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死体愛好家  作者: Cyulios
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腐っても死体

「腐っても死体、という言葉がある」


椅子に座って結晶と格闘していたミリが、顔を上げた。眉間に寄せられた皺は、俺の放った高尚な哲学に対する深い困惑の表れだろう。


「いいか。死体ってのは既に腐敗のプロセスに片足突っ込んでる。だから、そこから多少時間が経過してさらに腐ったところで、大勢に影響はない。価値の目減りは誤差の範囲内ってことだ。発酵食品みたいに味わいが出る場合すらある」

「はあ……」


ミリの反応は鈍い。


無理もない。俺も喋りながら何を言っているのか分からなくなってきた。要するに、俺が言いたいのは「ガラクタ箱の底から出てきたこの失敗作にも、まだ使い道はあるかもしれない」という貧乏性の言い訳だ。


「ほら、これだ」

俺は掌に乗せた『それ』を、彼女の目の前に差し出す。


一見すると翼の生えたトカゲのような奇妙な生物だ。眼窩には安物のガラス玉が嵌め込まれ、背中には透明な虫の羽が移植されている。


「『シルフ』だ。森の妖精なんて呼ばれることもあるが、実態はただの羽虫みたいな魔力生物だな。お前らエルフがよく、ペットだか非常食だか知らんが、森で連れ歩いているやつだろ?」


ミリの目が大きく見開かれた。


「シルフ……!懐かしいです、森の匂いがします」

「そりゃそうだ、詰め物に杉のチップを使ってるからな」

俺はシルフの背中にあるスイッチ――脊椎に埋め込んだ起動術式――を親指で弾く。


ブゥン、という低い羽音と共に、ガラス玉の瞳がポゥと淡い緑色に発光した。乾燥した四肢がピクリと痙攣し、俺の手から離れてふわりと宙に浮く。それは俺の周囲を不規則な軌道で旋回し始めた。蛍のような、頼りない光の尾を引きながら。


「こいつは俺がまだ駆け出しだった頃に作った習作だ。コンセプトは『自律照明コンパニオン』」

俺は空中を泳ぐシルフを目で追う。


「生きているシルフは風を操ったり、花粉を運んだりと多機能らしいが、このネクロ・シルフではそんな機能はオミットされている。こいつにできるのは、ただ一つ。『光ること』だけだ」

「光る……明かり、ですか?」

「そうだ。マナの消費効率は極限まで切り詰めてある。俺が作った他のどのネクロよりも燃費が良い。結晶の屑みたいな余りカスでも、一晩中飛んでいられる」

俺は空中でシルフを捕まえようと手を伸ばすが、奴はヒラリと身をかわした。


「おまけに、こいつには持ち主のマナ波長を登録して追尾する機能がついている。つまり、手放しでも勝手に光源がついてくるわけだ。夜道で両手が塞がっている時なんかには便利だろ?俺はこれで大金持ちになる予定だった」

「すごいじゃないですか!」

ミリが感嘆の声を上げる。

「燃費が良くて、勝手についてきてくれるなんて……どうしてそれが不良在庫なのですか?」

「簡単な話だ」


俺は作業台の引き出しから、何の変哲もないクリップ付きの小型ランプを取り出し、カチリと点灯させた。強烈な白色光が部屋の隅々まで照らし出す。シルフの頼りない緑色の光が、一瞬で掻き消された。


「こいつの燃料代は、シルフを動かすマナ・コストの十分の一だ。しかも、もっと明るい」

「あ……」

「それに、『勝手についてくる』機能だがな」

俺はランプのクリップを自分の胸ポケットにパチンと挟んだ。

「こうすりゃ、両手はフリーだ。マナ制御の追尾プログラムなんて組まなくても、物理的に固定すりゃあ光源はついてくる。重力と摩擦はいつだってタダだ」

俺はランプを消し、再び薄暗がりの中で飛ぶシルフを指差す。

「要するに、技術の無駄遣いってやつだ。ネクロマンシーでやる必要のないことを、わざわざコストをかけて実現しただけの道楽。市場価値はゼロ。だからお蔵入りしてたんだよ」


