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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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85/105

第85話 同じ鍋、違う満足

85話です。

昼前。


広場の隅で、

一つの鍋が火にかけられていた。


中身は粥。

昨日より少しだけ濃い。



人は集まっているが、

列はできていない。


誰も指示していないからだ。



最初に声を上げたのは、

若い男だった。


「……誰から取る?」


沈黙。



次に、

別の声。


「子どもからじゃねぇか?」



反対の声も出る。


「いや……

 働くやつからだろ」



その瞬間、

空気がわずかに張った。


怒鳴り合いではない。

だが、

“違い”が表に出た。



ミナは、

その場に立ち尽くしていた。


(……同じ鍋なのに……

 もう、空気が違う……)



先生は、

少し離れた場所で、

何も言わずに見ている。



鍋の前に、

三つの器が置かれた。


大きさは、

ほぼ同じ。



年配の女が言った。


「……とりあえず、

 先に三人分だけ盛ろう」



誰が先か、

決めないまま。



一人目が器を取る。


少し多め。


二人目が見る。


三人目が、

一瞬だけ手を止める。



その一瞬で、

全員が気づいた。


“同じ”じゃない。



リオが、

小さく舌打ちした。


「……こうなるよな」



だが、

誰も責めない。


ただ、

視線が集まる。



先生が、

初めて口を開いた。


「今、

 何が起きた?」



答えはすぐに出ない。



やがて、

誰かが言う。


「……量じゃねぇな」



別の声。


「順番……か?」



先生は、

うなずかない。


否定もしない。


「もう一つある」



沈黙。



ミナは、

胸の奥がざわつくのを感じた。


(……まだ……

 何かある……)



先生は、

器を一つ指さした。


「これを取った人は、

 悪いと思った?」


器を取った男が、

首を振る。


「……腹減ってた」



「次の人は?」


「……少ないと思った」



「三人目は?」


「……様子を見た」



先生は、

静かに言った。


「満足は、

 量だけで決まらない」



鍋の中を見せる。


まだ、

十分に残っている。



「“自分がどう扱われたか”で、

 腹の感じは変わる」



誰かが、

息を吸った。



「今日は、

 もう一度やってみよう」



今度は、

先生が言う。


「子どもからでも、

 働く人からでもいい」


「ただし――」



「“同じ人が配る”」



女が、

鍋の前に立った。


無言で、

一杯目をよそう。


次も、

同じ量。


次も、

同じ。



不思議と、

誰も文句を言わない。



ミナは、

気づいていた。


(……量より……

 “見てた”って感じがある……)



食べ終えたあと、

声が出る。


「……腹、落ち着くな」


「まだ残ってるのに、

 足りない感じしねぇ」



先生は、

それ以上何も言わない。



夕方。


広場の端で、

小さな話し合いが始まっていた。


「明日は、

 一人決めて配ろうか」


「順番は、

 日替わりでいいか」



誰も、

先生に確認しない。



ミナは、

その様子を見て、

胸が熱くなった。


(……教えられてない……

 でも……

 決めてる……)



夜。


塔の方向から、

低い鐘が鳴る。


三拍。


揃わない音。



司祭は、

まだ動かない。


だが、

街の中では――


“同じ鍋”から、

“違うやり方”が

生まれ始めていた。


────────

誤字脱字はお許しください。

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