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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第86話 配る人を決める理由

86話です。

配る人を決める理由


翌朝。


鍋は、昨日と同じ場所に置かれた。

だが、空気は明らかに違っていた。


誰かが、ぽつりと言う。


「……今日は、誰が配る?」



沈黙。


だが昨日の沈黙とは違う。

“決めようとしている沈黙”だ。



年配の女が一歩前に出た。


「昨日は、私が配ったね」


誰も否定しない。



若い男が言う。


「じゃあ今日は、別の人がいいんじゃねぇか」


「毎日同じだと、不満出るしな」



ミナはそのやり取りを、息を詰めて見ていた。


(……もう……

 “誰が正しいか”じゃなくて……

 “どう回すか”の話になってる……)



結局、

背の低い男が指名された。


理由は単純だ。


「文句言わなさそうだから」


笑いが、少しだけ起きる。



男は戸惑った顔で鍋の前に立つ。


「……俺でいいのか?」


誰かが言った。


「ダメだったら、明日変えりゃいい」



その一言で、男の肩が少し下がった。



配り始める。


昨日より慎重だ。

何度も鍋を見て、器を見て、周りを見る。



だが――

三人目のところで、手が止まる。


「……これで、足りるか?」



沈黙。


誰も答えない。



リオが、小さく息を吐いた。


「……出たな」



男は、困った顔で先生を見る。


だが先生は、視線を合わせない。



男は、周囲を見回し、言った。


「……文句、言われたくねぇ」


その瞬間、

空気が、少しだけ硬くなった。



四人目、五人目。


量は、ほぼ同じ。


だが――

後ろに行くほど、男の動きが速くなる。



配り終えたあと。


誰かが言う。


「……さっきより、少なくね?」


別の声。


「いや、同じだろ」



だが、不満は消えない。


量の問題ではない。

“誰が、どう配ったか”の問題だ。



男は、鍋の横で黙り込んでいる。



先生が、ようやく口を開いた。


「今、何が起きた?」



すぐに答えは出ない。



ミナは、胸の中で言葉を探していた。


(……配る人が……

 “守り”に入った……)



誰かが言う。


「……配る人が、怖くなったんだ」



先生は、その声だけを拾う。


「何が怖かった?」



男が、絞り出すように言う。


「……責められるのが」



先生は、静かにうなずいた。


「それが、“役割”だ」



誰かが眉をひそめる。


「役割……?」



「配る人は、

 “公平”を背負う」


「公平は、

 だれかが必ず不満を持つ」



空気が、少し重くなる。



「だから――」


先生は、続けない。



代わりに、鍋を指さす。


「明日も、誰かが配る」


「でも、その人が一人で背負わなくていい」



誰かが、気づく。


「……決め方、か?」



先生は、何も言わない。



夕方。


広場の隅で、声が上がっていた。


「配る人、二人にするか」


「いや、順番表作るか?」


「量、先に決めとく?」



ミナは、その輪を見ていた。


(……先生……

 答え、言ってない……

 でも……

 街が勝手に“制度”作ってる……)



リオが、ぽつりと呟く。


「……責任ってさ、

 押しつけると揉めるけど……

 分けると、考え始めるんだな」



夜。


塔の窓に、明かりが一つ増えた。


司祭は、報告を聞いて眉をひそめる。


「……配る者を、決め始めただと?」



それは、小さな変化だった。


だが確実に――

“施し”が、“運営”に変わり始めていた。


────────

誤字脱字はお許しください。

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