第十三話 シェンガ村
飛行船が悠々と空を進んでいく。円筒形のクジラのような形をした船体が、雲海の中を滑るように飛んでいた。赤錆の浮いた黒鉄が太陽を反射し、キラキラと輝いている。
俺たちはこの飛行船に乗ってシェンガ村に向かっていた。飛行船というのは古代文明の遺産で、あちこちの遺跡に転がっている。そのためこの世界ではかなりポピュラーな存在で、今回俺たちが乗った船も運賃はかなり安い。乗合船と呼ばれるこの手の飛行船は、日本で言うところの高速バスのような存在なのだ。
『次はシェンガ村、シェンガ村です』
船内アナウンスが響いた。窓によりかかってうつらうつらしていた俺は慌てて身を起こすと、座席の下に置いていたコンテナバッグを膝の上に乗せる。
ガクンと船内が揺れると、エレベーターのような浮遊感が襲ってきた。窓の外を見てみると、地面がぐんぐんと近づいてくる。やがて、森と草原の境目にある大きな村が見て取れた。石造の建物が密集して並び、その周りを木の柵が取り囲んでいる。
「さっさと降りるわよ」
荷物を俺に預けてすっかり身軽になったアルニアさん。彼女は入り口わきの係員に運賃を手渡すと、地面までまだ若干距離があったがそこから飛び降りてしまった。仕方なく俺もそのあとに続く。
「すみません、ちょっと待ってください!」
サレナはさすがに飛び降りることができず、飛行船が着陸するのを待っていた。そしてタラップが地面に着くと同時に足早に降りてくる。
こうして全員そろったところで、俺は改めて村の様子を眺めた。
「ここがシェンガ村か。結構都会だなあ」
村というより、小さな町というのが適切な規模の集落だった。小奇麗な建物がいくつも並んでいて、通りには商店もある。人通りも割と多く、全体としてとても活気があった。
「森の中で魔結晶が取れるんだそうよ。それ目当てに人が集まってどんどん発展してるみたい。今回の依頼にあった森に消えた人って言うのも、ほとんどが魔結晶を捜してた連中らしいわね」
魔結晶というのは、自然の石に強力な魔力が宿ることによって形成される魔力の塊のような存在である。俺たちが今日乗ってきた飛行船のような魔法機械を動かすための燃料として用いられていて、最上級の物ともなれば何年もの間使うことができる。そのため、宝石並みの高値で取引される貴重な資源だ。無論、そのようなものが簡単に手に入るはずもないが、一攫千金を狙う輩が大量に現れても不思議ではない。
「へえ、ゴールドラッシュみたいな状態なんだ」
「ゴールドラッシュ? なにそれ?」
しまった、この世界じゃゴールドラッシュなんて言ってもわかんないよな。俺は慌てて首を横に振る。
「なんでもない、それより早く村長さんのところへ行こう!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
こうして俺は、駆け足で村の奥に聳える村長の屋敷へと向かった――。
◇ ◇ ◇
「ようこそわが村へ。村長のリッチベルです、よろしく」
屋敷の応接室へと案内された俺たちは、そこで依頼主の村長と対面した。成金全開といった雰囲気の初老の男で、ちょっとメタボリックな体型をしている。さらに手には太い金の指輪をはめていて、金持ちであることをアピールしたくてしょうがないと言った人物のようだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
アルニアさんの言葉と同時に頭を下げた俺たち。村長はそんな俺たちに手を差し出すと、順繰りに握手をしていく。そして最後に俺と握手をすると、革張りのソファにどっかと腰を下ろした。
「さっそくですが、これが森の中で行方不明になった者のリストです。ご確認を」
「男ばかりですね……それにかなり体格のいい人も……」
アルニアさんはいろいろつぶやきながらリストを回した。それ見ると、そこには男たちの写真が十枚ほど貼られていた。中には、本職の戦士といっても十二分に通用しそうなほどの逞しい者の姿も見える。見た目がすべてではないが、それなりの戦闘力がある者までいなくなっているとみていいだろう。
「魔結晶を捜す者たちには冒険者崩れの者なども多いですからな。そういった者までいなくなっておるのです」
「うーん、何か心当たりは? 森に住みついた魔物の話とか」
「そうですなあ……森の中にごく小規模なゴブリンの拠点があるらしいというのは聞きました。そのほかには特に……」
村長はそういうと、腕を組んだまま口ごもってしまった。まだ何か言うべきことがあるような雰囲気である。アルニアさんはすっと目を細くすると、村長の方を見つめる。
「村長、小さなことでもいいんです。何かあるなら言ってください」
「その……一年ほど前に妙な連中が森に入ったという噂が出たんですよ。ですがそれ以来、目撃者も現れなかったのでただの見間違いじゃないかということになりまして。一年も前のことですし」
「わかりました。では、明日の朝一番にゴブリンの拠点の調査に行きたいと思います。拠点の場所はわかりますか?」
「ええ、それでしたら魔結晶捜しの連中に聞けばすぐわかるでしょう。連中なら村の酒場に今日もたむろしてるはずですよ」
村長は窓の外を指さした。その先には、ビールジョッキを模したシンボルを掲げている酒場がある。昼間にもかかわらず、その軒先にはすでに酔いつぶれたと思しき男までいた。見ているだけで酔っ払ってきそうな場所である。
「ありがとうございます。ソル、サレナ。行くわよ」
アルニアさんの後に続き、俺たちは応接室を出た。ここでサレナが俺に耳打ちをしてくる。
「ソル様、今回の依頼どう思います?」
「たぶん、ゴブリンの仕業ってことはないだろうな」
ゴブリンというのは子供程度の体格をした緑色の亜人で、力は強いが知能は低い。一般人の大人一人でも武器さえあれば十分戦える程度の魔物だ。魔結晶を捜す屈強な男たちならば、さほど苦戦せずに倒せるだろう。
「そうですよねえ……。私、ちょっと悪い予感がして」
「大丈夫だよ、俺たちなら何が出てきても平気平気」
そういうと俺は軽く笑って見せた。サレナも少しは安心できたのか、硬くなっていた表情がわずかに緩む。
「ですよね! あはは」
笑いあう俺とサレナ。しかし、俺たちは気付いていなかった。これから碌でもないことが起きるということに――。




