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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第92話 質問しかしない子ども

92話です。

次に倉庫へ来たとき、

最初に口を開いたのは――子どもだった。


年は十にも満たない。

いつもは後ろの方で、黙って座っている子だ。


その声は小さく、

だがはっきりしていた。


「……それって」


倉庫の空気が、ぴたりと止まる。


大人たちは一斉に、そちらを見る。


「それって……

 なんで、そうしなきゃいけないの?」


誰も、すぐには答えられなかった。



ミナは、息を止めていた。


(あ……

 この子……

 “意見”じゃなくて……

 “質問”をしてる……)


先生は、止めない。


遮らない。

促しもしない。


ただ、視線だけを向ける。


子どもは続ける。


「昨日、

 “急いで決めなくていい”って言ってたでしょ」


うなずく人がいる。


「じゃあ……

 なんで、前は急いで決めてたの?」


空気が、ざわりと揺れた。



大人の一人が、困ったように笑う。


「それはな……

 そうしないと、怒られるからだよ」


子どもは首をかしげる。


「だれに?」


その瞬間、

何人かが目を伏せた。


教団の顔が、浮かんだからだ。



別の大人が言う。


「怒られるっていうか……

 困るんだ」


「なにが?」


「……色々だ」


子どもは、納得しない。


「“色々”ってなに?」


沈黙。


ミナは、はっきり感じた。


(……これ……

 大人が一番、答えたくないやつ……)



先生は、まだ口を出さない。


子どもは、続ける。


「ねえ、

 怒られるって……

 悪いことしたときじゃないの?」


誰かが、喉を鳴らした。


「決めるのを遅らせるのは……

 悪いことなの?」


誰も、はっきり「違う」と言えない。



その時、

最初に“まとめ役”を申し出た男が、

ゆっくり口を開いた。


「……悪くは、ない」


「でも?」


子どもは、すぐ返す。


男は、言葉を探す。


「……不安なんだ」


「だれが?」


「……みんなだ」


子どもは、少し考えてから言った。


「じゃあさ」


倉庫の空気が、子どもに集まる。


「不安だから決めるって……

 へんじゃない?」



ミナの背中に、寒気が走った。


(……言っちゃった……

 でも……

 間違ってない……)


大人たちは、ざわつく。


否定したい。

でも、できない。



先生が、ようやく口を開く。


「いい質問だね」


それだけ。


答えは、言わない。


子どもは、きょとんとする。


「答えは?」


先生は、静かに言う。


「今日は、答えを出さない」


「えー?」


不満の声。


「だって今の質問はね」


先生は、倉庫全体を見る。


「“答えを出す前に、

 みんなが同じところでつまずいてる”

 ってことを教えてくれたから」



大人たちは、気づき始めていた。


(……俺たち……

 不安を理由に……

 考えるのをやめてただけじゃないか……)



子どもは、もう一つだけ聞く。


「ねえ先生」


「なに?」


「質問って……

 怒られること?」


倉庫が、完全に静まった。



先生は、はっきり言った。


「ここでは、怒られない」


子どもの顔が、ぱっと明るくなる。


「じゃあ、また聞いていい?」


「もちろん」


その瞬間だった。


倉庫の外で、

靴音が止まったのは。



黒衣の影。


聞いている。

明らかに、聞いている。


ミナは、喉が鳴るのを感じた。


(……まずい……

 質問が……

 “許可された”……)


教団にとって、

それは何より危険な兆候だった。


先生は、影の方を見ない。


ただ、穏やかに言う。


「今日はここまで」


「質問は――

 覚えておいて」


「答えは、

 急がなくていい」


倉庫を出る人々の顔は、

昨日と違っていた。


少し、困っていて。

少し、考えていて。

そして――


ほんの少し、

自由だった。


───────────

チョークの世界は他にもありますので、よかったらどうぞ。

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