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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第93話 質問をやめさせる仕事

93話です。

倉庫を出たあと、

街の空気はわずかに変わっていた。


誰かが声を上げたわけではない。

何かが決まったわけでもない。


ただ――

人々の視線が、少しだけ下ではなく、横を向くようになった。



その変化に、最初に気づいたのは教団だった。


黒衣の見回りが、いつもより多い。

立っている場所も違う。


井戸のそば。

倉庫へ向かう路地の角。

人が立ち止まりやすい場所。


彼らは何も言わない。

叱らない。

連れていかない。


ただ、見ている。


(……始まった)


ミナは、胸の奥が冷えるのを感じていた。



その日の昼。


倉庫に集まった人数は、前日より少なかった。


誰かが止めたわけじゃない。

だが、来なかった。


「用があるから」

「今日は忙しい」

「また今度」


理由はどれも、もっともらしい。


リオが小声で言う。


「……減ったな」


「うん」


先生は数を数えない。

名前も呼ばない。


ただ、集まった顔を見る。



そこへ、見慣れない男が入ってきた。


黒衣ではない。

だが、教団の印章がついた革紐を首に下げている。


事務方だ。


「失礼」


声は柔らかい。

敵意はない。


「ここで……

 “話し合い”のようなことをしていると聞きまして」


誰も答えない。


男は、困ったように笑った。


「いえ、取り締まるとかじゃありません」


その言い方が、逆に重い。



男は続ける。


「ただですね……

 最近、“質問”が増えているそうで」


ミナの背中が、ぴんと張る。


「質問自体が悪いわけではありません」


男は、丁寧に言葉を選ぶ。


「ですが――

 質問は、時に誤解を生みます」


誰かが、喉を鳴らした。


「特に、子どもがする質問は……

 大人を困らせることが多い」


空気が、ゆっくりと沈む。



先生は、静かに尋ねた。


「困ると、どうなります?」


男は一瞬、言葉に詰まる。


「……不安になります」


「不安になると?」


「……混乱します」


「混乱すると?」


男は、少し声を落とした。


「秩序が乱れます」



倉庫の中で、何人かが目を伏せた。


昨日の問いが、

そのまま形を変えて戻ってきている。


(質問 → 不安 → 混乱 → 乱れ)


それは、教団がずっと使ってきた説明だった。



男は、安心させるように言う。


「ですから――

 質問は、正しい場で行うべきです」


「正しい場、とは?」


先生の声は、穏やかだった。


「教団が用意した場です」


男は、はっきり言った。


「管理された質問。

 管理された順番。

 管理された答え」


「それが、みんなのためです」



沈黙。


だが、昨日までの沈黙とは違う。


考えている沈黙だ。



後ろの方で、あの子どもが小さく手を挙げた。


男の顔が、一瞬こわばる。


「……なんでしょう」


「質問していいの?」


男は、微笑みを作る。


「もちろん。ただ――」


「ここじゃだめ?」


言葉が、詰まった。



男は、慎重に言う。


「ここは……

 “正しい訓練を受けた者”がいないからね」


「先生は?」


子どもは、まっすぐ先生を見る。


男も、そちらを見る。



先生は、ゆっくり答えた。


「僕は、訓練を受けていない」


男の顔に、安堵が走る。


だが、次の言葉で凍った。


「だから――

 答えを管理できない」


倉庫の空気が、ぴんと張る。



先生は続ける。


「でもね」


「質問っていうのは、

 管理できないから意味がある」


男は、反射的に言った。


「それは危険な考えです」


「そうだね」


先生は否定しない。


「だから、危険なんだ」



その瞬間、男は理解した。


これは説得ではない。

衝突でもない。


整理だ。


この場所で何が起きているのかを、

はっきりさせられている。



男は、立ち上がる。


「……今日は、記録だけ取らせてもらいます」


「どうぞ」


先生は止めない。



男が去ったあと、

倉庫の中は静まり返った。


ミナが、ぽつりと言う。


「……質問って……

 仕事になるんだね」


先生は、うなずいた。


「止める側にとってはね」


「じゃあ……」


ミナは、言葉を探す。


「これから……どうなるの?」


先生は、少しだけ考えてから言った。


「質問を“悪意”に変える仕事が始まる」


リオが、苦い顔で笑う。


「嫌な仕事だな……」


「でも、必要なんだ」


先生は、静かに言った。


「支配する側が、

 “質問を恐れている”ってことが――

 はっきりしたから」


倉庫の外では、

見回りの足音が増えていた。


質問は、まだ始まったばかりだ。


だがもう、

元には戻らない。


───────────

チョークは、他にもありますので、よろしければ、ご覧ください。

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