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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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75/108

第75話 決めないと腐るもの

75話です。

朝。


倉庫の奥から、

微妙な匂いがした。


魚でもない。

腐敗とも違う。


――酸っぱい。


ミナが鼻をひくつかせる。


「……これ、なに……?」


「昨日の煮込みだろ」


リオが言った。


前日の夕方、

余った野菜と魚で作った鍋。


量が多く、

食べきれなかった。


誰も捨てなかった。

誰も決めなかった。


だから――

そのまま置かれていた。



鍋の中身は、

見た目ではまだ食べられそうだった。


だが、

表面に薄く膜が張っている。


先生は、

蓋を開け、

すぐ閉じた。


「今日は、これを食べない」


即断だった。


ミナが驚く。


「えっ……?

 でも、もったいない……」


何人かの大人も頷く。


「火も通してあるし……」

「腹を壊すほどじゃ……」


先生は、

反論しなかった。


代わりに聞いた。


「昨日、

 何人分作った?」


沈黙。


「……多めに……」


「“多め”って、

 どれくらい?」


誰も答えられない。



先生は、

地面に数字を書いた。


20


「昨日、集まった人数」


次に書く。


28


「作った量」


最後に引く。


8


「余り」


ミナは目を見開いた。


(……数にすると……

 はっきりする……)


先生は続ける。


「質問だ。

 この“8”は、失敗かな?」


即答はない。


「もったいない」

「足りないよりマシ」


声が割れる。


先生は、

うなずいた。


「どれも、正しい」


そして、

こう付け足した。


「でも――

 “決めていなかった”」



先生は、

鍋を指さした。


「昨日、

 “余ったらどうするか”を

 誰か決めた?」


誰も答えない。


「保存する?」

「分ける?」

「捨てる?」


「どれでもよかった。

 でも――」


先生は静かに言った。


「何も決めなかった」


「だから今、

 “食べられるかどうか”で

 揉めてる」


ミナの背中に、

冷たいものが走る。


(……昨日の汚れと……

 同じ……)



リオが言った。


「じゃあさ、

 決めりゃいいじゃん」


先生は、

すぐ頷かなかった。


「“決める”前に、

 一つだけ見てほしい」


そう言って、

昨日の人数と、

過去数日の集まりを並べた。


18 / 21 / 19 / 20


「人数は、

 毎日違う」


「でも、

 大きくは変わらない」


ミナは気づく。


(……だいたい……

 20前後……)


先生は続ける。


「これを、

 “感覚”で作ると、

 毎回余るか、

 足りなくなる」


「でも――」


数字を丸で囲む。


「“数として見る”と、

 予測できる」



先生は、

ここで初めて提案した。


「次から、

 こうしよう」


「作る量は、

 昨日の人数を基準にする」


「余ったら、

 その日のうちに分ける」


「次の日に持ち越さない」


ミナが聞く。


「……捨てないの?」


「捨てない。

 でも、残さない」


リオが苦笑する。


「めんどくせぇな……」


先生は、

はっきり言った。


「“めんどくさい”っていうのは、

 考えてる証拠だ」



その日の夕方。


新しい鍋は、

ほぼ空になった。


余りは、

二人分だけ。


すぐ分けられ、

持ち帰られた。


誰も文句を言わない。


誰も指示していない。


ただ、

“決まっていた”。



夜。


ミナは、

鍋を洗いながら思った。


(……決めただけなのに……

 揉めなかった……)


先生は、

それを見て言った。


「ルールってね」


「人を縛るために作るんじゃない」


「“迷わないため”に作る」


リオが、

火を見つめながら言う。


「……今日、

 誰も怒鳴ってねぇな」


先生は微笑んだ。


「怒鳴るのは、

 “どうしていいか分からない時”だ」



鍋は空。

床はきれい。

匂いは消えた。


街は今日も、

声を上げていない。


だが――

確実に、

“決断する力”を

一つ身につけていた。


次に腐るのは、

食べ物じゃない。


“時間”だ。


それをどう使うかを、

街はまだ知らない。


─────────

誤字脱字はお許しください。

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