そう、これは俺の黒歴史だ。


「技術的に可能であること」と「実用的であること」の間にある、深くて暗い溝。その溝に落ちて死んだアイデアの死骸だ。シルフは相変わらず、主人の自己嫌悪など知らぬげに、楽しげな羽音を立てて俺の周りを回っている。


その淡い光は、確かに実用性には欠ける。本も読めないし、足元の泥濘みを見分けるのすら怪しい光量だ。だが、地下工房の闇の中ではその緑色の燐光だけが、妙に有機的で、優しげに見える。


「……やるよ」

俺は短く告げた。

「え?」

「お前にやるって言ってるんだ。俺が持ってても邪魔なだけだし、売っても二束三文にもならん。お前なら、その体内の循環マナだけで一生飼い続けられるだろ」

俺は人差し指を立てて、シルフを誘導する。


簡単な命令コード。ターゲット変更。シルフは空中で八の字を描くと、今度はミリの方へとふわりと飛んでいった。そして、彼女の尖った耳の先に、ちょこんと着地する。

「あ……」

ミリは身じろぎもせず、自分に乗った小さな同居人の重さを確かめるように目を閉じた。淡い緑色の光が、彼女の白磁の肌を照らし、長い睫毛の影を頬に落とす。


その光景は、悔しいことに絵になっていた。薄汚れた実験室が、一瞬だけ神聖な森の奥に変わったかのような錯覚。俺の作ったガラクタが、彼女の一部になった途端に異なる意味を持ち始めた気がした。


「温かいです」

ミリは嬉しそうに呟く。

「……ありがとうございます、ご主人様。大切にします」

「礼を言われるようなもんじゃない。ゴミ処理の手間が省けただけだ」

まったく、死体のくせにいい笑顔をしやがる。この「ゴミ」を今日まで捨てずに取っておいたのも、あながち無駄じゃなかったような気がしてくるから不思議だ。


俺はそっぽを向きながらミリに進捗を確認する。

「ところで結晶へのマナ充填、コツは掴んだか?」


ミリは、小鳥を愛でるような手つきで包み込んでいた両手を開いてみせた。そこにあったのは、先ほどまでの濁りきっていたガラス玉ではない。内側から淡く、しかし確かな燐光を放つ、高純度なマナの塊だ。


「……いい調子です。温かい水が、器の中に満ちていくような感覚でした」

「ほう」

俺は眉を上げないように努力しながら、その結晶をつまみ上げる。


指先に伝わるピリピリとした感触。高密度に圧縮されたマナが結晶から漏れ出そうとしている振動だ。ほぼ飽和状態か。


できそうだとは思っていた。俺が描いた回路図の上では、理論上可能な数値が出ていた。


だが、机上論と実地試験の間には、いつだって深い谷があるものだ。それがこうもあっさりと飛び越えられるとは。ここまで理論通りの結果を出されると、逆に落ち着かない気分になる。


そもそもこの魔力結晶って代物は、自然界の気まぐれが産んだ奇跡の産物だ。地脈の交差点だとか、ドラゴンの寝床だとか、マナ濃度が致死レベルに達している特異点でのみ採掘される鉱物。


その内部構造はアモルファス状の特殊な檻になっていて、マナという暴れ馬を物理的に閉じ込めておける唯一の天然素材。


人間がこれを使い捨てにするのは、贅沢だからじゃない。再利用が実質的に不可能――いや、コストに見合わないからだ。人間の体内に蓄えられるマナなんてのは、飯を食って消化した際に生じる代謝の残りカスみたいなもんだ。マナ圧が低すぎるし、量も濃度もしれている。


人間一人が全力でいきんでも、この小さな結晶一つ満タンにはできない。結晶内のマナ圧が高まるにつれて充填効率は落ちていく。干からびてミイラになるのがオチだ。


だから俺たちは、空になった結晶を燃えカスとして廃棄する。王都のゴミ捨て場には、こうしたガラス屑が山のように積まれている。


だが、俺の工房は違う。


俺は作業机の下、ガラクタ入れと化している木箱を取り出した。ジャラジャラと乾いた音を立てて、大量の空の結晶が現れる。極度の貧乏性と怠惰が生み出した、無価値な鉱物の山だ。


