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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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81/105

第81話 清掃は罰ではない

81話です

朝。


スラムの通りに、

昨日までなかった音が混じり始めた。


――水の音。

――布を絞る音。

――石が擦れる、乾いた音。



誰かが、

通りの端に溜まっていた汚れを、

水で流していた。


命令はない。

祈りもない。


ただ、

昨日、井戸のそばで起きた“手の動き”が、

少しだけ場所を変えただけだった。



ミナは、家の前に立ち、

その様子を見ていた。


(……掃除……

 誰に言われたわけでもないのに……)


子どもが一人、

棒で溝をつつく。


詰まっていたゴミが、

ゆっくりと流れた。



そこへ、先生が来た。


何も言わない。


ただ、

溝の端にしゃがみ込み、

詰まりかけた場所を指差した。


「……ここ」


それだけだった。



少年が、首を傾げる。


「……なんで?」


先生は、少しだけ考え、

短く答えた。


「水は、止まると腐る」



それだけで十分だった。


少年は棒を動かし、

ゴミを引き抜く。


水が流れる。



それを、

別の大人が見ていた。


(……あそこ……

 うちの前も、似てるな……)



午前中のうちに、

通りが一本、

少しだけ明るくなった。


臭いが、薄れた。


それだけの変化。


だが――

確かに、違った。



昼前。


教団の見回りが、

通りに入ってきた。


視線が、地面に落ちる。


濡れた跡。

流されたゴミ。


眉がひそめられる。


「……何をしている」


返事はない。


だが、

誰も手を止めない。



見回りは、

少し苛立ったように言う。


「掃除は、

 罰として課されるものだ」



その言葉に、

一瞬、空気が固まった。



先生が、立ち上がる。


ゆっくりと。


声は低い。


「それは、

 “誰のための罰”ですか」


見回りが、言葉に詰まる。


「……秩序のためだ」



先生は頷く。


「じゃあ、

 今の秩序は、

 誰の役に立っていますか」



沈黙。


見回りは、

周囲を見る。


子ども。

女。

年寄り。


誰も、怯えていない。



「……勝手なことをするな」


そう言い残し、

見回りは去った。



ミナは、息を吐いた。


(……怒られると思った……

 でも……

 止められなかった……)



午後。


先生は、

通りの端に線を引いた。


地面に、

短い線を、いくつか。


「今日は、

 もう一つだけ、考えよう」


人が集まる。



先生は言った。


「この通りを、

 毎日一人で掃除したら、

 どうなる?」


誰かが答える。


「……疲れる」


「続かねぇ」



先生は、頷く。


「じゃあ、

 三人でやったら?」


「……楽になる」


「早い」



先生は、線を三つに分ける。


「これは、“役割”だ」



ミナは、

その言葉に引っかかった。


(……役割……

 罰じゃない……)



先生は続ける。


「罰は、

 嫌なことを押しつける」


「役割は、

 “必要なことを分ける”」



誰かが、ぽつりと呟く。


「……じゃあ……

 掃除は……」


先生は答える。


「生きるための作業だ」



静かに、

だが確かに、

空気が変わった。



夕方。


通りごとに、

自然と人が分かれ始めた。


今日はここ。

明日はあっち。


言葉は少ない。


だが、

動きは揃っていく。



リオが、

溝を見ながら言った。


「……これ……

 誰が仕切ってるわけでもねぇのに……」


先生は答えない。


ただ、

濡れた地面を見ている。



夜。


通りの匂いが、

昨日より軽かった。


それだけだ。


だが――

人は、それを覚える。



ミナは、

家に戻る途中、

ふと思った。


(……明日……

 やらなかったら……

 どう感じるんだろう……)


その問いが、

“義務”ではなく、

“選択”として浮かんだことに、

彼女はまだ気づいていない。



遠くで、

鐘が鳴った。


いつもと同じ音。


だが、

今日は――

少し、届き方が違った。


街は今、

罰ではなく、

役割で動き始めている。


────────────

誤字脱字はお許しください。

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