革命的第9話
おまたせ
戦意高揚のためのポスターがズルワルドを中心とした村落に貼られた。
貴族主義者の腐敗を訴えるビラが村の一ヵ所には必ず貼られていた。
「ケニノさん! なんど言ったらわかるんだい!! 私たちは一揆には加担しませんよ。あなた方に言われて仕方なく村にポスターを張ったが、ゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだ!」
「しかし、ポスターを貼ってしまったんでしょ? ポスターをお渡ししてもう三日くらいですか? その間張ったんですよね」
村長は機嫌の悪そうな顔でうなづいた。
「と、いうことはそれが知られれば貴族たちに謀反を企てたと思われるかもしれませんね」
「そ、それはお前たちが無理やり教会に張ったんだろ!! おまけに屈強な男を2人も見張りにつけて!!」
「人聞きのわるい方ですね。でももう事実はあるんです。協力していただかなければ我々はあなた方が暴虐の限りを尽くす貴族主義者に殺しつくされ、奪いつくされ、焼きつくされても助けることはできません」
「……悪魔め!」
村長は迷っているようだ。戦火が迫っているんだ。このままだと村は焼き尽くされる。それだけは避けたいのだろう。なんて勝手な人間なんだ。こんな自分のことしか考えないようなやつがいるから世の中が悪くなるんだ。
「わかった……強力しよう」
「それは素晴らしい!! 我ら労農赤軍にようこそ!! あ、これはお近づきのしるしです。受け取ってください」
私が部下に合図すると、部下は村長にセルゲイ銃を向けて、引き金を引いた。
こういう反抗的な奴が居るから世の中が荒廃するのだ。
「さぁ! 村の衆! お集まりください! 集まらなければこの男のようになりますよ!」
「バアル様! 軍議のしたくが整いました」
副官の知らせに私はヴァスドン関所の中庭に作られた天幕に入る。
このヴァスドン関所はズルワルドから王都ケルンやバアル家の居城があるバルデルを結ぶ街道にある要所だ。
私はここにバアル家に仕えるバアル騎士団の主力を駐屯させた。
騎士が五百人、バアル家が徴兵した歩兵が二千人いる。これ以上の大部隊になると兵站が厳しくなる。一揆の農民風情にそこまで人数は要らないだろう。それにこちらには切り札がある。
私が天幕をくぐると中の人物たちが一斉に立ち上がる。
「おぉ!! ガリル魔導士! よくぞこられた!」
「義父の参集に答えねばと、馬を飛ばしました。久しぶりに妻の顔を見れましたし……」
婿のガリル魔導士は魔王軍と対峙する南方軍集団に属する魔導士だ。王立魔道学校でも主席を争う逸材だった。
魔法の心得のあるものがおればそれだけで師団規模の戦力になるだろう。一揆風情にはもったいない戦力だ。
「それでは軍議を始めます」
「軍議もなにもあるまい。これだけの戦力だ。真っ向から押しつぶせばよい。決めるとすれば決戦の地だな」
「父上、ヴァスドンとズルワルドを結ぶ街道の中ごろにあるアラン平原がよいと思われます。大きく開けた草原ですので騎兵の突撃に向きます。私の魔法もおおいに威力が発揮できます」
「なるほどな。確かに妙案だ。参謀、この手で行くぞ。出立は明日の昼だ! よいな!!」
参謀はまだ何か話したげであったが、これ以上詰める話などない。
「しかし……兵站などはいかがしましょうか? 我々はすでに一個中隊を喪失しています。今いる騎士団は南方軍集団から転用ですし、失うわけにはいきません。もう少し作戦を煮詰めたほうが――」
「くどい! 我々は古来よりケリトアザ王国を守護する騎士団の末裔だ! 一揆風情とは生まれからして違う! 武門の誉れ高い、選ばれし集団なのだ。生まれた時から武術にいそしんできたんだ。今まで鍬や槌を振るってた人間に負けるわけが無かろう!!」
参謀の釈然としない返事に私は大きな苛立ちを覚えた。
同志ケニノの働きは素晴らしい。瞬く間にズルワルド周辺の村人が我が赤軍に協力を申し出てきてくれた。
実に素晴らしい。
赤軍は決起して十日ほどでその数を三千人ほどに数を増やしている。大隊が編成できるだろう。
だが人数が増えたのはいいが、決定的に武器が足らない。
私が考案した原始的な銃――ゴルシコフ銃はこの時代でも生産できるように出来るだけ簡略したものだが、それでも供給量が足らない。
銃の供給が遅れている部隊では弩を使用している。
それでも足りないものは、農具や弓、騎士団が使っていた槍や剣を装備させている。
しかし槍や剣、弓には大きな欠点がる。
それは訓練だ。それ相応に武器を使いこなすには鍛錬が必要だ。
これらの武器はそれが顕著で、本職の兵士と戦えば勝てる見込みは少ないだろう。
しかし! 旺盛な革命的精神を備えていればきっと一人一殺してくれるだろう。
私は兵たちが訓練している射撃場に向かった。
そこでは銃の取り扱いから行軍の仕方を教えさせている。
しかし練度は低い。我らがソ連赤軍の歩兵たちは一子乱れぬ行軍をしていたが(出来ぬものは消されたが)、ここの赤軍ではそこまで統率された動きはできていない。
しかし決起から十日で行進と統率された射撃が出来れば十分か?
