表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/108

第72話 煮るという革命

72話です。

朝。


井戸の水面に、

小さな湯気が立っていた。


誰かが、

鍋を置いている。


火は弱い。

ぐらぐら煮えてはいない。


ただ――

「温めている」。


ミナは足を止めた。


(……昨日までは……

 生水だった……)



鍋のそばにいたのは、

名も知らない中年の女だった。


「……煮てるの?」


ミナが尋ねると、

女は少し困ったように笑った。


「煮てるってほどじゃないよ。

 “温めてる”だけ」


「なんで……?」


「腹壊す子がいなくなったろ。

 昨日は」


ミナは息を呑む。


(……偶然じゃないって……

 みんな……思い始めてる……)


女は続けた。


「石、置いてたろ。

 掃いた日と、

 腹壊した日」


「全部じゃないけど……

 雨のあとが多かった」


声は小さい。

だが、

迷いが少ない。


「だから……

 火、使ってみた」



倉庫。


先生は、

その話を聞いて、

何も言わなかった。


ただ、

チョークで書いた。


 水

 ↓

 火

 ↓

 腹


三つの単語を、

一直線に。


リオが首をかしげる。


「……それ、

 合ってんのか?」


「まだ分からない」


先生は即答した。


「でも――

 “確かめる価値はある”」


ミナは気づく。


(……断言しない……

 でも、止めもしない……)



昼前。


別の場所でも、

鍋が出始めた。


だが問題は、

すぐに起きた。


「薪が足りねぇぞ!」


「誰が使った!」


「煮るなら、

 全員分だろ!」


声が荒くなる。


火は、

水と違って

“有限”だ。


燃やせば減る。

集めなければ尽きる。


ミナの胸がざわつく。


(……来た……

 資源っていうやつの話……)



先生は、

広場の端で、

それを見ていた。


そして、

地面に描く。


丸を三つ。


「これは、

 鍋」


線を引く。


「これは、

 火」


さらに、

短い線をいくつも。


「これは、

 薪」


誰も、

説明を求めない。


もう、

見るだけでいい。


「質問」


先生が言う。


「全員分を煮るとき、

 一番先に足りなくなるのは?」


沈黙。


やがて、

誰かが言った。


「……火」


別の声。


「いや、薪だ」


先生は頷く。


「どっちも正解。

 だから――

 “全部一気に”は、無理だ」


ざわめき。



「じゃあ、

 どうする?」


先生は、

答えを言わない。


代わりに、

円を二つ重ねて描いた。


「煮る日」


「煮ない日」


その間に、

小さな点。


「試す日」


ミナは、

はっとする。


(……段階……)


「毎日、

 全員分を煮なくていい」


「まず、

 “危なそうな日”だけ」


誰かが言う。


「……雨のあと?」


「そう」


「じゃあ……

 子どもだけ?」


「それも、ありだ」


先生は、

否定しない。



リオが小声で言った。


「先生……

 これ……

 給食じゃねぇけど……」


「前段階だね」


先生は、

小さく笑った。


「“食べ物を決める前に、

 水を決める”」



午後。


煮た水と、

煮ていない水。


二つの桶が置かれた。


誰も命令しない。


ただ、

母親たちが、

子どもを見る。


(……今日は……

 煮た方かな……)


その判断が、

一人ひとりに委ねられる。


結果――

腹を壊した子は、

出なかった。



夜。


倉庫で。


ミナが、

小さく尋ねる。


「先生……

 これ……

 前に言ってた科学……?」


先生は少し考え、


「半分は、科学」


と言った。


「残りは?」


「生活」


「それをつなぐのが、

 教育だ」


ミナは、

胸が熱くなるのを感じた。


(……学校じゃない……

 でも……

 ちゃんと“学んでる”……)



教団の見回りが、

また報告する。


「……火の使用が……

 増えています」


「祈りは?」


「……増えていません」


司祭は、

歯を食いしばった。


「火を使えば、

 神に頼らなくなる……」


だが、

止める理由がない。


清潔。

静か。

死者なし。


“悪”がない。



夜更け。


井戸のそばで、

小さな鍋が

まだ温かい。


誰かが、

ふたを閉める。


明日のために。


それはもう、

施しでも、

命令でもない。


街が自分で選んだ、

“安全”。


革命は、

叫ばない。


ただ――

静かに、

煮えていく。


────────

誤字脱字はお許しください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