表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/107

第73話 誰が火を見るのか

73話です。

翌朝。


井戸のそばに置かれた鍋は、

きれいに洗われていた。


だが――

火は、ついていなかった。


ミナは首をかしげる。


「……今日は、煮ないの?」


近くにいた女が、

気まずそうに視線を逸らした。


「……薪がさ。

 誰の分を使うか、

 決まってなくて……」


ミナは胸の奥が、

すっと冷えるのを感じた。


(……来た……

 “みんなのため”が、

 “誰の責任か”になる瞬間……)



倉庫。


先生は、

何も聞かずに頷いた。


そして、

床に円を描く。


円の外に、

小さな点を一つ。


「これは、火」


円の中に、

点をいくつも。


「これは、人」


リオが眉をひそめる。


「……外にあんのかよ」


「うん」


先生は淡々と答える。


「火は、

 街の“外”にある」


「水は、

 最初から街にあった」


ミナは、

はっとする。


(……だから……

 水は誰のものでもない……

 でも火は……

 “誰かが用意したもの”……)



昼前。


井戸の周りで、

小さな言い合いが起きた。


「昨日は、あの家が多く使ったろ」

「子どもが多いんだよ」

「じゃあ、うちはどうなるんだ」


声は低い。

だが、刺がある。


誰も悪くない。

だからこそ、

止まらない。



先生は、

少し離れた場所で見ていた。


止めない。

介入しない。


ただ――

リオに、

ぽつりと言う。


「今、何が起きてる?」


リオは、

少し考えてから答えた。


「……火が足りねぇんじゃなくて……」


「うん」


「……決める奴が、

 いねぇんだ」


先生は、

小さく頷く。


「正解」



夕方。


再び、

鍋は空のままだった。


腹を壊す子はいない。

だが、

皆が気づいている。


(……続かない……)


沈黙が、

少し重い。



その夜。


倉庫で。


先生は、

チョークを持つ。


だが、

文字は書かない。


代わりに、

線を一本。


そして、

その線の上に、

小さな丸を並べる。


「これは、当番」


ミナが小さく息を呑む。


「……当番……」


「便利な仕組みだよ」


先生は言う。


「責任を分けられる」

「不公平が見えにくい」


リオが口を挟む。


「じゃあ、それでよくねぇか?」


先生は、

すぐには答えない。


「当番には、

 弱点がある」


ミナが尋ねる。


「……なに?」


「“失敗したとき”、

 責めやすい」


沈黙。


「火が足りない」

「鍋が汚れた」

「誰かが腹を壊した」


「その全部が、

 “今日の当番”のせいになる」


ミナは、

胸が痛くなる。


(……確かに……

 昨日も……

 “誰がやった”って話に……)



先生は、

チョークを置いた。


「だから――

 今日は、当番を作らない」


リオが驚く。


「え?

 じゃあ、どうすんだよ」


先生は、

ゆっくり言った。


「“やりたい人”が、やる」


ざわめき。


「ただし――」


先生は、

一拍置く。


「やった人は、

 “褒められない”」


ミナが目を丸くする。


「……え?」


「感謝はする。

 でも、評価しない」


「偉いとも言わない」


「責任も、

 押しつけない」


リオが首をかしげる。


「……それ、

 やる意味あんのか?」


先生は、

静かに答えた。


「“役割”にしないためだ」



翌朝。


鍋のそばに、

一人、女が立っていた。


昨日とは、別の人。


火を起こし、

静かに水を温める。


誰も声をかけない。


しばらくして、

もう一人来る。


薪を、

そっと置く。


それだけ。



昼。


三人。


夕方。


五人。


名前は呼ばれない。

順番も決まっていない。


だが、

火は消えなかった。



ミナは、

その様子を見て思った。


(……これ……

 ルールじゃない……

 でも……

 ちゃんと回ってる……)



夜。


先生は、

何も言わなかった。


ただ、

井戸の湯気を見ている。


リオが、

ぽつりと呟く。


「……先生」


「うん?」


「これ……

 いつか、

 決めなきゃいけなくなるよな」


先生は、

少しだけ笑った。


「そうだね」


「でも――」


一拍置く。


「“決めなくても回る経験”がないと、

 “決めたルール”は、

 必ず壊れる」


リオは、

黙った。


その言葉が、

深く沈んだからだ。



火は、

誰のものでもない。


だが、

誰かの手で守られている。


それを、

街は初めて知った。


支配でも、

命令でもない。


“関わり”という形で。


革命は、

今日も音を立てない。


ただ、

火が消えない。


それだけで――

街は、少し変わった。

誤字脱字はお許しください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