革命的第7話
今日の王都ケルンはどことなく沈んだ表情をしている。天気のせいかはたまた予の心が沈んでいるからか……。
「今日は荒れそうだな……」
「さようで……もうすぐ円卓会議のお時間です、パーヴェル様」
もうそのような時間になってしまったか。儀礼用の宝剣を腰に帯びて執務室を出た。
しかし、いつまでも儀式めいたいでたちで会議を行いたくない。
そもそも会議に剣――武器を持ち込むというのも考え物だ。
昔の会議では議論が白熱しすぎて斬り合いが起こったという。
そのため会議への帯剣を禁じようとしたが、騎士の誇りを持参しないというのはいかがなものかと猛反対にあい、今は私も帯剣しなければならなくなってしまった。
会議室の重厚な扉が見えた。今より50年も前にデザインされた大扉は会議の重要性を訴えるように厳かに聳え立っている。
従者が予の来訪を告げる。扉が開いた。円卓と4人の騎士。私は扉からもっとも遠い位置の席まですすむ。
所定の位置につくと4騎士は腰に帯びた剣を抜き放ち、右手で剣を高らかに掲げ、それを腰の位置まで下ろし、すばやく顔の前に持っていく。
その動作が終わると私も同じように剣を抜き放ち、顔の前まで剣を運ぶ。
『我らは剣、遥か昔、この国が国で無かったとき、その時代から忠誠を誓いしケリトアザ4騎士団、王の参集に答えて参上いたした! 我らは遥か過去から未来まで、王の剣である!!』
騎士たちが斉唱する。次は予の番だ。
「遥か昔、この国が国でなかったとき、その時代より我が王国、我が血に忠誠を近いし我が騎士たちよ! 我が剣たちよ! 汝らの変わらぬ忠誠を誇りを思う。我、ケリトアザ王国、国王ケリトアザ・パーヴェルの名において円卓会議を開会する」
開会の詔というやつだ。騎士たちが一斉に剣を収める。ここにきてずっと壁際に立っていた大臣や予が招いた有識者たちが席に突き出す。
書記の準備が整っているのを確認して議題を話す。
「まずは軍事に関してだ。ハーデアン。頼む。」
「ハッ。不肖ハーデアン・ユルムリル、報告させていただきます」
彼は王国の東のユルムリル領を治めるケリトアザ騎士団4騎士の1人だ。彼の領地は魔王が率いる軍勢の最前線となっており、事実上の対魔王軍への最高司令官と言える。
「我ら中央軍集団においては先月陥落したセトアハ要塞の奪還に成功し、前線の再構築に成功しました。しかし、要塞奪還により中央軍集団は疲弊、北方・南方軍集団から兵員の引き抜きを行って兵力の回復に努めておりますが、これ以上の攻勢は不可能です」
「なるほど。よくやってくれた。魔王軍も疲弊していると聞く。今のうちにセトアハの守りを固めるのだ」
「まっってください王!」
「どうしたバアル?」
ヘイムリヤ・バアル。王国の南部を統括する者だ。
「ハーデアン殿は中央に兵力を集めようとしております! それでは南北の守りが手薄になります!」
バアルの治める南部においても少数だが魔王軍が攻めてきている。だがそれは陽動程度の戦力で、たいしたものではない。それは北方も同じだ。
「このままでは南北が抜かれ、中央軍集団が包囲されます!!」
「先も言ったはずだ。魔王軍は疲弊している。予の部下が確認をした。他にも同様の報告を複数聞いている。間違いないようだ。それに北のナナウス要塞に、南のアウデス要塞は堅城で有名だ。問題なかろう」
ここでやっとバアルが黙った。バアルは自分が指揮している南方軍集団から兵員が引き抜かれることを恐れている。
南方軍集団はそこまで魔物と戦っていない。なぜなら魔物がそんなにこないからだ。うわさによると魔王城からもっとも離れた場所だから兵站が難しいと聞いた。
「では、次だ。今年の租税についてだ。今年は豊作に恵まれたそうだな。よきことだ。そのため今年は税収を少し引き上げようと考える」
「恐れながら王よ。ユルムリル領の税については……」
「皆まで申すな。わかっておる。民はすでに戦で悲鳴を上げている。男手も兵として採られておろう。ユルムリル領は例年通りでよかろう」
ハーデアンは「ありがたき幸せ」と頭を下げる。他の貴族たちはかなり不満そうだ。
それはそうだ。国からの租税が高くなれば自分たちの租税を上げられないからだ。
無理にでも上げてしまえば民が飢えて冬が越せない。それはさらなる税収の低下を招く。
だから国の税が多くなることが不満なのだ。
しかし、国から貴族たちへは褒章を与えている。最終的な収入は変わらないだろうに……。
「では他にあるものはおるか?」
「恐れながら王様、申し上げてよろしいでしょうか?」
