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エルフのチートな放浪者(仮)  作者: コタツにアイス
8/10

濫觴編10-8:離別

 どうしてここに?

 なんであなたが?


 色んなことを聞きたいのに、相変わらず声になってくれなくて、シモンは業を煮やしたように近づいて手枷が嵌められたままの私を担ぐ。

 その時点でようやく、彼の身体能力が魔術で底上げされてることに気づいた。

 お父さんに習ったのかな……。

 そんなことを考えているうちに走り出した彼が向かう先に、出口の光が見えた。


「っ……!?」


 止めたいのに、言葉が出ない。

 暴れれば止められるけど、そんなことをしたらシモンを怪我させてしまうかもしれない。

 結局身動ぎする程度になってしまった私の動きでは彼を止めることはできず、シモンが止まったのは、目的地……彼の部屋に着いてからだった。


 ベッドに私を降ろしたシモンは、扉に鍵をかけると崩れるように座り込んだ。


「……どうしたんだよ、ずっと黙って」


 さすがにおかしいと気付いたのか、訊ねた彼に私は喉を指差して首を振った。

 それで大体のことを察してくれたのか、シモンはノートとペンを渡してくれた。

 私は逸る気持ちを抑えて、慎重に言葉を選ぶ。


『何考えてるの?』


 そう書くと、シモンは顔を顰めた。


「……見て、わかんないか」


『わかんないよ』


 荒い息を整えながら見上げるシモンに、私は努めて冷静に続けた。

 ……嬉しかったから。

 皆が変わってしまったのに、彼だけは変わらずに接してくれるようで、……そうでもしないと、彼に縋ってしまいそうな気がした。


「なら、教えてやる」

「……?」


 シモンは立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。

 それほど広い部屋じゃないから、目前に迫ってきたシモンから逃げるように、私はベッドの上をじりじりと後退するけど、すぐに壁際に追いやられてしまった。

 シモンはベッドに片膝をつき、片手で壁に手を伸ばす。

 まるで逃げ道を塞ぐような態度に警戒心を自覚する頃には、さっきまでの浮つきかけていた心なんか、どこかに消えていた。

 それでも希望に縋り付きたいのか、拒めずにいる私に、シモンは怒っているような表情を向ける。


「……イリア。お前はこれから、族長様が集まってる、ウィンディアってとこに送られる」


『わかってる。聞いた』


「お前はわかってない!」


 間近で叫ばれ、反射的に身体がビクついてしまう。

 能力で言えば瞬殺できる相手なのに、どこか怖がってる自分を御しきれなくて、もう、自分が何をしたいのか、どうしたいのか、全然わからない。

 混乱する頭でも、自分が情けないことだけはわかって、こみ上げてくるものを堪えて余計に苦しくなる。

 そんな私には構わず、シモンは言う。


「大人たちは皆言ってる……。族長たちのところに行けば、二度と帰ってこない。お前はもうそこから出られないって……! お前、里に戻って来れなくなるんだぞ!」

「っ……!?」


 そんなの嫌だ。

 もう、お父さんやお母さん、ユーリに会えなくなるなんて。


 そう考えた直後、あの時に祠で見た光景が脳裏を過った。


 ――会えない方がいいかもしれない。


「っ!?」


 そんな考えが急に浮かんできたのを自覚して、私は自分自身を疑った。

 そんなわけない!

 私は、皆を大事にするって決めたんだ!

 私には力があるんだから、皆を守るって決めたんだ!


 さっき浮かんだ考えを振り払うように、色々なことを考えた。

 でも、どうしても消えてくれなくて……不意に感じた寒気から身を守るように、自分の体を抱きしめた。


 そして、その直後に感じる、他人の体温。


「俺は、お前と離れたくない……! 他の奴なんか、どうだっていいんだ……!」


 すぐ耳元で聞こえる声。

 私は、シモンに抱きしめられていた。

 ……、はい!?


『やめて。何考えてるの』


 押しのけ、ノートに書いた文字を突きだす。


「まだ、分かんないのか……!」


 苛ついたような声を出したシモンはノートを払い除け、私の顔にその顔を近づけてくる。

 って、はぁ!?

 十歳でここまで欲情する!?


「っ……! っ!!」


 ちょ、待って! シモン!!


「っ……イリア!」


 押しのけるように身体ごと引き剥がすと、シモンは下唇を噛みながら明らかに怒ったような表情を浮かべ、私を押し倒した。

 本当に、こいつが何を考えてるのか理解できない。

 息荒く覆い被さってきたシモンは私の服に手をかけ、まるで引き千切ろうとするかのように引っ張り……、実際に、裂ける嫌な音が耳朶に響いた。


 ほんと、やめっ……!

 友達だろ!?


