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エルフのチートな放浪者(仮)  作者: コタツにアイス
9/10

濫觴編10-9:神

 ウィンディア族長連邦。

 各種族の代表が自治区を築き、その集合体を首相率いる連邦議会が統治するのがこの国の政治形態となっているらしい。

 里と違って他種族の目があるからか、建ち並んでる建物は文化的で、来る途中で見えた国内に点在する他種族の族長たちが治めてるっていう街と比べても、遜色はなかったと思う。


 そんなエルフ自治区に着いた私は、そのまま族長の住むっていう城に連行された。


 謁見の間の前にある待合室で順番を待っていると、先に謁見していたらしいエルフの男性が姿を見せた。

 男性は私に目を遣ると、手枷を見て汚いものを見るように顔を顰め、足早に去っていく。

 犯罪者と思ったんだろうし、あの反応が普通なのかもしれない。


 それでも、私の心を抉るには十分だった。


「レギナント殿! 勝手に出て行かれては困ります」

「……咎人と同席しろと言うのか? この私に」

「し、しかし、下手なことをして長老襲名を白紙にされては――」


 男性と女性が言いあっている間に準備が整ったらしく、私を挟んで立つ男性たちの動きに合わせて待合室を出て、通路を進んだ先にあった大扉を抜けて謁見の間に入った。

 先に言われていた通りに膝を折り、壇上にならんだ四つの席に座る人物たちに対して叩頭する。


「イリアスティア・ツァーベル。汝に贖罪の機会を与える」


 それが、謁見の間でかけられた初めての言葉だった。

 贖罪って言葉を聞いて咄嗟に上げた顔を押さえつけられ、何事もなかったかのように続けられた言葉を聞くしかなかった。


「その身を神に捧げよ。これは我らが大義を恒久のものとするための、命より重きお役目である」


 神に捧げる。

 その言葉を聞いて思い浮かんだのは、人身御供という言葉。


 帰れないって、そういうこと?


 力が抜けるような感覚に視線を下げた私の頭上から、さっきとは別の声が聞こえた。


「我々の前に姿を現し力を貸して下さるとはいえ、神で在らせられます。失礼の無いよう、重々気を付けなさい」


 そう言ったのは、四席のうち唯一の女性。

 口調は柔らかくて、微笑みかけるような表情を浮かべてる。


 でもその目は、人を見るものには見えなかった。


 結局その言葉の真意を確かめることもできず、改めて牢屋に入れられた。

 今度はちゃんとしたベッドとトイレもある。

 けど、そのことより私の意識は謁見の間で聞いたことにばかり向いていた。


 姿を見せた。


 その言葉が本当なら、人身御供じゃなくて、仕えろっていうことなのかもしれない。


 族長の方々の言う神が何の神なのかも聞けずじまいだったけど、少なくとも竜神様はまだこの世界に健在みたいだし、本当に神様なのかもしれない。

 現に、私は転生する前に神様みたいな力をもった光に会ったことがある。

 あの光が神様なんだとしたら、私に仕えろって言うのも分からない話じゃないと思う。


 あの光が私の状況を知って、呼び寄せたとか……。

 あるいは、もともと呼び寄せるつもりだったけど、今まで私がどこにいるかわからなかった、とか?


 ……そんな風に、とりとめのないことばかり考えていたのは、他のことを考えないようにしてたのかもしれない。


 新しい牢に入れられてからどれくらい時間が経っただろう。

 そう思って窓を見ようと顔を上げると、ちょうど近づいてくる気配があった。

 姿を見せたのは、来る時の男性たちではなく、三人の女性エルフ。


「出なさい」


 武器を持った女性たちの後について行った先は、教会の内陣のような空間が広がる部屋だった。

 すべてが純白で統一され、祭壇のような壇の上には女性の像が立ち、その両手で掲げられた甕のような器から水が吹き出していて、女性の足もとには底の浅いプールみたいに水が溜まっていた。


 円形の槽から四方向に溝が掘られていて、水が溢れないよう部屋の外に水が流れていく。


「この部屋は、人神様がその命を使い、神々の戦争で荒廃した世界を修復してくださったことを象徴化したものです」


 女性の言葉に、私は改めて部屋に目を移す。

 女性が人神で、水が命を元にした修復の力……?

 四つ流れてるのはなんだろう。

 大陸は別に四つって言うわけじゃないし……4つって言えば、すぐ思い浮かぶのは属性因子かな。

 四つの属性因子を使って世界を修復……。そう考えれば、説明はつく……かな?


 考え込んでいた私に、女性の一人が声をかける。


「これから数日間、貴女はここで禊ぎをすることになります」


 禊ぎ?

 と振り向いた私に向き直り、女性は手枷を外した。


「作法を教えますから、服を脱いでください」

「っ……!?」


 驚いて後退りしても、全く表情を変えない三人の女性による無言の圧力が容赦なくのしかかってくる。

 躊躇う私を見兼ねたのか、一人の女性が口を開いた。


「初めは恥ずかしいかも知れませんが、すぐに慣れますよ。今までの子もそうでしたから」


 今までの子……ってことは他にもいるの?

