第十一話 初依頼
少女は山を背負っていた。いや、正確には山ではない。山のように大きな魔物を背負っていた。
赤褐色の硬い岩のような皮膚と大きく裂けた口。そこからだらりと垂れ下がる長い舌。トカゲを万倍に大きくしたようなフォルムは、この世界に来てから本で何度も目にした炎トカゲことサラマンダーだ。
ギルドの前に立ってアルニアさんの到着を待っていた俺たちは、彼女が背負ってきたサラマンダーの大きさに圧倒された。二階建ての家ほどもあるその大きさは、小型の竜にも匹敵する。塔周辺の森にもなかなかいないサイズの魔物だ。
それを見たナツメさんは呆れたように息をつく。彼女はやれやれと額に手を当てながら、アルニアさんの方を向いた。
「おかえり。まーた土産を持って帰ってきたんやな」
「ただいま。村の人が是非にって言うから、せっかくだしぜーんぶ貰ったのよ。ギルドのみんなで食べればなんとかなるだろうし、最悪、町の人におすそ分けすればいいし」
「そりゃそうやろうけど……朝から近所迷惑やで。もうちょっと控えめにはできんの?」
「あはは、ごめんごめん!」
アルニアさんはサラマンダーをゆっくり肩から下ろした。ドーンと鈍い振動が響き、何か焦げたような匂いが漂う。思わず匂いの発生源と思しきサラマンダーを見てみると、紅い皮膚がところどころ黒ずんでいた。熱で皮が溶けて変色しまったようである。どうやらこのサラマンダーは「焼死した」ようだ。
「……サラマンダーが焼け死んでる?」
サラマンダーはとんでもなく火に強い魔物だ。火山などを住みかにしている彼らは、万が一マグマの中に落ちるようなことがあっても大丈夫なようにできている。ゆえに並大抵の炎では全く通用せず、焼死させるレベルになるとそれこそマグマを超えるような途方もない熱量が必要なのだ。
俺がサラマンダーの前で驚いていると、アルニアさんが近づいてきた。彼女は訝しげな顔をすると、俺とサレナを一瞥してつぶやく。
「そういえば、あんたたち誰? 見かけない顔だけど」
「あ、申し遅れました。俺はソル・ステンシア、新しくこのギルドに入った者です!」
「私はサレナ・コーストン。同じく、このギルドの新入りです」
「へえ、そうなんだ。頑張ってね。私はアルニア・フランハルト、他の連中からは豪火のアルニアって呼ばれてるわ。よろしく」
そういうとアルニアさんはさっさとギルドの中へと入ろうとした。正直、あまり俺たちのことに興味はなさそうである。だがここで、ナツメさんが彼女の行方を遮った。
「ちょっと待ち。実はなアルニア……その子たち、これからあんたのPTメンバーになるんよ」
「えッ? 冗談でしょ!?」
「それがなあ……」
ナツメさんはアルニアさんをギルド脇の路地へと連れていくと、そこでそっと彼女に耳打ちをした。「ウソ!」だの「ほんとでしょうね?」などというアルニアさんの声が、そちらの方から漏れ聞こえてくる。
そうして数分後、やや不満げな表情をしながらもアルニアさんは俺たちの方へと戻ってきた。彼女はぶっきらぼうな態度で手を差し出す。
「事情は聞いたわ。私としてはいまいち信用できないんだけど……四代目に頼まれたら断れないわよ。ということで、これからよろしく」
「よろしくお願いします!」
俺とサレナは一斉に頭を下げると、彼女と握手をかわした。とりあえず、俺たちはPTを組むことに成功したのであった――。
◇ ◇ ◇
アルニアさんに連れられて、俺とサレナはフィリスさんのところまで来ていた。フィリスさんの役職名はクエストマネージャーといい、このギルドで受けられるクエスト全般について司っているらしい。ただの受付嬢かと思っていたら、結構偉い人なのだそうだ。
「まずは、今の二人にどれぐらいの実力があるのか見させてもらうわ。フィリス、いいクエストある?」
「そうねえ……。この、ゴブリン討伐なんていかがかしら?」
フィリスさんは白い紙の束の中から、ゴブリン討伐と書かれた依頼用紙を取り出した。用紙にはそのほかにも場所はどこだの、何匹以上討伐することだの、いろいろと細かい条件が書かれている。が、それらを碌に読むことなくアルニアさんは首を横に振った。
「そんなのじゃ駄目よ。もっと難易度の高い依頼がいいわ」
「初っ端から難しい依頼させるつもりなの?」
「実力を見るのよ? 限界ぎりぎりまで頑張らせてこそ実力がわかるってもんだわ。私もついていくつもりだしね」
「そういうことなら……」
フィリスさんはカウンターの引き出しから黄色い紙の束を取り出した。先ほどまでより難易度が高い依頼がまとめられている束である。彼女はその中から、適当な依頼を見つくろう。
アルニアさんの説明によると、魔女の箒では、依頼を危険度順に色分けして管理しているそうだ。危険な順にブラック、レッド、イエロー、ホワイトとなっている。そのうちブラックだけは受けるのにマスターの承認が必要だが、基本的にそれ以外の三つは自由に受けられるそうだ。ただし、あまりに実力不相応な依頼を受けようとするとフィリスさんがストップをかけるそうだが。
「これならどうかしら? 森の調査依頼なんだけど、いろんな魔物と戦うだろうから実力がよくわかるはずよ」
フィリスさんが取り出した依頼用紙には「人が消える森の調査」と書かれていた。依頼主はシェンガ村という村の村長で、内容は村人が次々と森に消えているので調査してほしいとのことである。俺が見る限り、結構難易度の高そうな依頼だ。しかし報酬は金貨三枚とかなりの高額で、期限も三週間以内と結構長い。
それを見たアルニアさんは「そうそう、それ!」と言わんばかりに顔を輝かせた。
「面白そうな依頼じゃない。あんたたちも、そう思うわよね?」
「うーん、ちょっときつい気がしますけど俺もそれでいいと思います」
「私はソル様の意見に賛成ですッ!」
「よし、じゃあ決定! 出発は明後日だから、その間にしっかりと準備をしておくように」
こうして俺とサレナは、ひとまずギルドを出て旅の準備に取り掛かるのであった――。
今回で第二章が終わって、次回から第三章「人が消える森」に突入です。
今後もお付き合いのほど、よろしくお願いします!




