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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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87/108

第87話 公平は、なぜ疑われるのか

87話です。

翌日。


鍋の前に、木炭で引かれた線があった。


地面に、短い線が何本も並んでいる。



「……なんだ、これ?」


誰かが言う。



昨日、配っていた男が答えた。


「数だよ。

 一人分、ってやつ」



周囲がざわつく。


「数……?」



男は、少し照れたように続ける。


「昨日さ、

 “同じ量”って言われても、

 正直、よく分かんなくて……」


「だから、

 先に数、決めときゃいいかなって」



鍋の横に、器が並ぶ。


一、二、三――

配るたびに、地面の線を指でなぞる。



ミナは、その光景を見つめていた。


(……量じゃなくて……

 “数”を見てる……)



配り終える。


昨日より静かだ。


誰も文句を言わない。



だが――

一人の女が、ぽつりと言った。


「……でもさ」



空気が、止まる。



「数は同じでも、

 中身、違わない?」



誰かが苦笑する。


「それ言い出すと、キリねぇだろ」



女は引かない。


「でもさ、

 あの人の器、

 芋多かった気がする」



視線が、ひとりの男に集まる。


男は慌てて首を振る。


「ち、違う!

 数は同じだろ!」



女は言う。


「数はね。

 でも、重さは?」



沈黙。



リオが、小さく息を吐いた。


「……来たな」



先生は、少し離れた場所から、そのやり取りを見ている。


口を挟まない。



別の声。


「じゃあ、量も量ってみるか?」


「どうやって?」


「石で……?」



一瞬、期待が走る。


だがすぐ、別の声が出る。


「……そこまでやる必要あるか?」



空気が、割れる。



ミナは気づいた。


(……公平にしようとすると……

 不満の“見え方”が増える……)



男が、鍋の前で困り果てる。


「……俺、昨日よりしんどい」



誰かが笑う。


「だろうな」



だが、笑いは長く続かない。



先生が、静かに言った。


「今、

 何が増えた?」



誰もすぐに答えられない。



先生は続ける。


「量は増えてない。

 食べ物も増えてない」


「増えたのは――

 “比べる材料”だ」



空気が、すっと冷える。



「数字は便利だ。

 でも――」


先生は、そこで止める。



誰かが、代わりに言う。


「……疑いも増える」



先生は、うなずいた。



「公平を目指すと、

 人は“確認”を始める」


「確認が増えると、

 疑いも増える」



ミナの胸が、静かに鳴る。


(……これ……

 統計の入り口だ……)



先生は、地面の線を指差す。


「この線は、嘘をつかない」


「でも――

 人は、線を信じきれない」



鍋の前に、沈黙が落ちる。



先生は、淡々と言った。


「今日は、ここまででいい」



「数を使った。

 それだけで十分だ」



人々は、納得しきれない顔で散っていく。


だが――

昨日より、明らかに“戻らなかった”。



ミナは、先生の横に立ち、そっと思う。


(……答え、教えてない……

 でも……

 明日、また続けたくなる……)



夜。


塔の記録室。


若い司祭が報告する。


「配給に……数を使い始めました」


司祭は眉を寄せる。


「数字だと?

 なぜ、そんなことを……」



それは、まだ些細なことだった。


だが――

街はすでに、“数で考える入口”に立っていた。


─────────

誤字脱字はお許しください。

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