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エルフのチートな放浪者(仮)  作者: コタツにアイス
5/10

濫觴編10-5:十歳の日常

 十歳になっても、生活習慣にあんまり変化はない。


 いつも通りの時間に起きて、何食わぬ顔で家族と顔を合わせる。

 お母さんは相変わらず厳しいし、お父さんは相変わらず過保護だし、ユーリは相変わらず甘えてくる。


 四季の移ろいが薄いこの里の気候では、エルフの長寿もあって物事の変化が遅く感じる。

 私が年月や変化を感じられるのは里の外に出ているからだろうし、ユーリみたいな子供の成長は、変化の乏しい里にとって尊いものとして扱われてる節があって、解放の儀式の年齢制限なんかはそのとばっちりだと私は睨んでる。子供は無邪気な方が可愛いっていうのは認めるけどね!


 それと、子供の成長とは言っても、前世の記憶がある私にとって、エルフの成長はあっちの人間よりも早いとしか思えない。

 私は10歳の子供だけど、前世の記憶で言えば中学生前後の体格だし、それはクラスメイトも同じ。

 エルフの成長だけが早いのか、この世界の種族全てが早いのか。

 里の文化を知らない私には当然答えなんかわからなくて、また一つ興味が増えただけだった。


「イリア。今日は弓の実習がある日だったな」

「はい」

「無理に扱って手を傷つけないように気をつけなさい」

「あなた……やっぱりイリアには、弓なんて……」

「……だがな、卒業試験には弓の実技がある。疎かにはできないさ」

「そうね……」


 うーん……。

 やっぱり過保護。っていうか、二人だけで物事を勝手に決めるのも相変わらずだなーって思うだけの私も、かなり毒されているのかもしれない。


 なんて、ちゃんと私のことを考えてくれてる人たちにそんなこと言ったら失礼か。


 食事を終え、着替えと髪を結ったら登校。

 今日はさっきお父さんが言った通り弓の実習があるから、邪魔にならないようポニーテールにした。

 邪魔にならないと言えば本当はお団子がいいんだろうけど、男子共に突っつかれた忌々しい思い出があるから絶対に却下だ。

 他の編みこみは単純に知らない。男だったし、髪をアレンジするっていう発想がエルフにはないみたいだ。

 輪ゴムとか装飾品で飾ることはするから、ただ思いつかないだけなのかもしれないけど。


「いってきます」

「おねえちゃん! 待って!」


 別に一緒に行く必要はないのに、大慌てで駆けてくる弟。

 既に目が潤んでるけど、泣かないだけ大した進歩です。

 前世の妹よりべったりな気がするし、泣き出してしまった時なんかには少し面倒に思ってしまう時もあるけど、駆け寄ってくるや私の手を取り、安心したように頬を緩ませる様子を見てしまうと、しょうがないかって思えてしまうから不思議だった。


「いってきまーす」

「いってきます」


 改めて両親に告げて登校。

 周りからの視線(主に私のせい)に最初こそおどおどしていたものの、今ではすっかり慣れたらしい弟はご機嫌な笑顔で歩いていく。

 私的には子供のからかうような視線より、大人たちの微笑ましいものを見るような視線の方が精神的にきつかったりする。

 でも手を離そうとすると泣くんだよね。可愛いやら手がかかるやら。


 ともあれ、学校に到着。


「勉強頑張ってね」

「うん!」


 たたたーっと駆けていく弟を転ばないかハラハラしながら見送り、私も教室に向かう。


「おはよう、イリアさん!」

「おはよう」

「今日の髪型も素敵ですね」

「ありがとう。そう言って頂けると私も嬉しいです」


 うふふふふ。……はぁ。

 ……自分でもなんだこのやり取りって思うけど、今年に入って初等部の高学年に入り、能力によってクラス分けをした辺りから周りに変に慕ってくれるっぽい人が増えてきたせいだ。

 たぶんクラス分けの試験で一番になったからだろうけど、チートだから申し訳ない気持ちになってしまう。

 同い年なんだからもっとフランクに、みたいなことを言っても聞いてくれなくて、万が一にも彼女たちに元男なんてバレないように気をつけなきゃいけないし……。


「……ふぅ」


 席に着くだけで一息吐いてしまう。

 この仕草だって、物憂げだって持て囃されるんですよ?

 うふふ…………あーもうめんどくせぇ。


 席についてからも、暫く周りの人たちと胡散臭いやり取りをしていたら、視界の端に映る見知った姿を見つけた。

 周りの子たちに一言断りをいれ、その人物のもとに向かう。


「おはよう、シモン」

「……ああ」


 お隣さんのシモンも同じ組。

 近頃はご飯を作りに行っても特訓中とかでいなくて、こうして学校でしか会うことはなくなった。

 能力を見ればしっかり鍛えてるって言うことはわかるけど、ちゃんとニンジンを食べてるか、みたいなことはわからないわけで。


「最近あんまり会わないけど、ちゃんと食べてる?」

「……おまえは俺の何なんだよ」


 複雑そうな顔をされる謂れは無いけど、まぁこうして普通に接してくれる人は貴重だから許してあげよう!


