第八話 初代
サレナ曰く「ドラゴンの巣に突撃を仕掛けた」
酒場のマスター曰く「聖府軍と戦争をやらかしたことがある」
飲んだくれの人曰く「魔王がメンバーに所属している」
サレナやマスターに魔女の箒についての噂を聞いてみると、物騒なのが出るわ出るわ……。一体、何をやらかしたらこんなに大量の噂が生まれるのか謎なほどだ。これらが本当だとしたら、いろいろと凄過ぎる。
しかし、母さんがわざわざ紹介状を書いてくれた以上は行っておくべきだろう。それに、世の中の噂というのは大げさなものだ。都市伝説なんてものもあるし。きっと魔女の箒に関する噂もほとんどすべてが誇大表現とかそういったものだろう。
そう思った俺は、今晩の部屋だけ取っておくと石楽亭を出た。石楽亭のある場所からギルドの拠点がある場所までは徒歩五分ほどと、立地条件も問題なかったのだ。
「ほ、ほんとに行くんですか?」
「もちろん。せっかく母さんが紹介状を遺してくれたんだ、行かなきゃ悪い」
「ソル様がそういうのなら私は従いますが……」
「大丈夫だって、きっと普通のギルドだよ」
俺は心配そうな顔をするサレナの肩をポンポンと叩いてやった。するとサレナはしぶしぶという様子で足を動かし始める。俺はそんな彼女の手を引っ張ると、マスターにもらった地図を片手にギルドのある方へと向かった。
そうして歩いていくとすぐに、大きな建物が見えてきた。その城を思わせるどっしりとした建築物は、屋根の上に箒のマークが描かれた旗を立てている。ここが魔女の箒の拠点と見て間違いないだろう。俺の足が少し早くなる。
拠点の入り口までやってくると、なお一層建物は大きく見えた。大人が五人ぐらい並んではいれそうな大きな扉の上に、こちらの言葉で「魔女の箒」と書かれた看板がデカデカと掲げられている。
扉の取っ手に手をかけた時、中から何か悲鳴のようなものが聞こえてきた。俺が恐る恐る扉を開くと――。
「ぐわああア!!」
「のわッ!」
いきなり何かがぶっ飛んできたので、とっさにそれを受け止めた。俺の身体より一回り大きいそれをどうにか受け止めると、俺はそれが何なのかを知る。それは人間だった。それもかなりの大男である。何が原因かは知らないが、男がずたぼろになって飛んできたのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ。それよりあんた、しっかりしろ!」
俺が身体を軽くゆすってやると、男はうんうん唸りながらも眼を覚ました。
「ううん……ああ?」
「気づいたか? いったい何があった?」
「……す、すみません四代目! だから今日はもう勘弁して!!」
男はいきなり扉の方に向かって頭を下げたかと思うと、一目散に走り出した。ギルドの前の坂を転がり落ちるような勢いで下へ突っ走っていく。その様子を唖然とした顔で見送った俺とサレナは、思わず顔を見合わせた。
「……なんだったんでしょうか、いまの」
「……さあ? 中に行けばわかるんじゃないか?」
俺は閉じてしまった扉に再び手をかけた。心なしか、先ほどよりも重いような気がする。ミシミシと音を立てながら、扉はゆっくりゆっくりと開いていく。
扉の向こうには女性が立っていた。長い黒髪をポニーテールにして、この世界では相当珍しいであろう緋色の着物を着た人である。彼女は涼しげな印象を与える紅い瞳を大きく見開くと、ハッとしたような顔をする。
「……ああ、すまない! 先ほど、うちのギルドの者が迷惑をかけたようだな。大丈夫だったか?」
どうやら、さっき吹っ飛んできた男のことを言っているようだった。俺たちは一応、首をふるふると縦に振る。
「ええ、別に大丈夫でしたよ。それより、何が起きたんですか?」
「何、あいつが三連続で仕事を失敗したものだからな。ちょっとした折檻なんだよ」
「ちょっとした……」
