濫觴編10-4:十歳の夜
侵入騒動から二年後。
十歳になった私は、万が一の場合にも戦えるようスキルアップに励んでいた。
時間で言えば、食事を終えて皆が寝静まった頃。
【気配遮断】スキルを発揮しながら家を出て、そのまま村から離れた森の中に向かう。
そして【気配察知】で周囲に人がいないかを確認しつつ、詠唱を始める。
「――在りし身の枷を薙ぎ、自らの隷属として宙を舞え――風よ。此処に集え」
詠唱を終える前に、身体を風が包むのを感じる。
「――エアリアルバーティ」
言い切るの同時に、身体の重さが消失した。
最大加速で上昇し、里の家がドットにも満たない大きさになったのを見計らって目的地に向かった。
風が頬を打つ感触にも慣れて、初めは寒かった体感温度も【耐寒】スキルでちょうどよく感じられる。
エアリアルバーティは、家の魔術書には載ってない中級魔術で、見張り役の人たちに見せてもらったのを、試行錯誤の末に覚えたもの。
きっと実演してもできないだろうって考えてたんだろうけど、隠れて練習できる場所に移動する手段まで与えてくれたんだから、感謝してもしきれません。
子供だからって簡単に絆されるのもどうかと思うけどね!
数分と経たないうちに目的地、白の丘陵が幾つも繋がる光景が見えてきた。
誰にも迷惑を掛けず、邪魔されにくい場所。
教科書曰く世界最大の砂漠……テーキャレル砂漠です。
まずは、日課の【剣術】【槍術】【斧術】【武術】【鎖術】【弓術】の練習。
それぞれ【調合】スキルと【錬成】スキルの複合スキル【錬金術】で生み出した木製の武器を揮います。
柔軟体操で身体を解し終えたら、素振りの開始。
初めは振り回される感覚だったけど、今では体の一部になったような感覚で振ることができる。
試しに大槌で砂を振り上げ、即座に木剣に武器を変更して横に一閃。
斬撃を振るうと、舞う砂が剣に触れた部分だけが綺麗に裂ける。
前は斬撃に伴う風に煽られたように砂が広がってしまっていたから、まるで剣豪にでもなったみたいで楽しかった。
ただ、これも【神の器】っていう固有スキルの効果が大きい。
この世界では普通、スキルレベルが5上がるごとに得られるボーナスは、幾つかの候補から一つしか選ぶことができない(しかも、スキルって概念がないから直感で)。
【剣術】スキルを例に挙げると、レベル5に達した時点で斬撃アシスト+2、太刀筋アシスト+2、刺突アシスト+1、筋力アシスト+2、派生スキル【パリィ:剣(弱)】の中から、一つを選ばなきゃいけない。
だけど、【神の器】なら、それらの選択肢全てを得ることができる。
泣く泣く放棄した派生スキルや、別の派生スキルを取ったせいで斬撃アシストポイントがほんの少し足りなくて、次の効果習得ポイントに届かない、なんてことがなくなるわけです。
努力が無駄にならないって素晴らしいよね!
「……ふう」
全ての武器の素振りを終え、練習は次の段階に移ります。
「どこかなー」
周囲を見渡して獲物探し。
移動しながらの【気配察知】もいいけど、ここは【千里眼】を使うことにした。
【千里眼】は視力を越えた距離を視認できるスキルで、レベルが上がるごとに距離と遮蔽物透視能力が向上する。
まぁ正直な話、【気配察知】からの上位派生スキル【探知】の方が、全方位、遮蔽物完全無視できるぶん優秀。
だけどあれ、虫も一緒に知覚してしまうんですよ……。
一回やって失神して、お母さんの悲鳴で目が覚めたのは最悪の思い出。
あれ以来、絶対やらないって決めました。
「……いないなぁ」
この辺りは全部倒してしまったのか、比較的近場には魔物が見つからなかった。
考えてみれば、魔物だからってゲームみたいに勝手に生えてくるわけないよね。
仕方ない。
取り敢えず【錬金術】で生み出した盾を殴って壊して盾の修理を繰り返して、【錬金術】【武術】【剛体】【盾術】を伸ばそう!
【天才】とスキルのアシストがあるおかげで、武術を伸ばしても筋骨隆々になったり拳ダコを作らずに済むのは、能力を隠しておきたい私としてはありがたい。
がちむちエルフなんてエルフじゃないよね! チート万歳!