「何って、お隣さん」

「……はぁ」


 呆れられた。

 なんか、言葉遣いも荒くなったけど、態度もぞんざいになった気がする。……反抗期?

 そんなことを何気ない会話で確認していると、教室がにわかに沸き立った。

 嫌な予感がしてチラリと視線を向けると、そこにいたのは予想通りの人物たち。

 目が合っても嫌だから視線を戻すと、


「ん? なんだ。またイリアに付き纏ってるのか? シモン」


 というウザい声がして、無意味だと思い知らされた。

 どう見ても、私がシモンに近寄ってる構図なんですが。


「シモンは付き纏ってないから」

「イリア。君の優しさは美徳だけれど、優しさは時に他者を傷つけることを知った方がいい」


 ……ほんと、話を聞かないっつーか思い込みが激しいっつーか。

 このウザいのは、確かゲルテなんとかかんとか。

 順調にイケメンの中のイケメンに成長してる少年で、能力は軒並み優れてるものの、性格に難あり。


 簡単に言えばナルシストですね。気持ち悪い。


「シモン。君だって、自分より僕の方がイリアに相応しいって、この前認めたじゃないか」

「……え?」


 何その話、とシモンに目を向けると、眉間に深い皺を寄せながら目を逸らされた。

 変な話を当人のいない所で決めるのはどうかと思うよ、と言う前にシモンは席を立ち、教室を出ていってしまった。


「ちょっと、シモ――」

「おっと、自分から離れて行った奴なんか放って置こうよ」


 追いかけようとしたら、腕を掴まれてそれを阻まれた。


 うっぜぇぇえええ!

 いくら知能指数の高いイケメンだろうが十歳児が色気づくな!

 しかもこっちは元男だっつーの! お前になんか興味あるか!


「離――」

「皆さん、席についてください」


 離せ、と言おうとした直前に教師がやってきてしまって、全てが中途半端……どころか何もできなかった。


 結局その後も何かと邪魔が入り、シモンとは喋れずじまい。

 午後になって実技の授業のために校庭に行くと、剣術専攻と弓術専攻で別れて接点が無くなってしまったから、仕方ないと諦めて授業に集中することにした。


 とは言っても、下手に目立つことが無いよう、力を極力抑えることの集中なんだけどね。


「では、今日は弓での狩りをしてもらう」


 今、私がいるのは学校裏の森。

 実技にはその練習に応じた場所があるけど、今回の狩りには魔物か獣が必要だから、森で行うらしい。

 朝から昼過ぎにかけてお父さんの所属してる駆除隊が強い魔物は狩ってしまうから、近場の森は狩りの練習にはちょうどいいらしい。


「では散開し、各自狩りに入りなさい。私は視て回り、指摘していく」

「「「 はい 」」」


 ということで、それぞれ纏まらないよう森に入り、狩りを始める。

 弓での狩りに必要なのは、隠密性と正確性。障害物の多い森の中で追いかけながら弓を射るのは熟練者でもなければ難しいし、そもそも初めて間もない人間には止まってる標的に当てることだって難しい。


 とはいうものの、私は【弓術】スキルでアシストされてるから、余程加減を間違えなければ外れるってことは有り得ないし、その“弦を引く”っていう行為も省略できたりするから、今の私にとって意味のない練習だったりする。


 とはいえ、目立たないために努力努力。


(まずは……)