「この棒のようなもので本当に戦えるんですかい? まだ槍や弩のほうが戦える気がするんだが……」
「安心してください。確かにこれは矢に比べれば命中度は下がりますが、絶大な威力ですよ」
「おぉ! 同志アウレ! やっているな!!」
「セルゲイさん!」
アウレは最近集まった連中にゴルシコフ銃の扱いを教えているようだ。感心である。
「これで本当に戦えるのか? 俺は弓の腕に覚えがある。そっちのほうがいいんじゃないか?」
「確かにこのゴルシコフ銃は射程、命中精度に難がある」
私はアウレから受け取った銃に火薬と弾丸を装填する。火蓋に火薬を入れて火縄をセットする。的を狙う。サイトがついていないからだいたいだ。
撃つ。轟音と黒色火薬独特の煙。的に命中していない。
「だがこの革命的な咆哮が腐敗した貴族どもの馬脚を乱す。それにこれは弓や剣と違い、撃ち方さえ覚えてしまえば女子供でも扱える。全ての人民が兵となるのだ。これが銃の素晴らしいところだ」
そう、昨日まで鍬を持っていたものが明日には勲章を得る兵士になるのだ。特殊な技能はいらない。人さえいればよい。そう人民さえいればよいのだ。
私は街の視察に出かけてた。私の革命的指導によりズルワルドの熱気は日々、右肩上がりだ。これに私は大きな生きがいを感じる。
「おや? 同志ケニノではないか? いつ帰った?」
「同志セルゲイ! 先ほどです。親方が新型の兵器を作ったので見せたいといわれたので同志に会う前に確認しようと……」
なるほど。兵器の件とプロパガンダについての報告を同時にしようとしてくれたわけか。
同志ケニノの働きに私は感涙を禁じえない。
しかし、新型の兵器とは一体なんなのだろうか? ゴルシコフ銃でさえ最新兵器のうちだろうに何を開発したのだ?
私たちが工房に到着するとその疑問が解けた。
そこには車輪のついた台車に乗った筒があった。
「り、榴弾砲ではないか!?」
「え? 同志はご存知なのですか?」
親方の話によるとゴルシコフ銃を大型にすれば威力の高いものが出来るのでは? という発想で作ったそうだ。
しかし作ったはいいが、重すぎで動かせないという問題が出たので台車をつけたという。
また馬で牽引できるようにも設計されているそうだ。
やるではないか。
確かにゴルシコフ銃はこの世界にはない強力無比な兵器であるが、城攻めには攻城兵器が必要だ。
鋳造技術に関しては疑問が残るが、前装式の大砲として小型ながらに撃てそうだ。
それに先んじて大砲を得られたというのはいい。
「いくつあるのだ?」
「銃の生産もあるんで今は試作をあわせて5つです」
「これも量産してくれ」
しかし、火薬を必要とする武器が増えると火薬不足が気になりだす。まぁ無くなれば作ればよい。
「同志! 同志! こんなとこにいましたか」
「ヘスラーかどうしたのだ?」
「騎士団だ! ヴァスドン関所からバアル率いる騎士団が2日前に出撃したって! 二千人くらいの軍勢だって!!」
「わかった! 指揮官を教会に集めろ! 出撃準備を下命しろ!!」
この大砲、早速使えるかもしれん。
バアル騎士団は街道を南下し、アラン平原の手前で進撃を停止した。その数二千五百人
対する赤軍もアラン平原に夜までに進出。塹壕と馬を防ぐための柵を張り巡らせた。こちらは総勢一千人。
圧倒的な劣勢であった。