第9話 初めての“討論”
9話です。
12月11日改稿
六日目の授業。
「今日は、“討論”をしてみよう」
「とうろん?」
聞き慣れない言葉に、子どもたちが首をかしげる。
「簡単に言うと、“違う考えをぶつけ合うこと”」
「ケンカか?」
「違う。
相手を殴らずにやるケンカだ」
そう説明すると、子どもたちの目が少し輝いた。
「今日のテーマは、これ」
板に書く。
静かに従っていたほうがいいか?
「教会が言ってるみてぇな話だな」
リオがぼそっと言う。
「そう。
教会の言ってることは、たしかに“楽”だ」
僕は続ける。
「だから、あえて二つのグループに分かれてもらう」
A:静かに従ったほうがいい派
B:考えて口を出したほうがいい派
「どっちにつくか、自分で選んで」
ざわざわとした空気が流れる。
「先生、Bに行ってほしいって思ってるだろ」
リオがニヤリと笑う。
「どっちにも理由があるから、やる価値があるんだよ」
最終的に、
リオはB、ミナはAを選んだ。
「ミナ、そっちなんだ?」
「全部逆らうの、怖いもん」
正直な理由だ。
「じゃあまずA、“静かに従ったほうがいい理由”」
ミナは少し考えてから口を開く。
「怒られない。
殴られない。
ご飯もらえなくなることも、たぶん少ない」
「うん。大事な理由だね」
板に書く。
・怒られない
・殴られない
・ご飯を失わない
「他には?」
「目立たないほうが楽」
「変な噂立たない」
「教会の人に嫌われない」
出てきた意見を整理する。
→ 安全
→ 楽
→ 孤立しにくい
「じゃあB、“考えて口を出したほうがいい理由”」
リオが前に出る。
「……なんでオレが」
「リーダーっぽいから」
「そういうとこだぞ、先生……」
ぶつぶつ言いながらも、リオはちゃんと考え始めた。
「……黙ってたら、何も変わらねぇ。
嫌なことが、そのままずっと続く」
「うん。他には?」
「文句じゃなくても、“相談”とか“お願い”とか、
言わねぇと気づいてもらえねぇこと、いっぱいある」
「確かに」
板に書いていく。
・何も変わらない
・気づいてもらえない
・間違いがそのまま通る
別の子も手を上げた。
「ずっと我慢してると、あとで爆発する」
「爆発したときに、大事なもんまで壊す」
それも書き足す。
「ここまでは“意見出し”。
ここからが“討論”」
僕は板の真ん中を指した。
「AとB、それぞれ自分の意見を守りつつ、
相手の言ってる“いいところ”を認めてみよう」
「ケンカじゃないんだ?」
「よりマシな答えを探すためのやり方だよ」
ミナが口を開く。
「……Bの言うことも、ちょっとわかる。
黙ってたら、たぶん何も変わらない」
「うん」
「でも、誰にでも言っていいわけじゃないと思う。
聞いてくれる人もいれば、怒って殴る人もいるから」
リオがうなずいた。
「それは、そうだな」
今度はリオの番だ。
「Aのほうも、全部間違ってるわけじゃねぇ。
普通に飯もらうときに、いちいち“なんでだよ”って言ってたら、
そりゃ殴られても文句言えねぇ」
笑いが起きる。
「じゃあ、どうしたらいい?」
僕が促す。
少しの沈黙のあと、ミナがぽつりと言った。
「……言ってもよさそうな人にだけ、言う?」
「誰が“言ってもよさそうな人”だろう」
「先生とか」
「うまく言うな」
また笑いが起きる。
リオも考え込んでいた。
「……ミナの親父も、さっきみてぇに、
ちゃんと話せば聞くときあるし」
「オレの親父も、酔ってないときなら、ちょっとはマシ」
いくつか具体的な名前が挙がる。
僕はまとめた。
「つまり、“全部黙る”か“全部逆らう”かじゃなくて――」
板に書く。
・黙る相手を選ぶ
・話す相手を選ぶ
「これが、今のところ出た答え」
子どもたちはしばらく黙っていた。
やがてリオがつぶやく。
「……なんか、頭使うって疲れるな」
「でも、少しは楽になってない?」
「……まあ、ちょっとだけ」
僕は笑った。
「今日の授業はここまで。
明日は、“教会はどっちの答えを嫌がるか”を考えよう」
子どもたちは、同時に苦い顔をした。
それでも――
誰一人、「授業やめろ」とは言わなかった。
誤字脱字はお許しください。




