やるべきこと
「予定より一時間巻きか。なかなかだな」
俺は満足げに鼻を鳴らす。
目の前では、防水コーティングを施されてテラテラと光る五体の「溝掃除用ユニット」が、一糸乱れぬ動きで整列していた。顔色は最悪だが、どうせ下水道の闇に紛れるのだから関係ない。防腐剤とミント香料の混ざった清涼感が、工房の淀んだ空気を中和している。
俺は最後尾に控える、一回り大きな死体に視線を移す。
こいつは今回の商品のオマケじゃない。俺の手持ちの在庫から引っ張り出してきた、護衛用の『重装歩兵』だ。全身を生体装甲のように硬化させ、関節という関節に金属補強を入れた脳筋仕様。知能指数はミジンコ並みだが、指定座標への移動と障害物の粉砕に関しては、そこらの冒険者よりも信頼が置ける。
「いいか、納品ルートはB-7区画の地下配管経由だ。表通りは歩くなよ、貴婦人が卒倒して衛生局に通報されたら面倒だ」
俺は重装歩兵の胸ポケットに、請求書と代金回収用の袋をねじ込む。
「商品は現地引き渡し。代金はその場で確認。相手が渋ったり、値切り交渉を始めたりしたら、その鉄アレイみたいな拳で机を一度叩き割ってやれ。あくまで威嚇だぞ、担当者の頭蓋骨を粉砕するなよ」
重装歩兵が、錆びた蝶番のような音を立てて顎を動かし、肯定の意を示す。
続けて、五体の掃除用ゾンビたちもカクカクと首を縦に振った。
自律駆動型の死体兵団。こいつらの美点は、文句を言わないことと、こうして自分自身の足で配送コストをゼロ(マナ料別)にしてくれることだ。俺が裏口のロックを解除すると、彼らは行軍を開始し、王都の闇の中へと消えていった。
ふう、と息を吐く。
これで当面の運転資金についての懸念事項は解消された。
張り詰めていた糸が緩むと、脳のメモリに別のタスクがポップアップしてきた。
そういや、やるべきことがあったな。
「……こっちも片付けておくか」
俺の独り言に、片付けをしていたミリが敏感に反応する。
「結晶の件ですか?」
「ん? ああ、それもだ。忘れるところだった」
俺はガラス質の容器に入った、白濁した結晶体を数個拾い上げ、ミリに放ってやる。彼女はそれをお手玉のように器用に受け止め、小首をかしげた。
「握っているだけでいいのでしょうか?」
「ただ握るだけじゃ足りない。イメージしろ」
俺は彼女の華奢な手首を指差す。
「お前のマナ循環系は、入力プロセスと出力プロセスが直結してない。一度、丹田のサブタンクを経由する構造になってる」
俺は空中に指で簡素な図形を描く。
「マナを一度へその下あたりに溜め込んで、そこで圧力をかける」
ミリは真剣な顔で、自分の腹部をさする。
「圧力をかけて……そして?」
「そこから指先へバルブを開放する。全力でやるなよ。俺が再構築した背骨の回線――そこを流れる熱量を感じながら、チョロチョロと蛇口をひねる感じで流し込め」
抽象的な指導だが、彼女の瞳には理知的な光が宿っている。
「回線……あの、背中が熱くなる感覚ですね」
「そうだ。その熱を、指先の冷たい石に移動させる」
ミリはコクリと頷くと、部屋の隅にある椅子にちょこんと座り、両手で結晶を包み込んだ。
ミリは真剣な表情で、掌の中のガラス玉を見つめる。その横顔は、初めて顕微鏡を覗き込む学生のように純粋で、危なっかしい。
「やってみます」
瞼を閉じ、集中モードに入る。
俺は邪魔をしないよう、音を立てずにその場を離れた。彼女があのパズルに熱中している間に、俺には俺の仕事がある。
ーーー
向かったのは工房のさらに奥。倉庫エリアだ。扉を開けるとそこは時が止まったような静寂に支配されていた。舞い上がる埃が、通路の薄明かりの中でダンスを踊っている。ホルマリン漬けの眼球、干からびたハーピーの翼、そして布を被せられた数体の人型。
そこは、俺の『黒歴史』の博物館だ。
棚に並んでいるのは、過去に俺が情熱と無駄な金を注ぎ込んで作り上げた作品群。当時のトレンドに合わなかったり、あるいは俺の趣味が先行しすぎて実用性を欠いていたりして、買い手がつかなかった悲しき落伍者たちである。「死体は資産」とは言ったものの、流動性がなければただのガラクタだ。
だが、死体市場ってのは水物だ。昨日のゴミが今日のアンティークになり、先週の最先端が来週の産業廃棄物になる。
例えば、あの棚の端に鎮座している『四本腕の剣闘士』。
オークの死体を二体繋ぎ合わせ、四刀流を実現させた野心作だったが、「通路で邪魔になる」「装備代が倍かかる」という極めて現実的な理由で、どの闘技場からも採用を見送られた悲劇の個体。
だが、今の王都の情勢はどうだ?路地裏での小競り合いが増え、広範囲の機動力よりも、狭い通路を封鎖できる「動く壁」の需要が高まっているという噂を聞く。今の市場なら、コイツのデカさは付加価値に化けるかもしれない。
あるいは、こっちの『自爆特攻型ゴブリン』の群れ。
倫理的観点(主に爆発音への苦情)から販売禁止になったが、最近の地下組織の抗争激化を考えれば、ブラックマーケットでなら捌ける可能性がある。
そして、その隣にある歌って踊れる愛玩用スケルトン『道化師』はどうだ。
顎の骨を加工して音階を出せるようにした自信作だったが、貴族の娘に見せたところ「夢に出る」と泣き叫ばれて商談が決裂した。これはまあ、今見ても確かに悪趣味だ。
こいつらをリメイクして市場に流すか。それとも、部品取りして新しい作品に仕上げるか。選択肢は無限だ。金がない時ほど、アイデアというのは湧いてくるもんだ。
「どいつを表舞台に出してやるかな」
俺は品定めをする画商のような目つきで、眠れる在庫たちを見渡した。軍資金の足しとして、この眠れる墓場の怪物たちを叩き起こしてやるのも悪くない。
俺は、一番奥の棚に置かれた、一際古びた木箱に手を伸ばした。
そういえば、こんなものも作っていたな。
蓋を開けると、そこには――。




