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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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90/106

第90話 失敗してもいい案を出せる場所

90話です。

最初に手を挙げたのは、

昨日まで一度も発言しなかった男だった。


年は三十を少し越えたくらい。

顔に疲れが張りついている。


「……失敗しそうな案、でいいんだよな」


先生はうなずいた。


「うん。むしろ、失敗しそうなほうがいい」


男は喉を鳴らし、言葉を探す。


「じゃあ……

 配る人を、くじで決めるのはどうだ」


倉庫の空気が、わずかに揺れた。


「くじ……?」

「運任せかよ」

「それ、大丈夫か……?」


男は慌てて続ける。


「いや、いい案だとは思ってない。

 でも……誰が悪いって話にならないだろ」


その一言で、

空気の向きが変わった。


ミナは、はっとする。


(……責任……

 押し付け合わない、ってこと……?)


先生は、すぐに評価しなかった。


代わりに問いを返す。


「その案の、いちばん困る点は?」


男は少し考えてから言った。


「……当たった人が、何も分からないままやることだ」


「そうだね」


先生は、円の横に小さく×をつけた。


「次。別の案は?」


今度は、年配の女が口を開いた。


「人数を数える役と、

 配る役を分けるのはどうだい」


「それなら……」

「一人で全部やらなくていい」


先生は、今度は○も×もつけない。


「じゃあ、その案の“困りごと”は?」


女は、すぐ答えられなかった。


しばらくして、ぽつりと。


「……どっちかが、

 嘘をついても分からない」


沈黙。


先生は、うなずいた。


「いい。

 今、ちゃんと“欠点”が出た」


ミナは気づく。


(先生……

 案を集めてるんじゃない……

 “欠点を言える空気”を作ってる……)



次々に案が出た。


・三人一組でやる

・日替わりにする

・子どもを混ぜる

・配る量を先に決める


そのたびに、

先生は必ず同じことを聞いた。


「それが失敗するとしたら、どこ?」


正解も、不正解も言わない。


ただ、

欠点だけを、静かに並べていく。



リオが、思わず言った。


「……なんかさ。

 どの案も、決め手に欠けるな」


先生は、そこで初めて笑った。


「うん。欠けてるね」


「じゃあ、意味なくないか?」


「逆だよ」


先生は、床の円を指さす。


「“決め手がない”って分かったことが、

 今日いちばんの収穫だ」


ミナの胸が、静かに鳴った。


(……決められないことを、

 “分かった”って言っていいんだ……)



先生は、集まった人たちを見渡す。


「ここまでで、

 一つだけ、はっきりしたことがある」


誰も口を挟まない。


「“完璧なやり方”は、ない」


「だから――」


先生は、少し間を置いた。


「“間違えても、壊れない形”を作る」


その言葉に、

誰かが小さく息を吸った。



「今日は決めない」


再び、ざわめき。


「代わりに――」


先生は、チョークを置いた。


「この場所を、

 “失敗してもいい案を出せる場所”にする」


ミナは、その言葉を噛みしめる。


(……教団じゃ……

 失敗は、罰だった……)


「罰がないから、

 責任もない、じゃない」


先生は、続ける。


「“やり直せる”って分かってるから、

 責任を引き受けられる」


誰かが、ゆっくりうなずいた。



そのとき、

倉庫の外で、足音が止まった。


気配だけが、残る。


ミナは、胸がひくりとした。


(……見てる……)


先生は気づいていないふりをして、言う。


「今日は解散しよう」


「次に集まるときまでに、

 “これは失敗しそうだ”って案を、

 一つ考えてきてほしい」


人々は、戸惑いながらも散っていく。



最後に残ったのは、ミナとリオだけだった。


リオが、ぽつりと漏らす。


「……先生。

 今日、何も決まってねぇのにさ」


「うん」


「なんか……

 街、前より動いてる気がする」


先生は、倉庫の扉を閉めながら答えた。


「決める前に、

 “考え続ける形”ができたからね」


ミナは、外の気配を思い出す。


(……これ……

 教団が一番、嫌がるやつだ……)


倉庫の外では、

誰かがまだ、こちらを見ていた。


声を出さずに。


沈黙のまま。


だがその沈黙は――

もはや、従属の沈黙ではなかった。

誤字脱字はお許しください。

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