 そう思っても相変わらず声にはなってくれなくて、しばらく続いた沈黙に耐えかねて私は服を脱ぐことになった。

 結局脱ぐならさっさとしろよ。

 そう言いたげな三人の表情に泣きそうになりながら禊ぎの方法を聞いて、実践していく。


 意外に水は冷たくなくて、不思議と身体に馴染んでいく気がした。


 禊ぎが終わって水から上がると、あれよあれよという間に身体を拭かれる。

 そして手渡された服は、それまで来ていたものじゃなくて、かなり薄い生地のワンピース。


「これからはその服で過ごしてください」


 有無を言わさずそう告げられ、私の服は没収された。


 あの服はお母さんが昔着ていたものを、仕立て直してくれたもの。……唯一残った、家族との繋がり。

 だから、咄嗟に服を取り返そうとして……できなかった。


 体が、動いてくれなかった。


 声を出してくれない喉。

 思った通りに動いてくれない身体。


 悲しさや辛さの痛みを、他人事みたいに眺める心。

 重くて寒さに凍える身体を、他人事みたいに感じていて……。



 ……気が付けば、この体の全部が、自分じゃないみたいだった。





 それから数日は、同じことの繰り返し。

 一日に二度の食事と禊ぎを熟し、寝るだけ。

 さすがに私が一言も話さないことを訝しんだのか、理由を聞いてきたけど、身振り手振りで説明しても信じてくれなかった。


 呪符を剥がさせるための嘘。


 そう判断されたせいだった。


 それでも、私は大人しく従っていた。

 そうしていることが最善だって考えたからだ。


 前世でもそうだったから。

 できるだけのことをしていれば、前世みたいに……。


 そう、信じていた。



 ……違う。

 本当は、そう思いたかっただけだって、心のどこかではわかってた。


 それでも目を逸らすように過ごしていた私のもとに、いつもの三人が来た。


「出なさい」


 いつもよりちょっと早い気がする。

 そう思っても、特に警戒することもなくついて行った私は、いつも通りと服を脱いで禊ぎを始めた。


 もう、あの三人の前で脱ぐことに躊躇しなくなっちゃったな……。

 なんて、そんなことを考えながら女性像を見上げた。


 人神様……。

 あらゆる人種の祖とされるその神は、神々の戦争で滅びかけたこの世界を修復した際に命を使い果たしたため、もうこの世には存在しない。

 人神様は死んだ者の魂の道標としてあの世に留まり、次の転生を迎えるまで魂を浄化するとされてる。

 夜の空に瞬くのは転生を待つ魂であり、その輝きは宿命の大きさに他ならない……のだとか。


 その話が本当なら、あの光は人神様なのかもしれない。

 でも、光の声は男性のものだったような気がする。

 だとすると、伝承が間違ってるのか、光が人神様じゃないのか……。


 そんなことを考えながら禊ぎを終えて水から上がると、いつものように身体を拭かれ、服を着こむ。


 でも、今日はそこからが違った。

 女性の一人がいつもと違う出口に向かい、私に声をかける。


「こちらへ。神がお待ちです」


 その言葉を聞いた瞬間、どくんと心臓が跳ねた。

 いつか来るとは思っていたけど、こんなに急に言われるとは思わなかった。


 覗き見るように入ってきた方を見遣って、佇むだけの扉に目を伏せる。



 ……まだ、大丈夫。



 落胆と嫌な予感を無理矢理抑え込むように胸を押さえ、女性の後をついていく。

 扉を抜けると、暫く絨毯の敷かれた廊下が続き、女性は月当たりのドアの前で止まった。


「中に入りなさい。くれぐれも、粗相のないようにね」


 そう言って扉を開き、足を進めるように促されるまま、私は室内に入る。

 異様に広い部屋には、純白の天幕が張り巡らされ、その中央には天蓋のついた大きなベッドが一つあるだけ。

 人影もなくて、ベッドに近寄ってみると、まるで日本の寝具みたいな肌触りだった。


 近づく気配を感じて振り返ると、入ってきたのとは別のドアから男性が姿を現した。

 男性はベッドの前に立つ私に気付き、爽やかな笑顔を浮かべる。


「やぁ。初めまして」


 エルフと酷似した男性の容姿は男なのに綺麗で、でも体格は健康な男子そのものらしく、近づくと私が見上げる形になった。

 腰に簡単な布を巻いた姿でも様になってると思えてしまう男性は、


「見えないかもしれないけど、私が神だよ」


 と言った。


 この人間の形をした男性が、神。



 ――そっか。そうなんだ。



 私は身体の力が抜けてしまって、座り込みそうになった所を男性に支えられた。


「ふふ、大丈夫かい?」


 そのまま抱きかかえられるようにベッドに寝かされ、男性は微笑む。


「もう分かってると思うけど、君は私の慰み者になる」


 そう言うと、私の服の紐に手をかけゆっくりと解いていく。

