第99話 続けるために
99話です。
鍋は、今日も火にかかった。
昨日よりも早く、
昨日よりも迷いなく。
誰かが言わなくても、
誰かが動く。
それは、いい変化だった。
◇
「今日は、俺が火を見る」
「じゃあ、私は水」
自然な分担。
誰も命じていない。
誰も拒んでいない。
◇
ミナは、その様子を少し離れて見ていた。
(……うまく回ってる……
昨日より、ずっと……)
◇
配膳も、滞りない。
器の列。
柄杓の印。
壁の一本線。
|||||||
昨日と、同じ。
それが、安心だった。
◇
だが、
途中で誰かが言った。
「このまま続けるならさ」
全員の手が、止まる。
◇
「決めといた方がよくない?」
「何を?」
「当番」
◇
小さなどよめき。
◇
「毎回、集まって決めるの面倒だし」
「やる人、だいたい同じだろ?」
それも、事実だった。
◇
「向いてる人がやった方が早い」
「火は慣れてるやつがいい」
異論は出ない。
◇
ミナは、胸が少しだけ締まった。
(……“向いてる”って……
悪くない言葉なのに……)
◇
先生は、
少し離れた場所で、
ただ聞いている。
◇
当番は、決まった。
火を見る人。
水を汲む人。
配る人。
名前は出ない。
顔だけで分かる。
◇
「じゃ、明日も同じで」
その一言で、
“今日”は“明日”になった。
◇
先生は、その夜、
子どもたちだけを集めた。
「今日は、
“続ける”話をしよう」
◇
地面に、
昨日と同じ円を描く。
中に点。
外に点。
「昨日は、
数えたね」
頷き。
「今日は、
分けたね」
また頷き。
◇
「じゃあ質問だ」
先生は、間を置く。
「それを“続ける”ために、
何が増えた?」
沈黙。
◇
リオが、ぽつりと言った。
「……役割」
先生は、軽く頷く。
◇
「役割は、
続けるための道具だ」
「でも道具は――」
一瞬、言葉を切る。
「使い方を決めた人のものになる」
◇
ミナは、はっとする。
(……昨日の問い……
“道具は誰のものか”……)
◇
「役割があると、
楽になる」
「でも同時に――」
先生は、地面に小さく線を引く。
「“期待”が生まれる」
◇
「火を見る人は、
今日も火を見る」
「水を汲む人は、
今日も水を汲む」
◇
「それができなかったら?」
沈黙。
◇
先生は、静かに続ける。
「誰も責めていなくても、
“外れた”と感じる」
◇
ミナの胸が、ざわつく。
(……外れた……
まだ誰も言ってないのに……)
◇
「期待は、
善意から生まれる」
「でも――」
先生は、視線を上げる。
「期待が“当然”になった瞬間、
それは“監視”になる」
◇
倉庫の外を見る。
当番の話をする大人たち。
誰が今日いなかったかを、
何気なく確認する視線。
◇
「今日、火を見る人が来なかったら」
「誰かは言うだろうね」
声を真似ない。
責める口調にもならない。
ただ、事実として。
「“どうしたんだろう”って」
◇
「その言葉は、
優しい」
「でも――」
一拍。
「重なると、
“疑い”に変わる」
◇
ミナは、思わず息を吸った。
(……昨日……
来なかった理由を……
考えた……)
◇
先生は、最後にこう言った。
「悪意は、
最初から悪意じゃない」
「たいていは――」
少しだけ、声を落とす。
「“うまく回っていたものを、
壊したくない”気持ちから生まれる」
◇
沈黙。
誰も否定できない沈黙。
◇
「だから今日は、
覚えておいてほしい」
先生は、ゆっくり言う。
「続けるための工夫は、
誰かを縛り始めた瞬間に――
“質問されるべきもの”になる」
◇
外では、
鍋の火が落とされていた。
誰も困っていない。
誰も怒っていない。
それなのに――
小さな決まりが、
確かな重さを持ち始めている。
その重さに、
まだ名前はない。
だが――
いずれ誰かが、
それを“当然”と呼び、
別の誰かを測る。
静かに。
ごく自然に。
チョークシリーズは、他の先生の物語もありますので、よろしければご覧ください。