「おぉ! アナトトス先生! どうぞ!!」
アナトトス先生は平民の出だが、商才に長けた人物で、頭の回転がいい。学者としても名が高い。
「先生とは……老いぼれをあまりいじめないでくだされ」
「いじめてなどおらぬ。学校ではそう呼ばれておろう」
「そうでございますが、その学校についてです」
彼は街に学校を建てて子供たちの教育をしている。学校へは貴族でも商人でも入学して様々は知識を得ることが出来る場所だ。
以前までの学校といえば魔法の心得のあるものが錬金術や魔術を極める王立魔道学校くらいしかなかった。
そこでは才能さえあれば入学できる学校で、魔法以外にも軍事学や政治学、経済学に医学といった科目もある。
アナトト先生はそれをただ、普通の子供たちへも教育を行うようにと唱えたのだ。
たしかに王国をさらに発展させるためには多くの知識人が必要だ。
貴族の子供だけではなく、商人の息子も教育を受け、それを元に商売をすれば街が、国が潤うようになる。反対する貴族はいたが、無理に押して学校を設置したものだ。
「これまでの学校は貴族や商人の子供たちが行く場所でした。もっと門戸を広げるべきです」
「誰を入学させようよ言うのだ?」
「農民や女です」
農民や女!? これは盲点だ。確かに農民が農法を学べば不作が経るかもしれないし、女も修学させれば仕事につける女が増えるだろう。いい考えだ!!
「待ってください王!!」
また、バアルだ。
「女の修学などどの国でも聞いたことがありませぬ!! それに女は家事をしなければならないし、ただ麦を作るだけの農奴どもに教育を与えても、豚に真珠です!」
「しかし……」
「アナトト氏、この円卓会議の場は本来は王と我ら4騎士が政治を決める場。この席に座れるだけありがたいと思え!」
バアルの剣の柄が円卓にあたって大きな音を立てた。
いや、ぶつけたのだ。いざとなればお前を切り伏せるといっているのだ。
「黙れバアル!!」
「では王よ! 議が乱れた時は多数決を持つ。円卓の法にそって多数決を行うべきです!」
先々代の王が定めたこの多数決。民衆の声を聞くのは王の定め、民の声が聞こえない王は王にあらず、と決めてしまった。
これでは旧態に固執する騎士団の言いなりになり、変革を迎えられない。
国は絶えず変革していかなければならない。
出来ない国は、滅びるだけだ。
農民や女が通える学校は、反対多数であった。
会議は閉会した。これといった目新しいことがない会議であった。円卓から1人、また1人と参加者が離れていく。
残った人は何事かを耳打ちしている。予はその話が聞きたい。己の利益だけを求める話でもよい。
政治には民との対話が必要なのだ。民衆の意見が無ければ政治は空回りしてしまう。
だから予は平民出身の者を多く雇用した(反対意見は多いのだが……)。
そこに突然、息を切らした騎士が駆け込んできた。
「バアル様!! ヘイムリヤ・バアル様はおられますか!?」
「王の御前であるぞ!! わきまえろ!!」
「ズルワルドがおちました!! 鉱山守備隊も壊滅しました! 遠征中のバアル騎士団、神速のカムイ氏率いる第1中隊も全員殺されたそうです!!」
「ま、魔物か!?」「ズルワルドがおちるだと!?」「あの神速のカムイが死んだのか!? 冗談だろう!!」
「そなた! その話を詳しく話せ!! いつおちたのだ!?」
魔王軍がバアル領最大の工房都市ズルワルドを攻めたのか? あそこはケリトアザ王国有数の鉄の産地だ。陥落した知らせが本当なら騎士団を出さねばならない。
「王都まで早馬を使いましたが、5日ほど前です。敵は、ズルワルド周辺の農奴や中小工房の者たちです。男も女もなく手に武器を持って責めてきました!!」
まさか、一揆の軍勢にやられたのか?
「街の防備はどうだったのだバアル?」
「そ、それは万全でした。鉱山には中隊規模の兵員がおりましたし、反乱の知らせを受けたので我が騎士団精鋭中の精鋭、神速のカムイを送りました。不備は――」
「ではなぜズルワルドがおちたのか!?」
「王よ! 心配要りません!! これより領地に帰り、奪還作戦を企図いたします。なに、1週間もあれば有象無象の一揆勢など蹴散らしてくれます!! それでは!!」
しかし、農夫と工夫が共に反乱? どうしてそんな脈絡も無いもの通しで反乱を起こしたのだ?
革命的といいながら貴族サイド。
ちなみに私は王政についてもよくわかっていない節があるので王政について言及されても、殿下は物知りですね、としか返せませんのであしからず。