★ 海の香り
私はよく分からないけど、
その人に惹きつけられていた。
その人から目が離せられない。
心の波がだんだん高くなっている―――――。
「大丈夫ですか?」
その声で私は我に返った。
「は、はい・・・。」
「ごめんなさい、ウチの犬が・・・。」
「いえいえ・・・。すごく人懐っこくって―――――。」
私は緊張しすぎて上手く会話できない。
その人がもう一度、
私の顔を覗き込み、そして言った。
「初めて見る顔だけれど、どっかから引っ越してきたの?」
「はい。東京から。」
「東京かぁ、すごいね。」
「は、はぁー・・・。」
だめだ、
頭が飽和状態で次の言葉が出てこない。
「あ、そういえば名前聞いてなかったね。教えてくれる?」
「あっ、柏木明日香っていいます。」
「へぇ。俺は佐藤健人。地元の高校二年生。」
そう言って、隣に座って話しかけてくれた。
高校二年生って事は、
私と同い年か。
そう思うと緊張がちょっとずつ解れてきた。
「そうなの?私も高校二年。同い年だね。」
「すごい偶然だね。何高校に入るの?」
ギクッとした。
それはまだお母さんから聞かされていないから。
「・・・ごめん、まだ分かんない。」
正直、
この人と同じ高校だといいなと思った。
そうしたら、
私は今度こそお父さんに心から笑って「楽しい」と言える気がしたから。
そう思っていた私はまた泣き始めてしまった。
男の子の前で涙を流したのは初めてだ。
「そっか。」
その言葉を最後に会話が終わってしまった。
でもその代わりに健人は優しく、
私の涙を拭ってくれた。
その優しさが私の心にしみて、
更に泣いてしまいそうだった。
しばらくしてから、
お母さんから電話がかかってきた。
「私、もう帰るね。お母さんが心配してるみたいだから。ありがとうございました。」
そう言って私は頭を下げた。
「ううん。こちらこそ、ありがとう。」
それから最後に思い出したように彼が私に携帯のアドレスを聞いてきた。
お互いにアドレス交換をして別れた。
その日の晩、
自分の部屋で彼にメールをしようと電話帳を開いた。
kento.sea@XXX...
シーという犬に海で出逢った。
何かの縁ではないか?
それは健人も同じだった。
二人の出逢いは神様が導いてくれた「運命」なのではないだろうか―――――。