第91話 正解を出したがる人
91話です。
次に集まったとき、
倉庫の空気は、前より少しだけ軽くなっていた。
人が増えている。
前回はいなかった顔もある。
噂を聞いて、様子を見に来た者たちだ。
ミナはそれを見て、胸の奥がざわついた。
(……増えるの、早くない……?)
先生は、特に何も言わない。
前回と同じように、床に円を描いただけだった。
「じゃあ、始めよう」
誰も反対しない。
◇
最初に口を開いたのは、
よく通る声の男だった。
年は四十前後。
服は比較的きれいで、
話し方に自信がある。
「昨日の話、聞いた」
周囲が静かになる。
「失敗してもいい案を出す場所だろ?
いいと思う。
だが――」
男は、ぐるりと周囲を見渡した。
「そろそろ、
“一つにまとめる”必要があるんじゃないか?」
ミナの背中が、ぞくりとした。
(……来た……)
男は続ける。
「いつまでも話してたら、
結局、何も決まらない。
それじゃ困る人も出る」
「だから――」
彼は、胸を張った。
「ここで、一番良さそうな案を決めよう。
俺がまとめ役をやる」
沈黙。
否定は、出ない。
だが、賛同も出ない。
空気が、微妙に固くなる。
◇
先生は、すぐに答えなかった。
代わりに、ゆっくり尋ねる。
「どうして、急ぐんだい?」
男は一瞬だけ言葉に詰まり、
すぐに言い返す。
「急いでるんじゃない。
責任を持とうとしてるだけだ」
「責任、か」
「そうだ。
誰かが決めなきゃ、前に進めない」
その言葉に、
数人が小さくうなずいた。
ミナは、その様子を見逃さなかった。
(……不安なんだ……
“決まらない状態”が……)
◇
先生は、床の円を指した。
「前に進む、っていうのは、
何をすることだと思う?」
男は即答する。
「決めて、実行することだ」
「なるほど」
先生は否定しない。
「じゃあ、もう一つ聞こう」
静かに、言葉を置く。
「“間違った決定”をしたら、
誰が責任を取る?」
男は、少しだけ黙った。
「……俺が取る」
「どうやって?」
「文句を言われるのも、恨まれるのも、
全部引き受ける」
倉庫の空気が、ざわつく。
善意だ。
本物の。
だからこそ、扱いが難しい。
◇
先生は、声を荒げない。
「それは、立派だと思う」
男の表情が、少し緩む。
「でも――」
そこで、間を置く。
「“恨まれる役”を一人に集めると、
他の人は、考えなくなる」
男の眉が動く。
「考える必要がなくなるからね。
“あの人が決めた”で済む」
ミナの胸が、きゅっと締まった。
(……それ……
今までの街と、同じ……)
◇
リオが、ぽつりと言う。
「それって……
教団と、何が違うんだ?」
男は、ぴくりと反応した。
「一緒にするな。
俺は、強制してない」
「してねぇけどさ」
リオは言葉を選ぶ。
「“任せる空気”は、作ってる」
空気が、重くなる。
◇
先生は、男を責めない。
ただ、問いを重ねる。
「君が倒れたら、どうなる?」
「……代わりがやる」
「代わりは、どう決まる?」
男は、答えられなかった。
沈黙が落ちる。
その沈黙は、
前よりも深く、
前よりも考える沈黙だった。
◇
先生は、ゆっくり結論を言う。
「“正解を早く出したがる人”は、
悪じゃない」
男が、こちらを見る。
「でもね」
先生は、円を指でなぞった。
「正解を急ぐと、
“間違える練習”ができなくなる」
「間違える練習がない街は、
必ず、誰かに決めてもらう街になる」
ミナは、はっきり分かった。
(……これ……
まとめ役の否定じゃない……
“一人に背負わせる構造”の否定だ……)
◇
男は、深く息を吐いた。
「……じゃあ、どうすればいい」
先生は、少しだけ笑った。
「まとめ役は、いらない」
「代わりに――」
「“質問役”を増やそう」
ざわめき。
「案を出す人じゃなくて、
“それ、どこが失敗しそう?”って聞く人」
ミナの目が、わずかに開く。
(……それなら……
強くなくても、できる……)
◇
その日、
結局、何も決まらなかった。
けれど――
倉庫を出る人たちの表情は、
前より、少し軽かった。
外では、また視線があった。
見ている。
測っている。
教団のものだ。
ミナは思う。
(……決めさせないことが……
ここまで効くなんて……)
先生は、何も言わずに歩く。
街は、まだ不安定だ。
だが確実に、
「誰かが正解を持ってくる街」から、
離れ始めていた。
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