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エルフのチートな放浪者(仮)  作者: コタツにアイス
10/10

濫觴編10-10:棄捐

「理解できたかい? 君は捨てられたんだよ」


 私が何も返さなかったことに気をよくしたのか、神は次第に饒舌になっていく。


「もう数十人……百人近くは喰らってきたかな? だから、彼らも知っていて私に捧げてくるのだよ。力の強い娘や、生命力に満ちた娘をね」


 神の足が私の両足を開かせるようにねじ込まれ、頬に添えられていた手が肌を伝いながら下へ下へと流れていく。

 目だけは絶えず獲物を逃す気はないと、こちらの目を捉えて離さない。


「慰み者になると聞いて、泣き出した子がいたよ。話を聞けば、里に将来を誓い合った相手がいたそうだ」


 神は語る。

 愉しそうに、笑みを浮かべて。


「泣き叫びながらやめてと懇願する子を攻め立てるのは中々興が乗ったよ。次第に声も心も枯れてしまったのか、動かなくなってしまったのは興醒めだったけどね」


 神は語る。

 私の身体に手を這わせながら。


「全く逆で、怒り出した子もいたね。それが神のすることか、なんて言っていたよ。でも気丈な子ほど脆さを隠しているものだね。その心が折れるまでの過程はなかなか楽しめた。力の差を思い知らせて絶望に染めてから一気に折ってしまうのも、蝕むように攻め続けて圧し折れるのも、違った趣きがあったよ」