「……ご主人様、これは」

ミリが目を丸くする。

「俺の散財の履歴だ」

俺はその中から、先ほどよりも二回りほど大きな、握りこぶし大の結晶を選び出した。

「次はこいつだ。容量はさっきの十倍はある。……いけるか?」

ミリは少しも躊躇わなかった。

「やってみます」

俺から結晶を受け取ると、再び両手で包み込む。その表情は真剣そのものだ。頭の上に乗ったシルフが、応援するように明滅している。


「いいか、焦るなよ。さっきと同じ要領だ。ゆっくり、細く、長く流し込め。急激な加圧は結晶構造を破壊する」

「はい。……細く、長く」

ミリは再び目を閉じ、結晶を包み込む。

耳の上では、相変わらずシルフがご機嫌な羽音を立てて明滅している。


静寂。


一分。二分。


やがて、彼女の指の間から、淡い光が漏れ出し始めた。最初は弱々しく、しかし確実に光量は増していく。


吸気。呼気。


彼女の呼吸に合わせて、黒く濁っていた結晶の中心に、ポツリと小さな光が灯る。それが徐々に広がり、白い濁りを透明な青へと染め上げていく。俺は腕を組み、その光景を冷静な顔で見守る。心臓の鼓動が少し早くなっている。


(マジかよ)


内心の独り言は、誰にも聞かれない。


エルフという種族がマナと親和性が高いのは知っていた。だが、ここまでの出力が出せるとは。


エルフには工学的な発想がない。奴らは森の中でマナの温泉に浸かっているようなもんだから、わざわざそれを瓶詰めにして持ち運ぶなんてケチ臭い発想に至らなかったんだろう。


ハードウェアとしてのエルフは、間違いなく俺たちとは別格だ。それとも、俺が埋め込んだ『ヘヴィ』のインクによる配線が、本来のリミッターをぶち壊してしまったのか。


乾いたスポンジが水を吸うように、透明な石が意味と価値を取り戻していく。


五割、七割、九割……。


「……っと、そこまでだ」

俺は彼女の手首を掴み、強制的にリンクを切断した。

ミリがハッとして目を開ける。

「ご主人様? まだ入りますが」

「満タンまで詰め込むと、わずかな衝撃で爆発する手榴弾になるぞ」

それも半分は本当だ。だが、もう半分の理由は別にある。


「それに今はまだ、お前の丹田や体組織に元々ストックされていた予備マナを使っている段階だ。バッテリーみたいなもんだな。使えば減る」

「減ったら、どうなるのですか?」

「ガス欠だ。意識が飛ぶか、最悪の場合、生命維持に必要なマナまで使い込んで機能停止する。お前のキャパがどれほどなのかは、俺も正確に把握しているわけじゃない」

俺はもっともらしい警告を並べ立てる。


「……そうですか。申し訳ありません」

ミリはしゅんとして、出来上がった結晶を差し出した。

俺はそれを受け取り、光にかざす。


完璧だ。市場で買えば金貨数枚は下らない特級品が、たった数分で出来上がった。


俺は努めて平静を装い、内心の歓喜を押し殺す。これで『聖女』を動かすコストはゼロになった。安全マージンを取るなら、ここで切り上げるのが正解だ。


一方で脳裏には別の計算式も浮かんでいた。過負荷試験はハードウェアの信頼性を知る上で不可欠だ。仮にマナを使い果たして倒れたとしても、所詮は死体だ。再起動に多少の手間がかかるだけで、データは取れる。


