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憑依生活スタート

よろしくお願いします!


とある女性の一生を、ただ眺めていた。


愛に希薄な家庭に生まれ、使用人に世話され、育ち、教育を受け、学び、学び、政略的な婚約、婚姻、務め、子を産み、務め、子を産み…最期に見たのは、子を抱く知らない女と、その肩を抱く夫。


ひたすらに感情を押し殺し続け、人形のように笑みを貼りつけた女性の人生を、何度も繰り返し。


助けたくて手を伸ばしても、抱きしめたくて手を伸ばしても、必ず空を切るうちに、眺めるしかなくなった。


目を逸らせなかったのは、いつの時も凛と振る舞う彼女が、どれほどのものを乗り越えてきたのか、知っているのは自分だけだったから。


淑やかに、控えめに、常に一歩下がって。

誰よりも努力し続ける彼女は、誰からも顧みられることはない。


ああ、抱きしめたいな。この子に会いたい。

名前を呼んで、抱きしめて、知っているよと言ってあげたい。


一方的に眺め続けて、揺蕩うような微睡みの中、強く願った。





────あはは。これ、抱きしめられないじゃん。


鏡の前で着替えさせられながら、佐倉 結子(さくら ゆいこ)は少女に似つかわしくない苦笑を浮かべた。


いや、()()コルネリア・デイビスだ。夢のような意識の中で眺めていた、頑張り屋さんで孤独な女の子。

彼女の中に、というか彼女として、今の結子は生きているらしい。


────コルネリア。


心の中でそうっと、宝物を包むように優しく柔らかく呼びかけると、ずっと奥のあたたかな場所で、確かに彼女を感じる。


結子が少し首を傾げると、鏡の中で少女も同じ仕草をした。


淡い水色のまっすぐな長い髪、瑠璃色の澄んだ大きな瞳。

バチバチ音がなりそうに濃いまつ毛に、小さな赤い唇と、おまけに左目の泣きぼくろ。


「なんって可愛いの……」


何度も眺めていたはずなのに、それはもうとびきりの美少女がそこにいた。結子の胸が弾む。


結子は、ごくごく普通の会社員として働き、結婚し、子に恵まれ、それなりに生きて病で死んだ。


夫や子供にもだが、実家の家族にも友人にも恵まれていたと自負している。

早めではあったが、悔いの残る最期ではなかった。


どういうわけか、結子は死ぬ間際か死んだ後かに、コルネリアの一生を眺める機会を得た。

異世界系ジャンルの小説や漫画を読んだことはあるが、今のところ〝この話だ!〟と思うものはない。


まあとにかく、眺め続けたコルネリアの中に、どうしてか結子が出没したというわけだ。


出没? 憑依? 転生? よくわからないが、コルネリアの身体であり結子の意識である中にも、確かにコルネリアの存在も感じるのだから、共存と言ってもいいだろうか。


それに気づいたのが、今朝のこと。

なんとなしに鏡を見て、そういえば以前にも眺めたことがある光景だと思った時には、すでに結子だったのだと思う。


嬉しい。最初に思ったのは、それだけだった。

混乱より何より、ただ嬉しい。

抱きしめることは、残念ながら同じ身体のためできないが、結子はコルネリアの努力を誰よりも知っている。


コルネリアは傷ついて疲れて、一時的に休みたくなったのかもしれない。

でも、時間は流れ続けるのだから、コルネリアの気が向く時までは、結子が彼女の人生を代わりに歩いておこう。

幸いなことに、これまで学んだことは、身体が覚えている。


いつか帰って来たくなったら、帰って来たらいい。

残念ながら結子は結子だから、コルネリアのようには生きられないが、帰って来たくなるような場所を作ろう。

もしずっと帰りたくなくても構わない。大切に、大切に守ろう。


「……よし。わたしは、わたしらしく」


結子は、結子にしかなれない。コルネリアみたいに立派な人間じゃない。

でも、たぶん世界で一番、コルネリアの味方だ。


「お嬢様、言葉遣いが乱れておりますよ」


判を押したように同じ表情しか見せない専属侍女の指摘に、結子はにこりと笑う。

いつもより口角が上がってしまったのか、侍女の目がわずかに見開かれた。


「ありがとう、ルネ。気をつけるわ」


「……とんでもないことでございます」


名前を覚えられていたとは思わなかったのか、ルネは微妙に返事が遅れた。

覚えていたのは、コルネリアの身体。結子はただ、彼女の知識を借りただけ。


でも、名前で呼ばれる方が嬉しい。少なくとも結子は。


「旦那様がお待ちです」


「わかったわ」


今日は、記憶の中のいつだろう、なんて考えながら、結子は新しい一歩を踏み出した。



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