 神の手が、反応を確かめるように流れを変え、力を変え、触れていく。


「心を赤子まで戻したり、手足をもいだり、家族に見られているよう幻覚を見せたり……色々試したけれど、一人一人全く違う鳴き声を聞くのが最高なんだ」


 神は私の頬を舌でなぞり、耳までいったかと思うと、その中まで舐めて、囁くように言う。


「君はどんな声で鳴いてくれるんだろうね?」



「重いからどいて」



 もう理解した。

 だから、もう聞く必要はない。

 そう思って声をかけると、神の表情が固まる。


「聞こえなかった? 邪魔だから退いて」

「ふ、ふふ……あはは!」


 急に笑い出したかと思うと、神は上半身を起こそうとした私の両肩を掴み、組み敷くように押し倒した。

 私を見下ろすその表情は、先程までの怜悧な印象とは違い、獰猛な獣を連想させる。


「気が触れたのかと思ったが、虚勢を張っている様子もない! 面白いな、君は! そんな君に、とっておきの絶望をあげよう!」


 そう言った次の瞬間。

 エルフに近い人の形をしていたその身体が溶けるように膨張し、やがて部屋全体を埋め尽くすほどの触手をうねらせる化け物へと転じた。


『神に捧げられると言われ、自ら差し出そうとするような子もいたけれど、そんな子にはこの姿を見せて教えてあげることにしているんだ』


 たっぷりの余韻を含ませ、化け物は言う。


『君は、神ではなく邪神の生贄になるんだ、とね』


 確かに、族長たちすら崇める神になら、その身を委ねてもいいと考える子がいたかもしれないし、そんな子がこの事実を知れば、困惑したり動揺したりするだろう。

 しかも、触手。

 理解したくたって、できるわけない。なんの冗談だって思うよね。


 自分は何を信じていたんだろうって、絶望するよね。


「で?」

『……なに?』


 聞いてるのはこっちなのに、何を聞かれたのか理解できなかったらしく、聞き返されてしまった。

 ……ああ、面倒くさい。


「あんたが何者かなんて知ってたから、別にどうでもいい」

『なっ……』


 この目があるから、こいつの正体が高位の悪魔だってことなんか初めから知っていた。

 ただ、もしかしたらって希望を捨てられなくて……何も、できなかっただけ。


 でも、もういい。


「……どうでもいい」

『……自暴自棄は嫌いなんだ。味がくすむから。せめて、快楽に溺れさせてあげよう。――プレジャーミスト。――フォルストファーシネイト』


 部屋中に甘い匂いが充満して、化け物から発した魔力が私の中に這入り込み、精神を蝕もうと這い回る。

 媚薬とか、魅了の精神干渉かもしれない。

 今回の志向がこれなのか、今までの経験でこうするべきと判断したのかわからないけど、確かに身体には異変が始まっていた。

 疼くような動悸と、妙な暑さが身体を支配していく。


「……っ」

『ふふっ。我慢しても意味は無いぞ?』


 化け物の声は遠く、フィルターがかかっているように聞こえる。

 朦朧としていく意識に既視感を覚えて、それが牢に閉じ込められた時だと分かって、そのまま連鎖するみたいに、初めて意識を得た時……赤ちゃんだった時のことを思い出した。


 あの時、お父さんたちに愛されてると思ったから、私も大事にしようと思ったし、守ろうって思ったんだ。


 ――でも、捨てられた。


 祠でお父さんは怒っていて、それは私が族長たちの所に送られるって考えたからだった。

 たぶん……お父さんたちは知っていたんだ。

 族長たちのもとに送られた子が、どうなるのか。


 だからみんな、あんなに安心して暮らしてる。


 わたしはもう、みんなにとっていない者。


 ――もう、間違えようがないよね。


 目を閉じて、過った全てを塗りつぶす。

 そこは、静かで穏やかな、真っ暗な世界だった。


 ……そろそろ耐性ができてきたし、もういいかな。


『身体は正直で――』

「さっきから……邪魔!」

『んぶっ――!?』


 思い切り殴りつけると、化け物は肉片を撒き散らしながら部屋の壁に激突した。


 さすがに固くて【剛体】スキルで相殺しきれなくて、破れた皮膚から零れた血がシーツを染める。

 そっちは回復するからいいとして、私のなんだか千切れた触手のなんだか分からない液体をシーツで拭き取りながら、立ち上がる。

 少しだけ魔術の影響が残っていたせいか、軽くよろけると、化け物の笑う声がした。


『ハハッ……なんだ。やっぱり効いてるんじゃないか。大人しくしていろ。――プレジャーミスト! ――フォルストファーシネイト!』


 効果が薄れて来たとでも考えたのか、再び魔術を発動させた化け物は、その触手を私へと伸ばす。


「……だから」


 呪符のせいで魔術は使えない。

 だからこそ、この化け物は私に対して優位性を保ってこれたんだろうし、ここまで強気に出られるんだろう。