「俺はっ! 俺は、ずっとお前がっ……!」

「……、っ……っ!!」


 もうケガさせるかもなんて四の五の言ってられない。

 できるだけ手加減しながら、それでもちゃんと払い除けられるように力をこめ、突き飛ばす。


 再び開いた距離で、突き飛ばされた痛みに眉を顰めながらゆっくりと立ち上がるシモンは……笑っていた。

 よく知っていたはずの人の、隠れていた一面。

 二年前の時と同じで、全身に寒気が走った。


 慌ててノートを拾い、文字を書きなぐってシモンに見せる。

 少しにじんでしまったけど、書き直す余裕は私にはなかった。


『落ち着いて? 友達でしょ?』


「……イリア、よく考えるんだ。俺が声を上げれば、それだけでお前の人生は終わる。……でも、俺に従ってさえいれば、里を出ずに済むんだ。……簡単だろ?」

「っ、……」


 にじり寄ってくるシモンの目に、表情に、今まであったはずの……感じられていたはずの温かさは、どこにもなかった。

 ……そっか。


『よくわかった』


「……なに?」


 シモンが欲しいのは、この身体。……気持ちなんか、心なんか、どうでもいいんだ。

 ……なら、もういい。

 もう……いらない。


『近づかないで』


「っ、い、いいのか!? 俺に逆らえば――!」


 聞きたくない。

 言い切る前に立ち上がり、ドアに向かう。

 でも、途中でシモンが飛び掛かってきて、また覆い被されてしまった。


 手加減しなきゃいけないから、ややこしいのに。

 もう一度力を籠めようとした時、近づいて来る気配を察知した。


「シモン!? いるの!?」


 ドア越しに聞こえた声に、シモンが硬直する。

 さらに少しすると周りが騒がしくなり、やがて扉を激しくノックする音が部屋に響いた。


「シモン! あの子が――」


 声は途中で途切れ、変わりに轟音が部屋に響く。


 それは、魔術でドアが吹き飛ばされる音だった。


 私に見えたのは、スローモーションみたいにひびが入り、歪み、砕けながら吹き飛ぶドアと、その奥で杖を構えていた守備隊と、驚愕に表情を染めていたドルテおばさんの姿。


 衝撃で飛来するドアの破片が私の前を横切って、それはシモンの体に吸い込まれた。


「っ――!!」


 見えてたのに、手を抑えつけられて反応が遅れてしまった。


 破片の勢いに呑まれた様に弾かれたシモンは、血を撒いて壁にぶつかる。


 見えてたのに、防げなかった。

 助けられなかった。


「――シモン!!」 


 情けないくらいに動揺して、動けずにいた私の耳朶を叩いたのは、おばさんの声。

 直後に私の横を駆け抜けたおばさんは、シモンに駆け寄って必死に声をかけていた。


 光が部屋に瞬いて、おばさんが回復魔術をかけてる事に気付いたのは、槍を突きつけられた時だった。


 私を確保するために、ここまでする……!?


「……んかに」


 槍を向けてくる守備隊に目を移そうとした私の耳に届いたのは、呟くような震える声。

 釣られるように目を向けると、射抜くような視線に息をのんだ。


「……あんたなんかに、関わらなければよかった……!」


 それは、二年前と同じ眼差し。


 ――私のせいじゃない。


 そう言いたくても、できなかった。

 声が出なかった……それだけじゃない。


 私を助けようとしたせいなのは、確かだから。

 それだけは、否定しようがなくて……、


「……化け物……!」


 憎しみに満ちたその声にも、頭を下げて、俯くしかなかった。

 ついさっきまで感じていた怒りで誤魔化していた心が、重く沈んでいく。

 牢屋で止めようと思えば止められた。

 なのに、縋りかけた私に……止められなかった私に、怒る資格なんかなかった。


「逃げた……わけではなさそうだな」


 守備隊長さんが部屋の状況を見ながら、そんなことを言った。

 その通りだけど、どうしてわかったんだろう。

 そう考えたのも束の間。

 服が裂けていることに気付いて、枷が嵌められたままの手で押さえた。


「……フン」


 鼻で笑われた。

 ……私だって十歳児に大人が欲情するなんて思ってないよ。

 でも実際いろいろあったんだから、反射的に隠しちゃったっていいじゃないですか……。


 再び牢屋に戻った私は、それまで以上の警備態勢が敷かれることになった。


 シモンがどうなったのかは、何も聞かなかった。

 声が出ないっていうこともあるけど……なにより、聞いたところで、手を振り払った私にできることなんて何もないって、分かっていたから。

 聞くことなんて、できなかった。


 数日後。


 相変わらず手枷付きで牢屋から出された私が連れて行かれたのは、里の出入り口。

 そこには、テレンティア様と顔を見たこともないエルフの人たちがいて、彼らが護送のためにウィンディアから来た人たちなのか、みんな服装がどこか垢抜けていて、髪や肌のつやも違って見えた。


「彼女が先にお話ししていたイリアスティア・ツァーベルです」


 テレンティア様の言葉に、送検の人たちが改めて私に視線を向ける。

 その目は、里の人たちとはまた別の感情が込められているようで……でもどこか、人を見るような視線には思えない、別の種類の冷たさがあった。


「……確かに。では」


 無言の視線に従って歩き出そうとすると、予想外に足が重くて……私は無意識に後ろに視線を向けた。


 覗き見るように映した視界。

 ……そこには、誰の姿もない。



 ――シモンの手を振り払った私に、今さら嫌がる資格なんかない。



 目を伏せてそう意識を切り替え、目を開いた私は用意されていた大型の鳥に跨り、里を後にした。




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