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チート魔導師と魔女の箒  作者: 夢影
第四章 秘密の遺物
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第二十四話 歯車崩し

 梯子をハッチから飛行船の中に侵入すると、そこはずいぶん未来的な造りとなっていた。銀色に輝く床と壁が長く伸びており、その中を無機質なサイレンが響いている。俺の侵入はすでに敵の知るところとなっているようだ。


『第三区画閉鎖! 総員退避、退避!』


 壁に備え付けられたラッパのような形の魔道具から、男の怒号が響いてきた。それと同時に天井から金属製の壁が滑り降りてくる。ストンストンストン。あっという間に俺は隔離されてしまった。


「無駄だ」


 俺は正拳づきの要領で腰に腕をやると、拳に力を集中させた。俺の拳に淡い光が宿り、魔力が唸りを上げる。腕全体をバチバチと火花が散り始めた。


「ハアッ!!」


 拳がぶつかった瞬間、厚い金属製の隔壁は障子でも破くようにぶっ飛んだ。コントか何かで人が障子を突き破るシーンがあるが、まさにあんな感じだ。轟音とともに裂けた隔壁はさながら巨大な弾丸のようになり、さらに前方の隔壁をぶち破る。二枚、三枚……まとめて四枚の隔壁を一撃で破ることができた。


「意外と柔いな。これなら普通に破れそうだ」


 ラグビーのタックルよろしく肩を突き出す姿勢を取ると、俺は全速力で走り始めた。やがて前方の隔壁が迫ってくるが、俺はそのまま体当たりをかました。金属製の壁に大穴が空き、俺はそこからさらに前進を続ける。

 そうして何枚かの隔壁を破ると、それきり隔壁の姿は見えなくなった。どうやら閉鎖されていた区画を抜けたようである。が、その代わりにおびただしい数の戦闘員が現れて俺を囲んでくる。黒いローブを着た連中は杖や銃を構え、次々に攻撃を放ってきた。

 魔法は効かないが、銃は当たれば痛い。バックステップを踏んでそれらをかわすと、俺は一気に集団の中へと斬り込んだ。接近戦になり銃が使えなくなった戦闘員たちは杖で殴りかかってきたり、対術を駆使して攻撃してきたりするが、いずれも鈍い。俺はそれらを交わしながら杖を振りまわし、ものの数分でそこら中に居た戦闘員たちを無力化した。

 俺はぶっ倒れている戦闘員たちに近づくと、そのローブを奪った。そしてそれをマントのようにして服の上に着込むと、仮面をはずして顔を覗き込む。仮面の下は、三十前後のやや髭の目立つ男だった。


「おい」


「な、なんだ!?」


「ジーンの居場所を知ってるか?」


「し、知らん!」


 俺は男の胸元に手を当てると、少しばかり力を入れて押した。すると肺の収縮がまともにできなくなった男の顔色がたちまち悪くなってくる。そうして金魚よろしく口をパクパクとさせ始めた男に、俺はもう一度聞いてみた。


「ジーンはどこだ?」


「えっと、ジーンとはグリガ様のことか? なら、きっと、司令室だ。司令室なら、この通路の、先にある。それ以上のことは、俺には、分からん……」


「わかった、ありがとさん」


 俺は手を離して男を解放すると、すぐさま通路を走り始めた。そうして走っていくとだんだん通路が広くなっていき、やがてホールのようなスペースに到着する。しかし、その半球状のスペースにはジーンの影はなく、代わりにやけに大きな扉だけがあった。


「なんだここ?」


「グアアア!!」


 俺がホールの真ん中あたりに立つと、扉から唸り声が聞こえてきた。やがて三メートルはあろうかという扉が押し開かれ、その向こうから巨大な影が出てくる。背中に巨大な斧を背負った筋骨隆々の巨人だ。赤銅色の身体はさながら小山の様で、丸太のような腕には血管が浮かび上がっている。顔は飛び出したような大きな目玉は俺の方を睨み、裂けた口からは荒い息が漏れていた。


「ここから先は通さんぞ!」


「門番ってわけか」


「その通り、死ねえ!!」


 男は背中の斧を抜き放つと、一気に振り下ろした。すると斧から竜巻が発生し、風の刃となってこちらへ飛んでくる。


魔力喰らいマナ・イーター!」


 俺は右手を突き出した。飛来した刃はすべて右手へと吸い込まれていき、懐に持っていた暴食の書がわずかに疼く。風の刃は一瞬にして消え失せ、あとには涼やかな空気の流れだけが残った。