 多くのエルフを食べることで力を増していったのか、能力的には里に来た悪魔とは桁違いに高くて普通のエルフじゃ何千人集まっても勝つのは無理。

 力だけ見れば神呼ばわりされるのも仕方ないと思うし、騙されても仕方ないかもしれない。


 ……普通じゃないから、私はここにいるのにね。


「邪魔」

『ッ――  』


 生み出した剣で斬り、歪んだら捨てて生成、欠けたら棄てて生成、折れたら捨てて生成……。


 瞬きする間に殺到する触手をすべて千切り、本体に歩み寄って胴体と頭だけを残す。

 痛みやショックで声も出ないのか、痙攣するだけの化け物を一旦放置して、【錬金術】で作った服を着る。

 こちらではなく日本の服……ちゃんと見たことがあるものを選んだとはいえ、妹の私服をイメージだけで作ったから不安だったけど、ちゃんとできていたから良かった。


 装いも新たに、改めて化け物を運ぼうとすると、扉が勢いよく開け放たれた。


「神よ! ご無事で……な、なんだこれは」


 やってきたのは、2人の族長と武装した14人のエルフ。

 部屋の中の状況見て絶句している人たちが落ち着くのを待っていると、意識を取り戻した化け物が力なく笑った。


『ふ、ふふ……、終わりだよ。すぐに逃げなかったことを、後悔するといい』

「……なんで私が? この場合、あなたじゃないの?」

『それはね』


 答えの続きを言うよりも早く、族長たちや近衛兵は、各々の武器を構えた。


 ……私に向かって。


『私と彼らの関係は、持ちつ持たれつ……だったからさ。彼らは私に供物を捧げる……。私は神の力を揮い、エルフの権力を維持する』

「……ふぅん」


 知ってたんだ。神の正体が、この化け物だってこと。


 大義のため……ね。


 この族長たちだから里がああなったのか、里がああだから族長がこうなったのか。

 ……どっちが先か知らないけど、どっちでもいっか。


「これ。邪神とか名乗ってますけど、知ってました?」

「違う、神だ。貴様の妄言は――」


 なんか言ってるけど、族長がしたのは動揺を隠した断定の否定。

 その迷いのなさは、もう知っていたか、疑ったけど結論は出てるってことだよね。


 つまり、ほとんど黒ってことだ。


 ……だから“供物”か。

 少し考えれば分かりそうなことなのに、この期に及んでまた現実逃避して認めようとしないなんて、私はどこまで馬鹿なんだろう。


「……あはっ」


 また笑みがこぼれた。


 ……ほんと、なんでこんな奴らのために、なんて思っちゃったんだろ。


 ……なんで、あんなに耐えてきたんだろ。




 ――――もういいや。




『ギャッ――   』

「「「「「 なっ!? 」」」」」


 化け物の本体を潰すと、族長たちは驚愕の声を上げた。

 そのままゆっくりと彼らの方に顔を向けると、若干の怯えを滲ませながら、族長の一人が言う。


「貴様……何をしたのかわかっているのであろうな……!」

「さぁ? 何をしたんでしょう」

「貴様ッ!」


 エルフの一人が矢を放つ。

 さすがに長老を経験したエルフなだけあって、魔術を併用しているからか音速を超えるような矢が飛んでくる。

 ……けど、上司がいる現状で勝手に手出しはできないからか、威嚇だっていうのが見え見えだった。

 頬を掠めるような軌道で飛来する矢を掴み、取り敢えず投げ捨てる。

 驚愕に表情を硬め、身体も硬直させてしまった近衛兵に代わり、族長の一人が杖をつき出す。


「貴様は! エルフという種族そのものを危機に追いやったのだぞ!」

「……そのための族長じゃないんですか?」


 かっと顔を赤くして詠唱を始めようとした一人の族長。その横に立つ別の族長が彼の肩に手を置き、軽く目配せして私に杖を向ける。

 全員がその行動に同調するように、再び得物を構えた。


「……貴様は多くを知り過ぎた。ここで果ててもらう」

「……嫌だと言ったら?」

「貴様の身内を殺す。親、兄弟、友人、全てだ。貴様に少しでも――」



「どうぞ」



 全部言う必要はありません。

 遮るように言った私の言葉に、またも全員が息をのんだ。

 この人たち、動揺しすぎでしょ。


「先に切り捨てたのはあちらですから。ご自由に」

「…………貴様、悪魔に魂まで売り渡したか!?」

「こんなことをされて、またその人たちのために行動すると思います? ……バカじゃねぇの」


 思った以上に感情が篭ってしまったのか、最後の呟きで数人が震えだしてしまった。

 でもさすが族長。

 腐っても人を束ねてきた経験があるせいか、一応平静を保ってる。


 悪魔に魂を売ったのはどっちだって話ですけど。


「……ここから逃げられるとでも思っているのか?」

「思ってますよ。もうここにいる意味ないし」

「……これだけのことをしておいて!」

「だから……あんたらが勝手に招いたことだろうが!」