冷徹な計算だが、それが俺の仕事だ。


「だが、限界を把握しておくのも悪くない。いけるか?」

俺は木箱をひっくり返し、空の結晶をテーブルにぶちまけた。

「ありがとうございます!」

ミリは嬉々として作業を再開する。


一つ、また一つ。

淡々と、しかし確実に、テーブルの上に輝く宝石の山が築かれていく。

五個、六個……八個。


さすがにペースが落ちてくるかと思ったが、彼女の手は止まらない。額にうっすらと汗が滲み、呼吸が少し荒くなってきたが、瞳の光は衰えていない。


十個目。

握り拳大の特級品が満タンの輝きを取り戻して転がったところで、ミリの手がピタリと止まった。


「……ふぅ」

彼女は大きく息を吐き、肩の力を抜いた。


顔色は悪くないが、指先の震えが限界を物語っている。こんなところだろう。


「十分だ。上出来すぎて怖いくらいだ」

俺はテーブルの上を眺め、頭の中で素早く計算機を叩く。特級クラスの結晶十個分。内包されているエネルギー総量は、スラム街を一つ消し飛ばせる熱量に匹敵する。


体積で言えば、ミリの肉体の何分の一かという量だ。


高いところから低いところへ水が流れるように、高圧部から低圧部へマナは流れる。つまり、彼女がこの結晶にマナを「注ぎ込めた」ということは、彼女の体内を循環しているマナの密度は、この高純度結晶の内部圧力よりもさらに高いということになる。生体そのものが、超高密度のリアクターだ。


「これなら、『聖女』を一時間稼働させてもお釣りがくるな」

俺は満足げに頷き、結晶の一つを指で弾いた。


チン、と高く澄んだ音が響く。それは、俺の懐事情が劇的に改善したことを告げる、勝利の鐘の音に聞こえた。


「よくやった、ミリ。褒美だ」

俺はポケットから、ハッカ味の飴玉を取り出して放ってやる。

「わあ! いただきます!」

彼女はそれを空中で見事にキャッチし、包み紙を剥がして口に放り込む。


頬を膨らませて幸せそうに微笑むその姿は、数瞬前に街一つ破壊できるだけのエネルギーをハンドリングしていた怪物とはとても思えない。


「ご主人様、これらをすべて換金すれば、私たちは遊んで暮らせるのでしょうか? 昨日のあのお店に入り浸ることも?」


ミリは口の中で飴玉をコロコロと転がしながら、テーブルの上に積み上げられた青い輝きを指差す。その瞳は、まるで王国の宝物庫を開け放った盗賊のようにキラキラと輝いている。


俺は鼻で笑い、結晶の一つをつまみ上げて光にかざす。

「勘違いするなよ、ミリ。こいつらを市場に流せば、確かに金貨数十枚には化ける。一般市民の年収数年分だ。だがな」

俺は結晶を放り投げ、空中でキャッチする。


「まず、この国には『国税局』という名の、ドラゴンよりもタチの悪い怪物が住んでいる。俺のライセンスはあくまで『死霊術師ネクロマンサー』だ。つまり職人枠だな。ネクロやその技術役務の提供で稼ぐ分には問題ない。だが、この結晶を商品として売り捌けば、それは『魔導具販売』の管轄だ。その瞬間に俺は商人とみなされる。そうなると発生するのは分離課税だ。王立商工ギルドの連中は、俺たちスペシャリストが流通に手を出すのを極端に嫌うからな。職人税とは別の、ふざけた税率の商業税がかかる上に、出所不明の高純度結晶なんて持ち込めば、間違いなく監査が入る。やつらは、腐肉に群がるハイエナよりも鼻が利き、吸血鬼よりも執拗に血を啜る連中だ」

俺は肩をすくめる。


ミリは分かったような分からないような顔で、「なるほど、分離課税……」と呟いている。まあ、死体に税法の講釈を垂れても馬の耳に念仏か。


「それに、物流ロジスティクスの問題もある。この結晶を売っちまえば、中身のマナと一緒に容器まで手放すことになる。売った金で空の結晶を仕入れる?二度手間だ。仲介手数料と輸送コストで利益が削れるだけだ。要するに、だ。エネルギー革命ってのは、インフラが整って初めて成立する。こいつを換金するのは、お前の供給量が俺たちの消費量を上回り、備蓄スペースがパンクしそうになったときだ。そうでない限り、『聖女』や他の大食らいどもをフル稼働させて高単価な依頼をこなす。燃料代がタダなら、利益率は跳ね上がる。それが一番安全で、賢い錬金術ってやつだ」


