人としてその存在に眼を止めようとしない。まるでそこには初めから人などいなかったかのように? いや、日常を過ごしているように見せかける為に。

(本当に気づいてもらえてないのかな)

少女は立ち止まった、これだけの人の多さなら自分の後ろにも人が歩いているはずだ。もし立ち止まれば、その人から怒鳴られる。それは気づいてもらえていることの証だが――少女は衝撃を受けた。少女の後ろを歩いていた人は、微笑んで少女を避けたのだから。それは、存在を存在としか見ていないことの証だった。

少女はその街の中でただ1人自分だけが生きているような錯覚に襲われた。他の人が気づけばどんどん灰色に染まっていく。少女が立ち止まったことで少女を避ける通行人の顔は、灰色の笑いを浮かべていた。

少女はその集団の中で孤独を感じた。少女はここは希ではないと判断し、歩き出そうとした。しかし、なぜか歩けない。おかしいと思い少女が足元を見ると、アスファルトに足が埋もれていた。

少女は首を傾げた。僅か数分地面に立っていただけなのにアスファルトが溶けて足が埋もれていたなど、聞いたことがないから。少女はよくアスファルトを見た。すると、それはアスファルトではなく沼だった。

少女は慌てて飛び立とうとする。しかし足が埋もれている以上、飛び立てることが出来なかった。次第に足が埋もれていく。

「嫌、こんな所で死にたくない! 」

通行人たちが怪訝な眼で少女を見る。なにあの子頭がおかしいの、と。

少女は埋もれて初めて気づいた。これが大人になるということなのかもしれない、と。



眼を開けると共に、暖かな午後の眠気を誘う陽射しに、身体をふわりと包み込まれた。

「今のは――また夢かな」

腐敗臭のする見たくない形に果てた、浮かんできたけれども沈みそうなかつて大事なものだった浮き輪(でもこれがないと少女も沈んでしまいかねないのだ)を両手に持ちつつ、時々視界に入るむき出しのコンクリートの残骸と共に、雲ひとつなく無限に広がる青い空を見上げながら、少女は濁っているであろう穏やかな海の上を漂っていた。

そして、いつか来るであろう波の流れに任せるべく、少女は再び眼を瞑った。少女の意識は少しずつ、深い闇の底へと沈んでいくのであった。



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