表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/105

第83話 数えないと見えないもの

83話です

朝。


井戸の前に、

小さな変化があった。


水桶を置く音が、

少しだけ少ない。



「……あれ?

 今日は、並んでないな」


誰かが言い、

誰かが首を傾げる。



先生は、

その様子を遠くから見ていた。


何も言わない。


だが、

昨日まとめられた布包み――

あの小石の袋が、

まだそこにあることを確認する。



ミナは気づいた。


(先生……

 “残してる”……

 片づけさせてない……)



井戸のそばで、

子どもが一人、水を汲んでいた。


いつもより、

一往復で終わっている。



リオが小さく言う。


「……今日は、

 水、あんまり汲まねぇな」


先生は、

初めてそれに応じた。


「そう見える?」


「見える」


「“見える”だけ?」


リオは少し考える。


「……数えてねぇけど」


先生は頷いた。



そのまま、

井戸の縁に腰を下ろす。


「じゃあ、

 数えてみようか」


誰かが、

一瞬身構えた。


だが――

命令ではない。



「今日は、

 ここで水を汲んだ家が、

 何軒かだけ」


「全部じゃなくていい。

 “気づいた分”だけでいい」



沈黙。


だが、

誰かが動く。


桶を置きながら、

指を折る。


「……うちは、一回」


別の声。


「……うちも、一回」



ミナは、

胸の奥がざわつくのを感じた。


(……これ……

 昨日と同じ……

 でも……

 違う……)



昼前。


布包みの横に、

新しい石がいくつか置かれていた。


形も色も違う。


誰が置いたか、

誰も言わない。



先生は、

それを並べ替えもしない。


ただ、

一つだけ聞いた。


「昨日より、

 水を汲む回数は、

 増えた?

 減った?」



答えは、

すぐに出なかった。


だが、

誰かが言う。


「……減った、と思う」


別の人。


「……うち、

 今日は腹、平気だ」



先生は、

評価しない。


肯定もしない。


「じゃあ、

 次はこれを見てみよう」



先生は、

通りの端に残った

小さな焚き跡を指した。


「昨日、

 ここで何をした?」


「……残飯、燃やした……」


「いつも?」


「……いや……

 昨日だけ……」



先生は頷く。


「じゃあ、

 今日は匂い、どう?」


誰かが鼻を動かす。


「……あんまり……」



沈黙。


だが、

その沈黙は重くない。


“つながりを探す沈黙”。



ミナは、

はっきりと分かった。


(……先生……

 教えてない……

 “結論”を……)



先生は立ち上がり、

静かに言った。


「水も、

 ゴミも、

 体調も――」


「一つだけ見ても、

 分からない」



小石を、

そっと指で押す。


「でも、

 並べると、

 “傾き”が見える」



子どもが、

ぽつりと聞いた。


「……じゃあ……

 ごはんは……?」


その場の空気が、

一瞬だけ止まる。



先生は、

すぐに答えなかった。


代わりに、

こう言った。


「いい質問だ」



「でも、

 今日は答えない」


ざわり。



「ただ、

 明日――」


「“何を食べた日”と、

 “元気だった日”を、

 思い出してみて」



ミナは、

息を呑んだ。


(……次……

 食べ物……

 給食……?)



夕方。


通りで、

自然とこんな会話が聞こえた。


「昨日、

 粥だったよな……」


「今日は、

 芋、少なかった……」



誰も、

「正解」を言わない。


だが、

話題が消えない。



夜。


先生は、

布包みを手に取らなかった。


ただ、

その横に置かれた

新しい石を見ていた。



ミナが、

そっと尋ねる。


「先生……

 これ……

 授業……だよね……?」


先生は、

小さく頷いた。


「うん」


「でも……

 誰も“勉強してる”って、

 思ってない……」


「それでいい」



先生は、

街の灯りを見ながら言った。


「学びはね、

 生活に溶けた瞬間、

 一番強くなる」



遠くで、

鐘が鳴る。


今日は、

少しだけ短い音だった。


街は、

まだ何も決めていない。


だが――

“数えないと見えないもの”があることだけは、

確かに知ってしまった。


───────────

誤字脱字はお許しください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