 標的を見つけたら、【気配遮断】スキルを切って自分の存在を教えて逃がす。

 すると、目ざとく私の失敗を見つけた先生が歩み寄ってきて、今の失敗の原因や模範的な振る舞いを実践してくれる。


「ありがとうございます」

「うむ。励みなさい」


 満足げに他の生徒のもとに向かう教師の背中を見送り、内心でばれなかったことを安堵するのはいつものこと。

 でもね、私の体をべたべた触る必要は全くないと思うんだ。


 耳の穴を繋げちゃうぞ☆


 とまぁ冗談はそれくらいにして、周囲の状況を見ながら、成功率を上げていく。

 重要なのは、最終的に100%成功するようになっても不信がられないよう、成功率を上げていくタイミングを慎重に選ぶこと。

 変に早いと勿論駄目だし、変に遅くてもわざとらしさが出ちゃうからね。


 ということで、無事高確率で成功するようになる演出をすると、拍手する音が聞こえた。


「おめでとう。さすがだね、イリア」

「ありがとう。でも、まだ授業中だよ」


 笑顔で話しかけてくるナルシスト……ゲルテに笑顔で答えつつ、釘をさす。

 気配を絶って後をつけてくるとか、ストーカーじゃないですかやだー。

 いや本当に気持ち悪いからやめてほしい。


「そうつれないことを言わないでくれ。僕と君の仲じゃないか」

「そうだね。私もクラスメイトとは上手くやっていきたいし」


 そんな風に笑顔でやりとりするけれど……どうか気付いてほしい。私とあなたを隔てる強固な壁を。

 やっぱり自惚れやにはきつすぎるくらいに言わないと気付かないのかなー。でもボロクソに言って「淑女と言うのは――」ってお母さんに叱られるのもなー……。

 なんにせよ、十歳児が発情すんなっての。鬱陶しい。


「先生来ちゃうから行くね」

「あっ――」


 その後もいくつかの課題を熟し、授業が終了。


「これで本日の授業を終了とする。各自、速やかに帰宅しなさい」

「「「 はい 」」」


 よし、シモンを捕まえよう!

 すぐに校庭に行けば間に合うはず! ……と、思ったんだけど。


「イリア。手伝いなさい」

「……はい」


 別に係なんて決まってないはずなのに、弓矢の片づけを言い渡されてしまいました。

 優等生なんて称号を背負うもんじゃないね!


 結局、片付けが終わる頃にはシモンは帰ってしまっていた。

 家に行ってもお父さんと特訓してるだろうから会えそうにない。


「……どうせシモンのうちに行くし、その時会えたら言えばいっか」


 人のいない所で勝手に話を盛り上げるな、ってどう注意してやろうと考えながら帰路に就く。

 辺りは暗くなり始めてるけど、通りを等間隔で照らす火の結石が幻想的に輝くから、それなりに楽しめたりする時間でもある。


 ……虫さえいなければな!

 ほんと、光のあるところ、火のあるところにうようようじゃうじゃ……!

 死にたくないなら近寄んなっての! こっちだって見たくも触りたくもないんじゃ!


「あら、イリアちゃん。いらっしゃい」

「こんばんは、ドルテおばさん」


 家の前で偶然会ったおばさんと彼女の家に入り、私は夕食の支度を始める。

 勝手知ったる人の家の言葉通り、何がどこにあるかは完全に把握してるから、迷うことなく作業を進めていく。


「頼りっきりになっちゃって、ごめんなさいね」

「好きでやらせてもらってることですから」


 ドルテおばさんの怪我はもうすっかり良くなり、現場に復帰した。

 その分帰りも遅くなってしまって、私がそのまま夕食を作ることが習慣になって今に至るというわけだ。


 今日は違うみたいだけど、おばさんの帰る時間は怪我をする前よりも遅くなった。

 その原因が、二年前の侵入にあることは間違いないと思う。

 なのに、相変わらず大人たちはそのことを臭わせようとしなくて、それがむしろ違和感を強くする。


「うちの人もシモンも、私が作ると文句を言うようになっちゃって困ってるのよ」

「あはは……」


 私も慣れたもので、作業しながらでも会話ができるくらいの余裕はある。

 とはいえ、おばさんの言葉には苦笑を返すしかなかった。

 冗談交じりで言ってるっていうことは口調や表情からも明白なんだけど、


「やっぱり、イリアちゃんがお嫁にくるしかないと思うの! どう!?」


 こう来ることが、分かりきってるからだ。


「私もシモンも、まだ十歳ですよ?」


 しかも元男だ。


「あら、子供が大人になるのなんて、あっという間なんだから~」


 まぁ、大人になった後から考えればそうだけれども。

 実体験として同意せざるを得ないけれども。

 男だったって意識があるうちは絶対無理!


「……できました! じゃあ、私戻りますね」

「うちで一緒に食べて行けばいいのに」

「お父さんたちが許さないと思うので……」

「……そうねぇ」


 私の両親の過保護っぷりはおばさんも重々承知してるから、こう言えば渋々受け入れてくれる。

 少し申し訳ない気もするけど、この切り札を出さないと引き下がってくれないんですよね……。

 ともあれ、隣の自宅に帰還。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさい。お父さんたちももうすぐ帰ってくるだろうから、手伝いなさい」

「はい」


 荷物を自室に置き踵を返したところで、シモンを待つことをすっかり忘れていたことに気付いた。


「……あのまま居ても色々面倒だったろうし、仕方ないよね」


 そう自分に言い聞かせながら部屋を出て、支度を手伝った。

 お父さんたちが帰ってきたら、家族でテーブルを囲んでの夕食。

 学校で起こった事をユーリが嬉々としながら語り、それをお父さんとお母さんが微笑みながら耳を傾ける。

 時折お父さんが色々なことを語り、ユーリが訊ね、お父さんがそれに答えていく。

 お母さんはそれに相槌を打ったり、時に褒めたり窘めたり……まさに、家族団らんといった風景が、そこにあった。


 面倒なことは色々あるけど、順風満帆で平和な毎日。



 こんな日が続けばいいのに、とか……私はそんなことを考えることもなくて、当然続くものだと思っていたんだと思う。



 ……何かが変わるのなんて、それこそ一瞬なのに。




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