俺の講義を聞いていたミリは、少し残念そうに眉尻を下げた。


「そうですか……。では、あのお店に入り浸る夢は、お預けですね」

「……お前、あそこがそんなに気に入ったのか?」

俺は呆れて溜息をつく。


「言っておくがな、あの店は王都の飲食店ランキングで言えば『中の下』、衛生基準で言えば『下の上』だ。油は古いし、客層は悪い。床はいつだって誰かのゲロで滑りやすくなってる」

「えっ? でも、ご主人様はとても楽しそうでしたよ?」

ミリはきょとんとして、心底不思議そうに首をかしげる。


「あんなに幸せそうな顔をして、隣の席のドワーフさんと肩を組んで歌っていました。だから、きっとここは天国のような場所に違いないと……」

「……それは」

俺は言葉に詰まる。


記憶の断片が、フラッシュバックのように脳裏をよぎる。そういえば……昨夜は妙に酒が回った気がする。


「それは、酒のせいだ」

俺はバツが悪そうに視線を逸らす。


「エタノールが脳神経に作用して、一時的な多幸感を引き起こしていただけだ。化学反応によるバグだよ。場所の良し悪しとは関係ない」

「サケ……?」

ミリは初めて聞く単語のように、その言葉を繰り返す。


「お前、酒を知らないのか? 飲まない文化圏の出身か?」

記憶喪失とはいえ、言語体系や一般常識のデータベースは残っているはずだ。だが、彼女の反応を見るに、酩酊という概念そのものが抜け落ちているように見える。


まあ、森の奥で霞を食って生きているような連中だ。発酵した腐りかけの果実汁を啜って喜ぶ人間の文化など、高尚なエルフ様には縁がなかったのかもしれない。


それに、どのみち死体には関係のない話だ。


通常、俺たちネクロマンサーが死体を加工する際、真っ先にオミットするのは消化器系だ。食道、胃、小腸、大腸。死体にとって、これらはただのデッドウェイトだ。飯を食って栄養を摂取する必要がない以上、腹の中に詰まっているのは腐敗の原因になる生ゴミ処理プラントでしかない。


これらをごっそり摘出し、空いたスペースに予備のマナタンクや暗器を仕込むのがセオリーだ。


だが、こいつ――ミリに関しては、俺はその工程をスキップした。理由は単純、消化器官が生み出す微弱な生体マナ流や熱エネルギーすらも、彼女の特異な循環系の一部を担っている可能性があったからだ。


結果として、彼女の腹の中には、生前と同じ胃袋が鎮座している。


機能は生きている。マナを消費して胃酸を分泌し、物理的な食物を分解するプロセスは稼働中だ。だがそれは、工学的に見れば無駄の極みだ。貴重なマナを使って、飴玉を溶かす? なんの冗談だ。燃費の面で見れば、無駄な臓器を抱えている分、マイナスだ。


本来なら、次のメンテナンスで摘出して、軽量化と機能追加を徹底するつもりだった。だが。


「……」

俺は、飴玉の甘さに頬を緩ませているミリを見る。その表情は、不気味なほどに人間臭い。


味覚センサーが脳に信号を送り、ドーパミンに似た擬似物質が分泌され、表情筋を弛緩させる。その一連のシークエンスは無駄だが――もしこいつに、あの安酒場のガソリンみたいな酒を飲ませたら、どうなる?


「……ま、いいか」

再び、俺は結論を先送りにした。機能美と効率化だけが全ての業界だが、俺は個人事業主だ。仕様書にない「遊び」を残しておく権利くらいはある。胃袋を摘出するのは、彼女が酒の味を知ってからでも遅くはない。


「よし、ミリ。今日はこれで終了だ。飴を舐め終わったら、スリープモードに入れ」

「はい! おやすみなさいませ、ご主人様」

彼女は嬉しそうに頷き、口の中の甘露を愛おしむように転がした。


俺はその様子を横目で見ながら、この美しい死体と杯を交わす奇妙な光景を想像し、少しだけ口元を緩めた。


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