 慣れているのか、シモンとは違って冷静で、どこか楽しんでいるようにも見えた。


 ……でも、そんなことは正直どうでもよかった。


 私は目の前の笑みから視線を外し、入って来た扉に目を向けた。

 時間が流れ、服が肌蹴て肌が空気に触れる感触がしても、扉に変化はない。


 更に時間が流れても、変化はない。


 こちらに向かってくる気配は……一向に訪れなかった。


 身も心も凍る様な感覚があるのに、神のまさぐる様な手が暖かいとは、一つも思えなかった。

 神の顔が迫ってくるのが見えて顔を背けると、苦笑するような息遣いが聞こえて、代わりにほんの少しだけ湿り気御帯びたものが私の肌を這いずり回るのがわかった。

 舌や手の動きに、時折びくりと身体が硬直するのを他人事みたいに感じていたけど、そこに快楽はない。


 ただただ気持ち悪いだけで、寒気はまったく消えてくれなかった。


「どうして泣くんだい?」


 そんな声が耳元から聞こえて、頬を伝うものにようやく気付いた。

 それがきっかけだったんだと思う。



 わたしは、やっと現実を受け入れた。

 自分の心を、受け入れて……偽ることをやめた。



「…………あはっ」



 迎えに来てくれるかもしれない。

 まだ助けに来てくれるかもしれない。


 ……なんて。


 前世と同じようにできることを頑張っていれば……前世みたいになれる……?


 きっとわかってくれる……? やりなおせる……?



 そんな空虚な希望に縋って、いつまでも現実を見ないで……。


 わかっていたくせに、目を背けて……、勝手に苦しんで…………。




 本当に、馬鹿だ……わたし。




「……あははっ、あはははははっ」


 また声が出てることに気付いて、それが可笑しくて余計に笑った。

 現実を受け入れたから出るようになったんだとしたら、なんて皮肉だろう。

 誰も耳を傾けてくれないって本当は気付いてたから。

 そんな理由だったら、わたしは私を軽蔑する。本当に、救えないくらい馬鹿だ。


「……なぜ笑う?」


 ほんの少し怒りを滲ませる問いかけに、私はできる限りの笑顔を浮かべた。

 でも、その顔が、本当に笑顔になった自信は無かった。

 ……そもれもこれも、すぐにどうでもよくなった。


「……なんで期待なんかしちゃったんだろ……。助けに来てくれるかも、なんて……」


 わかってたのに。


 そう続けようとしたけど、扉に向きかけていた意識を顔ごと引き戻された。

 息もかかる程の至近距離で向き合った神は、まるで私の内側を覗こうとでもする様に目を細めた。


「君の心が全く動じずにいたことが不思議だったけれど……やっとわかったよ」


 そして、その美麗な顔を笑みで歪める。

 たぶん、私を屈服させられる糸口を見つけたのがよっぽど嬉しかったのかもしれない。


「君に真実を教えてあげよう。……いくら待っても助けは来ないよ」


 わたしを捉えて離さない目が、声が、絡み付いてくるみたいな粘り気をもってるみたいだった。


「当然迎えも来ない。君は供物として選ばれたからこそ、ここに来たのだから」

「くもつ……」

「そう。君は生贄だよ」


 それって、と私が理解するよりも早く、神は言葉を続けた。

 まるで、突きつける様に。

 私が受け入れる用意を整える猶予を与えないかのように。


「君は見放されたんだ」


 私は視線を移し、里の方角を見遣る。

 ずっと怖くて見ることができなかった里の様子を……家族の様子を、見ようと思った。


 里の皆は、元気だった。

 そこかしこに笑顔があふれて、ちょっとしたことで愚痴を言い合って……。


 ……わたしがいなくなったから、皆、普通に暮らせるようになったのかもしれない。

 そんな風に思えて、悲しかった。


 ――わたしはただ、みんなを守りたかっただけなのに。


 そんな考えが過ぎって、自分の馬鹿らしさが胸に来て苦しくなる……なのに、気付けば笑みが零れた。


 お父さんは仕事をしていて、お母さんはユーリと一緒に夕食を作ってる。

 その姿は楽しそうで、なんの変哲もない、いつも通りの風景だった。

 ……わたしの場所なんか、最初からなかったみたいに。



 ――……どうして勘違いしちゃったんだろう。



 前世で上手くいったから今回も上手くいくなんて、そんな保障、だれもしてないのに。

 チートで舞い上がった罰だったのかな。



 ここは別の世界で……みんな、別の人間なのに。




 ……どうしてこうなっちゃったんだろう、なんて……。


 そんなの、現実を見てなかった私に分からなくて当然だ。




 ――――わたしが間違ってたんだから。




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