砂漠の中、ぽつんと作業を繰り返すエルフの子供。
人が見たら幻覚だって思うような光景を続けて1時間が経ちました。
どのスキルもそれなりに成長したことには満足してるんだけど、せっかく魔法の世界に来たんだから魔術を使ってみたいです。
「でも、お母さん許してくれないだろうしなぁ……」
独学で覚えられたのは、家の本に載っていた【攻撃魔術】と【回復魔術】の初級だけ。
【召喚術】に【補助魔術】、【呪術】や【巫術】はおろか【神聖魔術】、【古代魔術】に分類する時空魔術と空間魔術、それに【精霊魔術】……そのどれもが夢のまた夢。
なまじそんなものがあるって知ってしまってるから、羨望が強くなっちゃって辛い。
「5年は長いよ……」
愚痴を零しても、勿論なんの解決もしなかった。
初級でも【攻撃魔術】の各属性を唱えれば【攻撃魔術:火】や【攻撃魔術:水】、【詠唱】スキルなんかが成長するから、愚痴の時間を練習に回した方が建設的だってわかってるんですけどね……。
「……やりますか!」
いろんな魔術を見てみたいっていう欲望を抑え込んで、今はただ只管スキルアップを目指すことにした。
今の私はエルフで神因子持ちだけど、天災や二年前みたいに敵がいつ襲ってくるかわからない。
ただでさえエルフは奴隷商や結晶柱を狙う外敵がいるんだから、こうして力を蓄えておくことは絶対に無駄にならないはず!
「取り敢えず、オアシスの作成いってみよー!」
土魔術と水魔術でオアシスもといプールを作り、火魔術でそれを蒸発。風魔術で水蒸気を散らして、土魔術でプールを壊す。
この繰り返しで、魔術関連のスキルを上げていくわけだ。
さぁやるぞ、と砂漠に目を向けると、見慣れないものを見つけた。
一言で言えば、動く砂の山。
波を打つように隆起しては収まっていくその動きを見てると、私はあることに気が付いた。
「こっちに来てる……?」
その直後。
真下から近づいて来るものを察知して、その場から飛び退く。
私がいた場所は、間欠泉が噴き出すように砂が吹き上がり、砂が収まるよりも早くその原因が姿を現した。
見た目は、直径が2メートルくらいある長くでデカい身体をした目のないウツボ。
【神の目】が示す名前はサンドワーム。
「おお~……」
まさに砂漠のボス!
いかにもファンタジーな魔物の登場に、場違いだと分かっていても感動してしまった。
これまで、サソリとかサボテンみたいな魔物ばっかりだったしね。
感動に打ち震える私の気持ちを余所に、サンドワームは私目がけて突っ込んできた。
「あぶなっ」
言うほど危なくは無いんだけど、余裕を持って避けておく。
一方サンドワームは予想通り砂の中に潜ってしまったようだった。
「逃げた……わけないか」
周辺一帯にサンドワームと同質の存在を感じる。
地中からの攻撃はあんまり役に立ちそうにないけど、これも経験だよね。
「トレース・オン! なんちゃって」
【錬金術】を使い、ショートソードを手にする。
本来【錬金術】は同質量の素材を用意してスキルを使うことで、生産工程を無視して物質を生成するスキルだけど、レベルが上がることでその法則を無視することができる様になる。
【神の器】とスキルレベルの上限を取っ払った私にかかれば、いつかは無限の剣製だってできるかも。
剣の握りを確認してるうちに、地下の存在が近づいて来るのを感じた。
「悪いけど……」
バックステップで出現場所から外れ、地面から飛び出した所に剣を投げる。
「経験値稼ぎに使わせてもらうね!」
【投擲】で射出された剣がサンドワームに突き刺さり、その衝撃で仰け反るように砂の上に倒れ込んだ。
空かさず駆け寄り、生成した二本目の剣で切り付け、繋げる斬撃の合間に【武術】のアシストを受けた蹴りを繰り出して、突き刺さった剣の柄を蹴り飛ばす。
さすがに【剣術】スキルは適用されなかったけど、傷口を抉るような攻撃にサンドワームが牛みたいな唸り声をあげて身動ぎする。
飛び退いてブン回した身体を避けると、サンドワームは潜らずに私を睨みつける様に顔……というか口をこちらに向けた。
流石に正面から睨み合うと動きづらいんだなーって感心していると、背後に寒気が走った。
慌てて横に飛ぶと、サンドワームの尻尾が私のいた場所を貫く。
「あぶな~、あっ!」
無事避けられたことに安堵していたら、頭も尻尾も地面に潜ってしまった。
また出てくるまで待たなきゃいけないのか……。
なんてテンションが下がりかけたところで思い付いた。
「――土の素よ、集い、個となれ」
【詠唱】の派生スキル、詠唱待機。
……来た!
