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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第77話 誰が掃除をするのか

77話です。

朝。


倉庫の前の地面は、

昨日より少しだけきれいだった。


誰かが言い出したわけではない。

誰かに命じられたわけでもない。


ただ、

落ちていた皮袋の切れ端がなくなり、

鍋の周りの灰がまとめられていただけだ。


ミナは、それに気づいて足を止めた。


(……昨日より……

 歩きやすい……)



全員が集まると、

先生は影時計を一度見てから言った。


「今日は、食べる前に一つだけ」


その声は穏やかだったが、

誰も軽くは受け取らなかった。


「この場所、

 昨日と比べてどうかな」


人々は、足元を見る。


鍋。

木箱。

地面。


誰かが、ぽつりと言った。


「……きれいだな」


「誰か、掃いたのか?」


視線が行き交う。


だが、

名乗る者はいなかった。



先生は、

すぐには答えない。


代わりに、

地面に三つの円を描いた。


「質問だ」


「この場所が汚れるのは、

 いつだと思う?」


沈黙。


「食べたあと」

「人が多いとき」

「風が強い日」


ぽつぽつと声が出る。


先生は頷いた。


「じゃあ逆に、

 きれいになるのはいつ?」


沈黙が戻る。



リオが首をひねる。


「……誰かがやった時?」


先生は、

それ以上言わなかった。


ただ、

三つの円の横に言葉を書いた。


汚れる理由

きれいになる理由


その二つの間に、

一本の線を引く。



「街はね」


先生はゆっくり言った。


「汚れる理由は、

 いつもはっきりしている」


「でも、

 きれいになる理由は、

 曖昧なままにされやすい」


ミナは、

鍋の縁についた煤を見つめた。


(……確かに……

 誰がやったかなんて……

 気にしたことなかった……)



先生は続ける。


「だから質問を変える」


「“誰が掃除したか”じゃない」


「“誰が掃除することになっているか”だ」


空気が、

ぴんと張った。



誰かが言った。


「……決まってない」


別の者が言う。


「気づいた人がやるもんだろ」


先生は、

その二つの言葉を聞き、

静かに頷いた。


「それが一番多い形だね」


「でも――」


そこで、

ほんの少し声を低くする。


「その形だと、

 どうなると思う?」



沈黙。


先生は、

一人ひとりを見る。


責める目ではない。

探る目でもない。


ただ、

考えさせる目だった。



ミナの中で、

小さな引っかかりが生まれる。


(……気づいた人……

 って……

 いつも同じ人じゃ……)


リオも、

腕を組んだまま黙っている。



先生は、

地面に新しく円を描き、

その中に点を打った。


「気づく人」


その横に、

もう一つ点を打つ。


「気づかない人」


「どちらが悪い?」


誰も答えない。


「どちらも悪くない」


先生は即答した。


「問題は――

 “役割が決まっていない”ことだ」



その言葉で、

何人かが小さく息を吸った。


先生は、

次の線を引く。


当番


「これはね」


「誰かを縛るためのものじゃない」


「“やらなくていい時間”を

 全員に作るための仕組みだ」



ミナは、

胸の奥が少し軽くなるのを感じた。


(……やらなきゃ……

 って思うより……

 今日は違う、って分かる方が……

 楽……)



先生は続ける。


「掃除は、

 きれいにする行為じゃない」


「“誰の仕事か分からない不安”を

 片づける行為だ」


誰かが、

小さく笑った。



その日、

名前を書いた板が一枚置かれた。


線を引き、

簡単な印をつけるだけ。


今日。

明日。

明後日。


細かくは決めない。


先生は言った。


「完璧にやらなくていい」


「サボってもいい」


「ただ――

 “今日は誰の番か”だけ分かればいい」



翌日。


掃除は、

驚くほど静かに進んだ。


命令もない。

叱責もない。


当番の者が、

淡々と動く。


それを見た者は、

邪魔をしない。



ミナは、

箒を持つ人の背中を見ながら思った。


(……掃除してるのに……

 怒ってない……)



先生は、

影時計を見て言った。


「次は――

 水だ」


リオが顔を上げる。


「……水?」


先生は頷く。


「汚れは目に見える」


「でも、

 水は見えにくい」


「だから次は――

 “見えないものを扱う授業”だ」


倉庫の外で、

井戸の桶が軋む音がした。


街は、

また一つ、

自分で回り始めていた。

誤字脱字はお許しください。

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