第七話 古都ラグナシル
サレナを拾ったその夜、俺たちは簡易テントを張るとその中で休んだ。サレナの話によると、いま居る場所から古都ラグナシルまでは一日も歩けばつくらしい。俺はあと四日はかかると見込んでいたが、そんなことはないようだ。どうやら、俺の歩く速度は自分で考えている以上に速かったらしい。
そうしてあくる日。草原を行く俺たちの前に大きな影が見えてきた。最初、大きな山か何かだと思っていたそれは、大きな街だった。古代の巨大都市のなれの果てと思しき山の表面を、石と漆喰でできたヨーロッパ風の建物が覆い尽くしているのだ。山から突き出している古代建築の残骸と中世風の建物が入り混じる様子は、ファンタジーな雰囲気にあふれている。
「あれが古都ラグナシル?」
「ええ、そうですよ」
「凄い大きさだな……」
日本の都市とはまた違う意味で迫力のある街だった。何というか、街全体が一つの建物のような印象を受けるのだ。日本の大都市が平面的なのに対して、丘に造られた立体的な街であるというのも大きな違いかもしれない。
俺が心の中で「すげー!」と叫んでいると、街の入り口が近づいてきた。丘を取り巻くように大人の背丈よりちょっと高いぐらいの壁が設けられていて、大きな門がある。そこに軍服を着た二人の門番らしき男が居て、街に入ろうとする人間をいちいち止めていた。
「なんか検問みたいなのがあるけど、俺たち大丈夫だよな?」
俺たちは二人とも、身分証明書とかその手の物を一切持っていない。だから、身分を証明してくれとか言われると困ってしまう。街について早々、不審人物扱いなんて勘弁してもらいたかった。
俺が少し不安げな顔をすると、サレナは首を横に振った。
「料金さえ払えば大丈夫ですよ。えっと確か、一人につき銅貨十枚だったはずです」
「そうか、よかった」
「私が以前のような格好をしてたら、怪しまれたかもしれませんけどね」
そういうとサレナは、着ているローブの端を掴んではにかんだ。奴隷の恰好のままではあまりにもということで、俺が与えたローブである。俺のお古なのでいろいろサイズが合わなかったりしていたが、サレナはこのローブをもらったことを馬鹿に喜んでいた。なんでも、こんな上等のローブはめったにないということだそうな。母さんにもらったものだったので価値についてはよくわかっていなかったが、結構すごいものだったのかもしれない。
俺はうれしそうなサレナにうんうんと頷いた。ここで前の人の手続きが終わり、門番が手招きをする。
「次の人どうぞ」
「はーい」
俺が歩み寄ると、門番の男は紙を片手に質問を始めた。質問といっても名前や年齢、出身地などとても簡単で形式的なものだ。そのため、俺は聞かれたことにすべて素直に答える。途中、出身地のあたりで門番の眉がピクッと動いたが、特に問題はなかったようで手続きはすぐに終わった。
サレナの方も特に何事もなかったようで、俺が手続きを終えるとすぐに彼女も手続きを終えた。俺は二人分の料金をまとめて支払うと、カードを二枚受け取る。
「これが滞在許可証となります。何か事件があった際に提出を求めることがありますので、絶対になくさないようにしてください。それでは、ようこそラグナシルへ」
◇ ◇ ◇
俺たちがラグナシルに入った時は、ちょうど昼時だった。冒険者が多いというだけあって食事処も多いのか、そこかしこから旨そうな匂いがしてくる。早めの朝食を食べてから何も口にしていなかった俺を、一気に空腹の波が襲ってきた。
「なあサレナ、どこかおいしいレストランとか知ってる?」
サレナは古都ラグナシルから少し離れた街、ランドエールの街で活動をしていた冒険者だそうだ。しかし、ラグナシルにはよく訪れていたそうで多少は土地勘があると言っていた。この町について全く何も知らない俺よりは、あてになるだろう。
「うーん……それなら『石楽亭』の酒場なんてどうでしょう? 宿屋の酒場なんですが、宿泊者以外にも食事を出してくれて凄く美味しいんですよ」
「へえ、結構よさそうなとこじゃないか。そこへ行くか」
こうして五分ほど丘を登ると、問題の石楽亭へ着いた。なんという建築様式なのかはわからないが、周囲の建物と比べてゴツゴツとした野性味のある建物である。観音開きの扉の上に掲げられた看板もまた、書道の達人が書いたような豪快な筆跡で書かれていた。
扉を開けると、そこは広々とした酒場になっていた。男たちが丸テーブルを囲み、昼間っから酒を飲んでいる。彼らの目の前には分厚い漫画肉のようなステーキがあって、旨そうな音を立てていた。これは……かなり期待できそうである。
「いらっしゃい! 宿泊かい、それとも食事かい?」
かなり背の高い丸椅子の上に腰掛けた老人が、何とも威勢のいい挨拶をしてくれた。人間とは違う種族なのか、俺たちの肩ぐらいの身長しかないがとても風格のある老人である。彼がこの酒場のマスター兼宿屋の主人なのだろう。
「食事を頼む」
「あいよ、じゃあこの中から注文してくれ」
親父はそういうと、薄い冊子を手渡してくれた。大ぶりな字で十数品のメニューが書かれている。
俺たちはその中でも「本日のおススメ!」と付箋の貼られたレッドファングのステーキというのを頼んだ。すると親父は目の前の鉄板で手早く肉を焼き、熱々のうちに俺たちに出してくれる。
「旨い! すげーやわらけえ!」
びっくりするほど柔らかくて旨い肉だった。肉の甘みが素晴らしくて、ジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる。そのくせ全く脂っこくなくて、上質な赤身のようだった。前世で食べた和牛よりもうまいかもしれない。
サレナもまた、笑顔で肉にかぶりついていた。おいしさのあまり顔が少しだらしないことになってしまっている。だがその様子はとても幸せそうで、見ているこっちまでいい気分になるようなものだ。
「食った食った……。旨かったな、サレナ」
「はい、最高でした!」
食事を終えた俺たちは、互いに満面の笑みを浮かべた。それを見ていた親父も、どうだと言わんばかりに豪快に笑う。
「ガハハ! どうだい、最高に旨かっただろ? この宿屋に泊れば、こんなうまい飯が毎日食えるぜ?」
親父はどこからかさりげなく宿帳を取り出した。なんて商魂たくましい人なんだと思ったが、すでに胃袋を掴まれちまった俺は心が大きく揺らぐ。チクショウ、うまい商売をしやがるぜ!
「……サレナ、ここから魔女の箒の拠点って遠い?」
「魔女の箒ですか?」
サレナはポカンと眼を丸くした。ああ、そういえばまだサレナには言ってなかったっけ。
「俺はこれからそこの世話になるつもりなんだよ。母さんの紹介状があるんだ。だからだよ」
露骨にサレナの顔が蒼くなった。桜色の唇から血の気が引いて、紫になっていく。いったい、何があったんだ? 俺は少し嫌な予感がした。
「……もしかして、魔女の箒ってなんかヤバいことでもやってるの?」
「いえ、そういうわけではないです。四代も続く伝統と実力のある名門ギルドですよ。ただ……」
「ただ?」
「魔女の箒は、大陸一命知らずなギルドって言われてるんです――」