 目の前の惨状があるせいか、大声を出すだけでいい大人たちがビクつく。その様子を見てしまうと、弱い者いじめをしているようで気分が萎えてくる。

 ……はぁ

 もうめんどくさい。


 こんなやつら、二度と関わりたくない。


「じゃあ失礼させていただきます。手を出したら殺しますので」


 お辞儀して顔を上げた時には、殆どの攻撃が始まっていた。


「やれるものなら――」

「なら、遠慮なく」


 無駄な声を上げようとした族長の脇に移動すると、目で追えていなかったのか、まるで化け物を見るような目でわたしを見る。

 あの里で向けられていた目に似ていたその目が鬱陶しかったから、思い切りひっぱたくようにして殴打すると、顔だけを何度も回転しながら身体ごと吹っ飛んで行った。


 そこに解放感は無くて、ただただ気持ち悪いだけ。


 でも、止めない。

 止めてやらない。



 ――わたしを殺そうとした奴なんか、ぜんぶ殺してやる。



 魔法なんていらない。

 あんたらなんかの誇りなんか、全部否定してやる。


 剣で切り、

 刀で斬り、

 槍で貫き、

 槌で挽き、

 斧で裂き、

 鎖で絞め、

 棍で穿ち、

 拳で潰し、

 弓で射抜いて殺しつくす。


 私に攻撃した人間を一通り殺すと、流石に彼らも戦力差を思い知ったのか、武器を向けてくる人はいなくなった。


「重ねて言いますけど、攻撃してきたら殺します」


 少し乱れた髪を直すと、首に呪符が残ってることを思い出した。

 引き千切ると、全身を焼くような痛みが走る。

 でも、それはスキルのおかげで即座に回復して、私は苦笑いするしかなかった。


 部屋に残った数人を見ても特に収穫は無さそうだったから、一瞥するに留めて歩みを進めることにした。

 しばらく通路を歩いて行くと、先程の団体には加わらなかったらしい一人の女性エルフが立っていて、私を見るなり苦悶の表情でその目を伏せた。

 だいぶ返り血を浴びてるし、記憶が正しければ族長の椅子に座っていた女性だから、大体のことを察しているのかもしれない。

 ……どうでもいいけど。

 そう思って、横をすり抜けようとしたところで、彼女が口を開いた。


「……これからどうする気です。……里を滅ぼして回りますか? 同族殺しよ」

「そのままお返ししますよ。同族殺し様」

「っ……」


 この程度の返しで言葉に詰まるなら、挑発なんかしなきゃいいのに。

 それにしても、どうするか、か……。

 考えていなかったことを指摘されて、少しだけ心が浮ついた。


「そうですね……私がしたいことをします」


 そのせいか、そう言いながら振り返った時には、自然と笑みが零れていた。


「もう、誰かのために何かして、こんな思いをするのは絶対に嫌ですから」

「貴女はっ――」

「それじゃあ、御達者で」


 特に答えを期待したわけでもないから、そのまま踵を返して外に向かう。

 途中で前に着てた服を返してもらってないって気づいたけど、すぐにいらない物だって気付いたから忘れることにした。


「……雨」


 城を出ると、雨が降っていた。

 音もなく降り注ぐ雨はどんよりとした雲から降り注いでいて、長く振り続けるんだろうな、ってぼんやりと考えた。


「……まぁ、いっか」


 全く避けようと思えなくて、私はそのままエアリアルバーティで宙を舞った。


「あはっ」


 普段なら鬱陶しいだけの雨だけど、頬を打つ雫がむしろ心地いい。

 なんとなく色んな汚れを落としてくれそうな気がして、私は気の赴くままに、全速力で宙を翔けた。


「あははっ」


 速度に比例して痛みを増す雨の雫。

 スキルで抑えてあるはずなのに、身体の芯まで凍らせていく風。


「あははははは!」


 辛い筈なのに、そのどれもが気持ち良くて……私は降り止まない雨の中を、いつまでも、いつまでも、飛び続けていた。



濫觴編、終了です。



~~~以下、次回投稿時に削除します~~~


パソコンがおかしくなって作業できなかったので、おかしい所があるかもしれませんorz


色々と消化されていないかもしれませんが、これで終了です。


濫觴:始まりということでイリアがエルフを嫌いになり、外の世界に飛び出すまでのお話でした。


本来なら10歳までの生活をじっくり書いて、家族愛やら周囲と溶け込んでいる描写を入れることで、終盤の追い込みや落差をさらに強くする方がイリアの失意をより理解していただけるんだろうなーと思いました。


ですが、時間やら作者の精神的な都合でこの形となりました。

申し訳ありませんorz


次の話はお金を稼ぐ話になると思いますが、投稿は結構先になると思われます。

イリアはしばらく荒んだ状態で旅をするので、受付嬢の状態に近づくのはさらに先になります。


重ね重ね、申し訳ありませんorz

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