さよなら元気でね
それから、何かが劇的に変わったということはない。
結子は相変わらず忙しく、公爵はそれを上回る多忙で、しかも社交シーズンということもあって目が回るほどだ。
コルネリアの母は、折を見て離縁と修道院行きが公表される。
シーズン最後の日、結子は治りかけの頬を化粧で隠し、王家主催の夜会に出た。
伝手を辿り、血縁上の兄となるジルヴァ・オディットが招待されていることを知ったためだ。
結子のデザインしたドレスをいち早く入手した夫人は、察しながらも何を問うこともなく二人を引き合わせた。
「初めまして。アレクシオス・デイビス公爵が長女、コルネリアでございます」
向かい合った青年は、穏やかな雰囲気のまま、眩しそうに結子を見つめて腰を折った。
「お初にお目にかかります。隣国サルフェから参りました、ガレド・オディット伯爵が三男、ジルヴァと申します」
二人はあくまで、この場が初対面である。
興味津々とばかりにちらちらと集まる視線に、しかし結子は余裕たっぷりに微笑んで見せた。
「父より、オディット伯爵令息のことは聞き及んでおります。目利きに優れ、質を見極める慧眼がおありだと申しておりましたわ」
「もったいないお言葉です。公爵閣下には、我が商会に目をかけていただき感謝しております。閣下が大切にされているご令嬢は、どことなく我が国の色彩に近しい髪と目をお持ちなので、勝手ながら親しみ深く感じておりました」
驚いたことに、公爵はすでにジルヴァと何年も前から付き合いがあり、懇意にしているという。
フラットな感覚の人だとは思っていたが、これはさすがにちょっとどうかと思う。気にしなさ過ぎではなかろうか。
圧倒的な権力と余裕の差と言ってしまえば、そうなのだろうけれど。
「母の家系に隣国から嫁いだ方がいたようなので、先祖返りかもしれませんわね。不思議な縁でございます」
これは本当。言い訳、というか理由づけのために、ルネと分厚い貴族図鑑を読み漁ったから確かだ。
隣国とは長い間友好関係があり、国を跨いで結ばれる夫婦は時折りいる。
ありふれてはいないが、珍しいというほどのことでもない。
でも、こうして向き合うことで、少なからず話題には上るだろう。
コルネリアとこの人は、あまりに似すぎている。
「……ご令嬢の元に釣書をお送りしましたが、こうして話せたことで果たされました。閣下にお伝えいただけますか」
まったく知らない事実だったが、つゆにも感じさせず結子は鷹揚に請け負った。
これは、教えてくれていいことだと思う。あとで公爵にクレームを入れよう。
「あなたや商会の、末永い繁栄を願っております」
「ありがとうございます。……ご令嬢も、どうか健やかにお過ごしください」
心のどこかで、この場から離れがたいと未練がぐずる。
それを強引に引き剥がして、踵を返した。
これで、きっと会うことはない。さよならだ。
結子が決めた、結子とコルネリアのための決別。
もう返事はないけれど、せめて心の中で彼女に伝えよう。