「魔法は無効ってわけか! おもしれえ、なら力比べだ!」


 巨人は足を踏み込んで間合いを詰めると、俺の頭上めがけて斧を振りおろしてきた。俺はそれを真剣白刃取りの要領で受け止める。さすがにデカイだけあって、結構なパワーだ。だけど、俺の敵じゃない。


「せやアア!!」


「うおッ!?」


 俺が力を込めると、巨人の足が浮き上がった。奴はそのまま後ろにのめり、倒れてしまう。倒れた巨体の上に足を置くと、俺はその手から斧をもぎ取って部屋の端へと放り投げた。


「お、お前何者だ!?」


「何者だっていい。それより、この先にジーン……いやグリガの奴が居るんだな?」


「あ、ああそうだ。この先にグリガ様はおられる」


「ありがとよ」


 俺は巨人に向かって軽く手を振ると、奴が出てきた巨大な扉をくぐり抜けようとした。するとその時、後ろから何かが風を切るような音がする。その正体をすぐに察した俺は、反復横とびよろしく横っ跳びでそれを回避した。俺の耳元を巨大な斧が通り過ぎていき、壁に突き刺さる。


「なッ!」


「デカイ武器で不意打ちとか、無駄だからやめとけ」


 俺がドスを効かせてそういうと、後ろから小さく「ひッ」という声が聞こえた。身体がでかくとも、こういうときの声というのは小さいらしい。

 通路はそこからゆるやかな坂となっていた。もう人員が居ないのか、俺を攻撃してくる者はいない。俺はまさに文字通り無人の野を行くが如きスピードで通路を駆け抜けると、やがて巨大な窓のある部屋へと到着した。幸い、窓の外はまだ薄闇に包まれていて、日は昇っていない。

 百八十度に渡り窓が広がるその部屋には、この飛行船の舵と思しき木製のハンドルのようなものやさまざまな計器類がずらりと並んでいた。だだっ広い部屋で、畳で広さを表したら三桁に到達するかもしれない。そんな広い部屋の中央に椅子があり、そこに見慣れた小男が腰かけていた。


「や、またお会いするとは思いませんでしたな」


「俺だってできれば会いたくなかったさ」


「はは、そういわずに。しかしお強いですなあ、水晶玉で見ていましたが驚きましたよ」


 ジーンはそういうと、ポリポリと後頭部を掻いた。こういう様子だけを見ていると、本当にそこらの人のいいおっさんにしか見えないのだから、油断ならないものである。


「そんなことはいい。それより、鏡を返してくれないか? 無理だとは思うけど」


「それは確かに無理ですなあ。しかし、あなたの返答次第ではこちらにも案がある」


「まさか、俺に仲間にでもなってほしいのか。お前は何者なのかすら知らない俺に?」


 俺があきれたように言うと、ジーンはしまったとばかりに驚いた顔をした。


「おお、そういえば名乗ることを忘れていましたな。私はグリガ・ラトノフ、歯車崩しクロック・ブレイクに属しております」


 ジーン改めグリガは、そういうと椅子から降りて頭を下げた。歯車崩しクロック・ブレイク……全く聞いたことのない組織だ。属していると名乗ったことからすると、今ここでジーンが指揮しているのが全勢力というわけでもなさそうである。いったい何者なんだろうか。


歯車崩しクロック・ブレイクってなんだ?」


「おや、ご存じありませんか。結構有名だと思っていたんですがねえ……。歯車崩しクロック・ブレイクというのは打倒聖府を掲げる崇高な結社です。大陸中に支部がありまして、一国家に匹敵する戦力を持っておるのですぞ」


「そりゃまた……大層な連中だ」


「ええ、あなたも一緒にどうですか? ともに聖府を倒して我々の手に世界を取り戻しませんか? いま首を縦に振ってくれれば、先ほどの女の子、特別に助けてあげてもいいですよ。あなたの地位も相応の物を約束しようじゃありませんか」


 グリガは一息にそういうと手をにぎにぎとしながらニヤッと笑みを浮かべた。それに対する俺の答えは、もちろん決まっている。


「良い話だな。だけど俺は――お前と一緒に戦うなんて、死んでも断る!!」



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