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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第97話 同じ量という安心

97話です。

昼過ぎ、

倉庫の前に、鍋が置かれた。


昨日の清掃の流れから、

自然に始まったものだった。


「みんなで食べた方がいい」

「腹を壊さないように、ちゃんと火を通そう」


誰かが言い出し、

誰かが薪を運び、

誰かが水を汲んだ。


先生は、最初から関わらない。


ただ、少し離れた場所で見ている。



鍋の中では、

野菜と穀物が静かに煮えている。


匂いに、子どもたちが集まってきた。


「今日は、ここで食べるの?」

「いいの?」


「いいに決まってるだろ」

「余っても困るしな」


笑い声が混じる。



やがて、

誰かが言った。


「……ちゃんと分けた方がよくね?」


場が、少しだけ静まる。


「不公平になると、揉める」

「前、あっただろ」


別の声。


「じゃあ、同じ量にしよう」


反対する者はいない。



器が並べられ、

木の柄杓が置かれる。


「一杯ずつな」

「大人も子どもも、同じ」


誰かが、言い切った。


その瞬間、

安心した空気が広がった。



ミナは、少しほっとした。


(同じなら……

 文句、出ないもんね……)



配膳が始まる。


柄杓一杯。

どの器にも、ほぼ同じ量。


「ほら、これで平等だ」


満足そうな声。



だが――

途中で、ひとりの男が手を止めた。


「……あれ?」


器を覗き込み、

隣の器を見る。


「こっちの方が、多くねぇか?」


言い方は軽い。

冗談のようだ。


だが、数人が器を覗き込む。



「そうか?」

「いや……気のせいじゃね?」


だが、

“比べる視線”が生まれた。



誰かが、言った。


「ちゃんと量った方がいいな」


「どうやって?」


「目分量じゃなくてさ」


少し考え、

誰かが木片を持ってきた。


「これを目安にしよう」



柄杓の縁に、

印がつけられる。


「ここまでな」

「これなら同じだろ」


空気は、さらに落ち着いた。



先生は、その様子を見ている。


リオが、小さく言った。


「……これも、いいことだよな?」


「うん」


先生は言う。


「とてもいい」



食事が始まる。


笑い声。

満足げな顔。


「腹いっぱいだ」

「うまいな」



だが――

食べ終わりに、

小さな声が落ちた。


「……あの人、二杯目だったよな」


誰が言ったか、分からない。



空気が、止まる。


すぐに誰かが言う。


「子どもが残したんだろ」

「いいじゃねぇか」


誰も責めない。


それでも――

何人かの視線が、

その男の背中に残った。



ミナは、胸がざわついた。


(……まただ……

 怒ってないのに……

 見てる……)



片づけのあと、

倉庫で子どもたちが集まった。


先生は、いつものように問いかける。


「今日、何が起きた?」


すぐには答えが出ない。



やがて、

ひとりの子が言った。


「……同じにしたのに……」

「同じじゃなくなった気がした」


先生は、うなずく。


「どうしてだと思う?」


沈黙。



「“同じ量”は、安心をくれる」

先生は言う。


「でも同時に――

 “比べる理由”も作る」


ミナは、はっとする。



「量を決めると、

 “多い”“少ない”が生まれる」


「決まりを作ると、

 “守った”“守らなかった”が生まれる」


先生は、静かに続ける。


「善意で作ったはずの決まりが、

 いつの間にか――

 人を見る物差しになる」



リオが、低く言った。


「……じゃあ、どうすりゃいいんだよ」


先生は、すぐには答えない。


少しだけ間を置いてから、言う。


「“決まりが必要な場面”と

 “必要じゃない場面”を、

 混ぜないことだ」



「腹を満たすための決まりが、

 人を評価する道具になるとき――」


先生は、床に線を引く。


「それは、別の場所では

 “当然”として使われる」



外では、

鍋が空になり、

器が乾かされている。


誰も揉めていない。

誰も怒っていない。


それでも――

街には、

また一本、細い線が引かれた。



先生は、最後に言った。


「道具も、決まりも、

 本当は――

 “人を助けるため”にある」


「でもね」


視線を上げる。


「誰のものかを忘れた瞬間、

 それは人を縛る」


ミナは、なぜか遠い場所を思った。


(……ここじゃない、どこかで……

 同じことが……

 当たり前みたいに……)


夕暮れの街は、

穏やかだった。


だがその穏やかさの下で、

比較と視線は、

静かに育っていた。


─────────────

チョークには、別の先生が織りなすシリーズもあります。よろしければご覧ください。

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