笑いながら、本当に軽い調子で言った女性に少し呆れる俺。サレナはもうすでに「ヤバいです! 帰りましょう!」と眼で訴えていた。しかしそうもいかない。
「ところで君たち、うちのギルドに何か用があるのか? 扉を開けたようだったが」
「あ、俺たちその……ここのギルドに入ろうかと思って」
「おお、それはいい! 私はこのギルドのサブマスターをやっているカグラ・ミカヅキだ。よろしく頼む」
カグラさんはそういうと、俺に向かって手を差し出してきた。俺はぎこちない笑みを浮かべて握手をする。続いて、彼女はサレナにも手を向けた。サレナはそれに思いっきり動揺していたが、カグラさんはそんなことお構いなしとばかりに手を握る。カグラさんは、かなり強引な人であるらしい。
「早速だが、私についてきてくれ。さっさと登録手続きを済ませてしまおう」
「は、はいッ!」
◇ ◇ ◇
ギルドの内部はやはりというか、広々とした酒場の様になっていた。フローリングのような床の上に丸テーブルがいくつか並んでいて、戦士風の男や魔導師風の女など、数名の男女が談笑している。さすがに昼間から酒を飲んでいるようなものはいなかったが、ガヤガヤとかなり騒々しい。
カグラさんはそんなギルドの奥にあるカウンターへと直行した。そこにはエプロンドレスを着たメイドのような女性と、黒いローブを着て三角帽子をかぶった魔法少女チックな子が立っていた。
「カグラ、その子たちはなんや?」
「新しい登録希望者です」
「ふーん……」
少女は値踏みするような目で俺とサレナを一瞥した。そして納得したように頷く。
「結構ええ子たちやないか。私は魔女の箒四代目マスターのナツメ・ランシールや。よろしく」
え、この人がマスター?
ナツメさんはどう見ても、十代後半ぐらいにしか見えなかった。普通、ギルドマスターというのはもっと年のいった人がやっているものじゃないだろうか。俺は思わず、ナツメさんを上から下までじろじろと見てしまう。
するとその視線に気づいたのか、ナツメさんの顔が露骨に曇った。
「失礼やで、こう見えても私は正当な四代目なんや。今度そういう目をしたら、吹き飛ばすで?」
ナツメさんの手に魔力が集中した。すると彼女が手にしていた箒が風船のように膨れ上がっていく。もともとは俺の身長よりちょっと短いぐらいの長さの箒だったのが、やがて信じられないような巨大箒と化した。ナツメさんはそれを軽々と回して見せると、柄の部分をドンと酒場の床に叩きつける。さながら直下型地震のような揺れが俺たちを襲った。なるほど、さっきの男を吹き飛ばしたのはナツメさんか……!
俺たちが言葉を失っていると、カグラさんがふうっと息を漏らした。彼女はやれやれとばかりに言う。
「四代目、それぐらいにしてください。ギルドが壊れます」
「それもそうやな。ほな、手続きを済ませよか。フィリス、書類とって」
フィリスと呼ばれたメイド服の女性は、どこからか書類の束を取り出してきた。ここで俺は、母さんから渡されていた紹介状を取り出す。
「すいません、その前にちょっと見てもらいたいものがあるんですけど」
「なんや?」
「これです」
俺はナツメさんに紹介状を手渡した。すると、彼女は紹介状に書かれている母さんのサインを見て一瞬だが固まる。そしてすぐに封を開けると、その内容を食い入るようなまなざしで見た。
しばらくすると、紹介状の内容をすっかり読み終えたのかナツメさんは顔を上げた。彼女は俺の顔を緊迫した面持ちで見つめる。
「……なあ、これ本物なん?」
「もちろんそうですけど、何か問題でも?」
「あのな、このエリーファ・ステンシアっていうのは……うちの初代マスターなんや」
……なんだって?
アクセス数が恐ろしいことになっていると思ったら、まさかの日刊一位でした。
こ、これからも頑張らせていただきます!
12月31日、依頼の失敗回数を三回に減らしました