★ 運命の出逢い
私は、
お父さんの仕事の都合で引っ越しと転校を繰り返してきた。
よくお父さんが私の事を心配して、
「明日香、学校は楽しいか?いじめにあっていないか?」と聞いてくる。
その度に、
「楽しいし、いじめられてないよ。心配しないで、お父さん。」
と作り笑いを浮かべて返事をしている。
その言葉は嘘ではなかった。
でも、
新しい学校でできた友達とすぐ別れなければならない苦しみは、
お母さんにも、
もちろんお父さんにも分からなかっただろう。
高校二年生の、最後の引っ越しもそうだった。
都心がもうすぐ梅雨に入りそうだったある日、
学校が終わって家に帰ったら、
待ち構えていたかのようにお母さんが玄関に立っていた。
確かこんな会話をしていたと思う。
「明日香。」
「うん?何?」
「・・・一週間後にお父さんが鹿児島へ転勤なの。飛行機に乗って行くからね。」
「―――――分かった、準備しておく」
お母さんが悲しそうな、でも真剣な顔をして私の名前を呼ぶ時は、
たいてい引っ越しすることを言う時だ。
あの時もそんな顔をして言っていたかな。
学校に転校して初めてクラス替えを経験したのに、
すぐ新しくできた友達と別れなければならなかった。
友達は笑顔で見送ってくれたから私も泣くのをこらえていたけれど、
心の何処かで何かがチクリとした。
憂鬱な気分で鹿児島へと旅立った私は、
大きな間違いをしていたんだなと、
今になってから思う。
曖昧な記憶だけれども、
鹿児島空港に着いたのがお昼頃。
そこから車で30分ほど移動した新居で私たち家族は荷物の整理を始めた。
―――――夕方5時頃だっただろうか。
鹿児島はもう梅雨に入っていたにもかかわらず、
その日はたまたま晴れていた。
夕焼けが綺麗な時間に荷物の整理を終えた私は、
近くの海岸へと向かった。
海は私が一番好きな場所。
何処までも広がっている海を眺めていれば、
引っ越しで別れてしまった友達への思いも、
これからどんな生活が始まるのか分からない不安も、
全部忘れられる。
私はそんな海を写真に収めるのが好きだった。
その日も、
初めて来たこの鹿児島の海を残しておこうと思った。
実に綺麗な海だった。
言葉では表現できないくらい美しいオレンジ色。
その色が消えないうちに写真に撮っておきたかった。
―――――どれくらい時が経っただろうか?
夢中になって写真を撮っていた私の目には、
いつの間にか涙が溢れていた。
今でもなぜ涙を流していたのかは分からない。
でも、
綺麗な夕陽が私の不安を吹き飛ばしてくれたのは覚えている。
すうっと身体が軽くなった感覚があったから、
これからの生活に対しての大きな荷が下りたんだと思った。
安心したのか、
更に頬が濡れていく私の耳に、
誰かが近づいてくる音が聞こえた。
その足音はだんだん近く、
そしてだんだん大きく聞こえてきた。
その瞬間、
私は誰かに押し倒された―――――。
涙で顔がぐしゃぐしゃの私の前にあったのは犬の大きな目だった。
私が大好きなゴールデンレトリバーだ。
何か強い糸に引っ張られたような気がした私がその犬をなでていると、
もう一人誰かがこっちに向かってくる足音が聞こえた。
「飼い主さんかな?」
そう思っている間に足音はもう消えていて、
その代わりに私の目の前に男の人の影があった。
その影が今度は私の泣きじゃくった顔を覗き込むようにしてこう言った。
「すみません。ケガはありませんでしたか?」
それが、
私と運命の人との出逢いだった。