「――アースロック!」
バックステップで体当たりを避けて、魔術を発動。
砂の中で土の壁が生じて、サンドワームの体が固定された。
経験したことのない状態に焦ってるのか、サンドワームは身体を激しく揺らして土でできた枷を壊そうとする。
でも、チートの魔術は初級といえど軟じゃありません。
「じっとしてて……ねっ!」
サイドステップで尻尾の襲来を躱し、
「――アースロック!」
土の壁で固定する。
とはいえ、今回は詠唱を破棄したから威力(硬度)が約半分。
今のうちに畳み掛けられるだけ畳み掛けておこう!
と、調子に乗ったのがまずかった。
「え?」
鬼因子という、身体能力の上限を取り払う遺伝子のおかげで強化された私の視力は、真横から襲いかかるサンドワームの口をはっきりと捉えていた。
「ぐっ――――!!」
万力みたいな力で挟まれるうえに、剣みたいに鋭い牙が肌を裂き、肉に突き刺さろうとしてくる。
アースロックの効果はまだ残ってる筈なのに、なんで?
そう混乱しながらも考えた私の前には、先ほどと変わらず身悶えるサンドワームが映った。
「二匹目っ……!?」
地下に潜ってる存在が大きすぎて、二匹目がいたことに気づかなかった。
ボスは一匹なんて限らないし、そもそもこいつらがボスだなんて誰も言ってない。
「私のバカーーーーーーー!!」
叫びながら、有らん限りの力でサンドワームの顎を開かせる。
両手に改めて剣を生成。
上下の顎を貫かれた痛みで噛みつく力が緩んだところで、ようやくサンドワームの口から脱出することができた。
体の傷は【治癒】で治るとして、粘つく液体が気持ち悪い!
「時間なんてかけてらんない……!」
プールを沸かしてお風呂にしてやる!
予定変更。速攻で倒すために、【神の目】を発動してサンドワームの身体を検分して弱点を確認する。
「目……あったんだ」
ちょっと感心しながら、生成した剣を【投擲】で二匹目のサンドワームの目に目がけて放つ。
直撃アシストで修正されたおかげで目の付近に刺さり、私は【武術】で二匹目を殴って卒倒させ、突き刺さった剣を抜き放ち、改めて目に突き刺した。
これで、目の奥にある弱点、脳を剣が貫いたことで一体討伐。
「あと一匹!」
お風呂温泉露天風呂!
丁度枷を壊されて逃げ出されてしまったけど、先ほどの攻撃でレベルが上がったパンチがサンドワームの体に直撃する。
くの字に折れた後、スタン状態で倒れたサンドワームの脳に剣を突き立てる。
痙攣のように波打っていた長大な身体が、やがてぴくりとも動かなくなった。
一応周囲を確認したけど、もうサンドワームの気配はない。
「よし、お風呂だ!!」
風もないし、周りに人がいないのは【千里眼】で確認済み。ということで、私は露天風呂を楽しんだ。
傷は【回復魔術】を使うこともなく【治癒】で回復できたし、服は【錬金術】で生成可能。
「これでよし」
事後処理を終えた後は身だしなみを整え、里に帰るために飛行魔術を発動する。
こんな風に人のいない場所で暴れてるわけだけど、ファンタジー世界への好奇心でハメを外しそうになってしまうのが少し怖い。
いや、別に【隠蔽】とか【気配遮断】があるから里には迷惑かけないんだけどね?
里から出たいって気持ちが強くなりそうで怖いんだ。
……相変わらず、虫がいっぱいいるから余計に。
虫嫌いだし、ファンタジー世界を満喫してみたいからいつか出て行こうとは思うけど、お母さんとお父さんが生きてる間は仕方ないかな~って思ってる。
エルフだから、何百年先になるかわからないけどね。
なんにせよ、どんな敵であろうと油断するべからず!
今日のサンドワームとの戦いは、私に大きな教訓を与えてくれました。
まぁ見た目はウツボだったし、本当にミミズっぽかったらすぐ逃げてるんだけどね。
気持ち悪いし。
そんなことを考えながら飛んでいるうちに里について、【気配遮断】を使いながら家に戻る。
見回りの人くらいしか起きてない深夜だから、当然家族は就寝中。
そのままベッドに入り、私は眠りについた。