第92話 質問しかしない子ども
92話です。
次に倉庫へ来たとき、
最初に口を開いたのは――子どもだった。
年は十にも満たない。
いつもは後ろの方で、黙って座っている子だ。
その声は小さく、
だがはっきりしていた。
「……それって」
倉庫の空気が、ぴたりと止まる。
大人たちは一斉に、そちらを見る。
「それって……
なんで、そうしなきゃいけないの?」
誰も、すぐには答えられなかった。
◇
ミナは、息を止めていた。
(あ……
この子……
“意見”じゃなくて……
“質問”をしてる……)
先生は、止めない。
遮らない。
促しもしない。
ただ、視線だけを向ける。
子どもは続ける。
「昨日、
“急いで決めなくていい”って言ってたでしょ」
うなずく人がいる。
「じゃあ……
なんで、前は急いで決めてたの?」
空気が、ざわりと揺れた。
◇
大人の一人が、困ったように笑う。
「それはな……
そうしないと、怒られるからだよ」
子どもは首をかしげる。
「だれに?」
その瞬間、
何人かが目を伏せた。
教団の顔が、浮かんだからだ。
◇
別の大人が言う。
「怒られるっていうか……
困るんだ」
「なにが?」
「……色々だ」
子どもは、納得しない。
「“色々”ってなに?」
沈黙。
ミナは、はっきり感じた。
(……これ……
大人が一番、答えたくないやつ……)
◇
先生は、まだ口を出さない。
子どもは、続ける。
「ねえ、
怒られるって……
悪いことしたときじゃないの?」
誰かが、喉を鳴らした。
「決めるのを遅らせるのは……
悪いことなの?」
誰も、はっきり「違う」と言えない。
◇
その時、
最初に“まとめ役”を申し出た男が、
ゆっくり口を開いた。
「……悪くは、ない」
「でも?」
子どもは、すぐ返す。
男は、言葉を探す。
「……不安なんだ」
「だれが?」
「……みんなだ」
子どもは、少し考えてから言った。
「じゃあさ」
倉庫の空気が、子どもに集まる。
「不安だから決めるって……
へんじゃない?」
◇
ミナの背中に、寒気が走った。
(……言っちゃった……
でも……
間違ってない……)
大人たちは、ざわつく。
否定したい。
でも、できない。
◇
先生が、ようやく口を開く。
「いい質問だね」
それだけ。
答えは、言わない。
子どもは、きょとんとする。
「答えは?」
先生は、静かに言う。
「今日は、答えを出さない」
「えー?」
不満の声。
「だって今の質問はね」
先生は、倉庫全体を見る。
「“答えを出す前に、
みんなが同じところでつまずいてる”
ってことを教えてくれたから」
◇
大人たちは、気づき始めていた。
(……俺たち……
不安を理由に……
考えるのをやめてただけじゃないか……)
◇
子どもは、もう一つだけ聞く。
「ねえ先生」
「なに?」
「質問って……
怒られること?」
倉庫が、完全に静まった。
◇
先生は、はっきり言った。
「ここでは、怒られない」
子どもの顔が、ぱっと明るくなる。
「じゃあ、また聞いていい?」
「もちろん」
その瞬間だった。
倉庫の外で、
靴音が止まったのは。
◇
黒衣の影。
聞いている。
明らかに、聞いている。
ミナは、喉が鳴るのを感じた。
(……まずい……
質問が……
“許可された”……)
教団にとって、
それは何より危険な兆候だった。
先生は、影の方を見ない。
ただ、穏やかに言う。
「今日はここまで」
「質問は――
覚えておいて」
「答えは、
急がなくていい」
倉庫を出る人々の顔は、
昨日と違っていた。
少し、困っていて。
少し、考えていて。
そして――
ほんの少し、
自由だった。
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