濫觴編10-1:転生
濫觴編、開始です
あれは夢だったのかもしれない。
気付いたら妙な空間にいて、光の玉が目の前にいた。
光の話を聞くと、ドジで俺を殺してしまったらしく、お詫びに転生させてくれる、とのことだった。
しかも、能力のつけ放題。チート転生だ。
初めこそ懐疑的だったし、転生には乗り気じゃなかったものの、前世は能無しだったよ、なんて挑発に乗ってしまって、ありったけの能力を付加して転生することになった。
転生先の種族はエルフ。
これで見た目もバッチリだ!
そう意気込んでいたんだけど、光がやらかした。
最後の最後にドジった結果、俺の転生先を女性にしてしまったというのだ。
冗談みたいなドジを目の当たりにして俺は色々と後悔した。
でも、完全に意識を失いかける頃には「まぁいっか」なんて思っていた。
心のどこかで、まだこの謎空間で起きたことが現実だとは思えなかったからだ。
あれは夢だったのかもしれない。
そして、起きるとそこはいつもの日常で……。
そんな風に考えながら、俺の意識は完全に途絶えた。
眩しい光を感じて、俺は顔を顰めた。
光を遮ろうと手を翳そうとするけど、体がうまく動かなくてそれも叶わない。
「ぁんあ」
声を出すと、それは上手く言葉にならなかった。
舌足らずというか、舌が上手く動いてくれない感じ。
というか、舌や腕だけじゃなくて、全身がそんな感じだった。
筋肉が機能しない。
脳からの指令がうまく行き届かない。
行動一つ一つがそんな感じ。
光が収まったのを感じて酷く重い瞼を何とか持ち上げると、そこは知らない風景が広がっていた。
こういう時って、普通天井とかが見えるんじゃないの? そんで、横を見ると美少女がいたりとか。
なーんて、そんなことをぼんやりと考えていた俺は、唐突な光で現実に引き戻された。
折角頑張って目を開いたのに、また瞑る破目になるとは思いませんでした。
もう少し情報が欲しかった……っていうか眩しいよ! いい加減収まってよ!
という俺の願い空しく、瞼越しには依然として強い光を感じる。
「――、――!」
「!? ――――!?」
なんか聞こえた。
二人ともかなり動揺してるっぽいけど、片方は淡々とした説明、片方は怒鳴り散らしてる感じがする。
もしかして日本語じゃない?
そう考えた矢先のことだった。
「――Ihreコハ、カミニエらばれたそん在なのかもしれません」
「ならばなんだと言うのだ! 我が子を族長に差し出せとでも言う気か!?」
いつの間にか、普通に聞き取れるようになっていましたとさ。
それはそうと、喧嘩いくない。
そう言おうかと思って、俺は気づいた。
ようやく気付けたんだ。
“我が子”。
――俺が、転生したんだってことに。
半ば呆然としていると、光が止んでいくのがわかった。
再び頑張って瞼を開くと、目の前にあったのは半透明の柱だった。
漫画なんかに良く出てくるもので例えるなら、クリスタル。ただ、このクリスタルは白濁してるわけじゃなくて、土っぽい茶色の光を纏ってる。
「ぅ、あ」
つい触ってみたくて手を伸ばしてみたけど、あまりの腕が短くて全然届かなかった。
触るのを諦めて周囲に目を向けると、光が止んでくれたおかげでドーム状の土の中だってことが分かった。
天井に木の根が突き出してるから、たぶん土の中で間違ってないと思う。
今の視界で分かるのはこれくらいしかなかった。
顔、動かせるかな、と思った矢先。
「いい加減にしなさい。結晶柱を通して、神は我々を見ているのですよ」
すぐ近くで声がして、俺の視界は身体ごと180度回転した。
目の前に現れたのは、金髪碧眼の女性。切れ長の目に、人形のような色白の肌。
なにより特徴的なのは、その長い耳だろう。
「えうう!」
エルフ、とつい叫んでしまったけど、今回ばかりは声にならなくて良かった。
赤ちゃんがいきなりそんなことを叫んだら、どんな印象を与えるか分からないしね。
目の前のエルフの女性は、俺が挙げた声をただの赤ちゃんの雄叫びだと思ってくれたらしく、慈愛溢れる微笑みを浮かべるだけだった。
うん。やっぱりエルフは美人だ。
と、そこで俺は大事なことを思い出した。
こうして転生したということは、あの空間で見聞きしたことは全部夢じゃなかったってことになる。だとすると、俺は女性に転生してしまったんだろうか。
こんなに綺麗な女性がいるのに、俺には万が一の可能性もないなんて……。
一人絶望する俺を、エルフの女性は抱きかかえた。
誰だ。エルフが貧乳だなんて言ったやつは。
今すぐここにきてこの女性に謝れ!
そんな風に取り乱すくらいの柔らかさを感じながら、俺はドームの外に連れ出された。
ドームの外は、青々と生い茂る一面の木々。
縄文杉も真っ青っていうくらいの巨木が群生していた。
ちょっと不思議だったのが、木漏れ日みたいなものがなかったこと。
それ以外はなんというか、心が休まる雰囲気の場所だった。
「テレンティア様」
声に反応して視線を下げると、遠くから女性エルフが近づいて来るところだった。
すぐ横に支える人がいるところを見ると、病弱な人なのかもしれない。
そんな人がこんなところに何の用だろう、と眺めていると、
「先ほどの光は……イリアが祝福を受けられたということでしょうか」
「ええ。その通りですよ、アンナ。貴方の子は、神からよほど愛されているようですね」
俺を抱く女性……テレンティアさんの言葉に、目の前程までに来た女性、アンナさんは安堵の息をこぼした。
というか、この薄幸そうな美女エルフが俺の母親らしい。支えている人がいるのは、産後間もないからだろうか。……っていうか、安静にしとかないとダメでしょ!
魔法か!? 魔法で回復したんですか!?
「テレンティア様、イリアをこちらへ」
声がしたと思ったら、まるで奪い取るように男性エルフに抱きかかえられた。
「キリルさん! 長老に対し、なんて無礼なっ……!」
「無礼は謝罪する。アンナ、帰るぞ」
「キリル、どうしたというの……?」
あれよあれよという間に森を進み、俺は小さなベッドのようなところに寝かされた。
どうも、エルフは巨木の中を切り抜いて家にしているらしい。
「キリル……祠で何があったの?」
「……奴らは、イリアを族長どもに預ける気だ」
キリル……俺の父親にあたる男性は、絞るように声を発していた。
族長ってなんだろう。
「で、でも、それはとても名誉なことじゃない」
「俺たちが! ……俺たちが、どれだけ子供を望んでいた? この子を奪われるというなら、俺は……」
「キリル……」
のっけから重い話を聞かされてしまいました。
ええ。
でも、今のやり取りで一つだけ分かったことがあります。
俺、かなり愛されてるみたいだ。
素直にうれしい。
イケメン爆ぜろなんて思ってごめんね、キリルさん……いや、お父さん。
俺に手を伸ばし、頬に手を添えるお父さんに、できる限りの笑顔を返した。
お父さんは、俺の顔を見て一瞬呆然とした後、がばっと抱き上げた。
「イリア……! お前は父さんが守るからな……!」
「ふふ。あなた、イリアが吃驚してるわ」
「す、すまん……」
あったかい。
そう感じた俺は、この家族を愛そうって……大事にしようって決めたんだ。