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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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84/106

第84話 腹が減る理由

84話です。

朝。


いつもより早く、

街が動き始めていた。


井戸の前。

通りの角。

小さな竈のそば。


どこでも、

同じ言葉が聞こえる。


「……なんか、腹減るな」



不満ではない。

怒りでもない。


ただの、

事実の共有だった。



ミナは、

自分の腹が鳴った音に気づき、

そっと手で押さえた。


(……昨日より……

 ちゃんと食べたはずなのに……)



広場に行くと、

昨日の小石がそのまま残っている。


増えてはいない。

減ってもいない。


だが、

今日は誰も触らない。



先生は、

少し離れた場所で、

干してある芋を見ていた。


数は同じ。

大きさも、ほぼ同じ。



「先生」


声をかけたのは、

年配の女だった。


「昨日と今日、

 同じだけ食べてるのに……

 今日は、腹がもたねぇ」



先生は、

すぐには答えない。


代わりに、

別の人に聞いた。


「昨日は、

 何を食べた?」


「……粥」


「今日は?」


「……芋」



先生は、

頷いただけだった。



リオが、

首をかしげる。


「量は同じだぞ?

 芋のほうが、重いくらいだ」



先生は、

地面にしゃがみ込み、

小石を二つ並べた。


一つは、

丸い。


もう一つは、

少し細長い。



「これを、

 “同じ”だと思う?」


誰も答えない。



「重さが同じでも、

 “中身”が違うと、

 体の使い方が変わる」



ミナは、

その言葉に引っかかった。


(……使い方……?)



先生は続ける。


「粥は、

 水と一緒に入る」


「芋は、

 噛んでから入る」



誰かが言った。


「……噛むと、

 腹が減るのが遅いって、

 聞いたことある……」



先生は、

それを否定もしない。


肯定もしない。


「じゃあ、

 今日は何回噛んだ?」


沈黙。



「昨日の粥は?」


さらに沈黙。



だが、

誰かが笑った。


「……数えてねぇな」



先生は、

その笑いを逃さなかった。


「じゃあ、

 今日は数えてみよう」



「正確じゃなくていい。

 十まで行かなくてもいい」


「“昨日より多いか少ないか”だけでいい」



ミナは、

胸が少し軽くなるのを感じた。


(……まただ……

 “できる範囲”だけ……)



昼。


芋を食べる音が、

いつもより静かだった。


誰も急がない。


噛む。

止まる。

また噛む。



子どもが言う。


「……あれ?

 まだ、腹、鳴らない」



別の声。


「……なんか……

 眠くならねぇ」



先生は、

遠くからそれを聞いていた。



午後。


小石の横に、

新しい石が二つ置かれた。


片方には、

小さく傷がついている。



ミナは気づく。


(……誰か……

 “昨日と今日”を……

 比べたんだ……)



夕方。


女が、

また先生に言った。


「先生……

 腹の減り方……

 違うな……」



先生は、

ようやく一言だけ言った。


「“同じ量”でも、

 “同じ働き”はしない」



それ以上は言わない。



夜。


街では、

こんな会話が増えていた。


「芋、細かく切ったほうがいいか?」


「子どもには、

 先に粥のほうがいいかもな」



誰も、

命令されていない。


誰も、

正解を渡されていない。



ミナは、

家に戻りながら思った。


(……これ……

 給食の前……

 “考えさせる段階”なんだ……)



遠くで、

塔の鐘が鳴る。


今日は、

二拍だけ。


短く、

迷う音。


街はまだ、

教団に逆らっていない。


だが――

腹の感覚だけは、

もう嘘をつかなくなっていた。


────────────

誤字脱字はお許しください。

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