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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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76/106

第76話 時間は誰のものか

76話です。

朝。


倉庫の前に、

人が集まる時間が――

ずれ始めていた。


昨日までは、

なんとなく同じ頃。


だが今日は違う。


早く来る者。

遅れて来る者。

途中で立ち去る者。


ミナは、

それが妙に気になった。


(……昨日はあんなに

 うまく回ったのに……?)



鍋の準備は、

すでに終わっていた。


だが、

誰も食べ始めない。


理由は単純だった。


「まだ来てない人がいる」


その一言で、

全員が止まった。


十分。

二十分。

三十分。


空腹よりも、

沈黙が先に重くなる。


リオが耐えきれず言った。


「なあ……

 先、食っちまえばいいじゃん」


数人がうなずく。


「遅れた方が悪い」

「待つ必要なくね?」


先生は、

すぐには答えなかった。


代わりに、

地面に線を引いた。


一本の横線。


「質問だ」


静かな声だった。


「今、ここで止まっているのは

 “食事”かな?」


誰も答えない。


「それとも――」


線の上に、文字を書く。


時間



ミナの胸が、

ひくりと鳴った。


(……時間……?)


先生は続ける。


「今、

 誰かが来るのを待っている」


「その間、

 何が止まっている?」


「食事?」

「作業?」

「会話?」


「それとも――

 “全員の時間”?」


ざわり、と空気が動く。



遅れてきた男が、

息を切らして現れた。


「す、すまん……

 水汲みが……」


誰も責めなかった。


だが、

誰も笑わなかった。


先生は、

男を見て言った。


「今、あなたが遅れた理由は

 “仕事”だね」


男は頷く。


「じゃあ、

 その間、

 待っていた人たちは?」


沈黙。


「彼らの時間は、

 誰のものだったと思う?」


男は、

言葉を失った。



先生は、

線を二本に分けた。


左に書く。


個人の時間


右に書く。


共同の時間


「水汲みは、

 個人の時間」


「でも、

 食事は――」


ミナが小さく言った。


「……みんなの……?」


先生は頷いた。


「そう。

 “共同の時間”」



リオが腕を組む。


「じゃあさ……

 共同の時間に遅れたら、

 どうすりゃいいんだよ」


先生は、

すぐ答えなかった。


その代わり、

昨日の人数表を思い出させる。


「昨日、

 人数を決めたね」


「今日は、

 何を決めてない?」


ミナが気づく。


(……時間……

 始める時間……)



先生は、

初めてはっきり言った。


「“始める時間”を決めよう」


ざわつき。


「毎日、

 同じ時刻に食べる」


「来た人から始める」


「遅れた人は、

 自分で温める」


リオが吹き出す。


「冷てぇな……」


先生は、

首を振った。


「冷たいんじゃない」


「“公平”だ」



その言葉で、

空気が変わった。


誰かを待つ。

誰かを責める。

誰かに遠慮する。


全部、

“時間が決まっていない”から起きていた。


ミナは、

はっとする。


(……時間って……

 感情の引き金だった……)



その日から。


倉庫の前に、

一つの目印が置かれた。


棒と、

簡単な影時計。


誰が言い出したわけでもない。


先生は、

作り方だけ教えた。


「影がここに来たら、

 始める」


それだけ。



翌日。


誰も待たなかった。

誰も責めなかった。


遅れた者は、

黙って後から食べた。


早く来た者は、

静かに準備した。


声は少ない。


だが、

空気は軽かった。



ミナは、

皿を洗いながら思った。


(……時間を決めただけで……

 人が優しくなった……?)


先生は、

その背中に言った。


「時間はね」


「奪うと争いになる」


「決めると、

 道具になる」



リオが、

ふと聞いた。


「なあ先生」


「街全体でも……

 これ、使えんのか?」


先生は、

少しだけ笑った。


「使えるよ」


「次は――

 “掃除の時間”だ」


ミナは目を見開く。


(掃除……?

 それって……教育……?)


先生は、

何でもないことのように言った。


「街はね」


「汚れより先に、

 “時間”で壊れる」


影時計の影が、

静かに動いていた。


次に動くのは、

街そのものだ。


────────

誤字脱字はお許しください。

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