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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第71話 線と丸だけの仕事

71話です

朝。


井戸の周りに、

奇妙なものが増えていた。


誰かが置いた、小さな石。

それも一つや二つじゃない。


井戸の縁に、

規則性もなく、

だが――

「適当」でもない配置で、

石が並んでいる。


ミナは立ち止まった。


(……昨日は……

 こんなの、なかった……)



「それ、誰が置いたの?」


ミナが声をかけると、

近くにいた年配の女が肩をすくめた。


「知らないよ。

 気づいたら、あった」


別の女が言う。


「昨日、

 誰が掃いたか……

 分からなくなってさ」


「喧嘩になりそうだった」


「だから……

 石、置いた」


説明はそれだけ。


だが、

ミナは分かってしまった。


(……これ……

 “記録”だ……)


名前も、

文字も、

責任の押し付けもない。


ただ――

「やった」という痕跡。



倉庫。


先生は、

それを見ていた。


遠くから。

何も言わずに。


リオが小声で言う。


「……先生。

 あれ……

 勝手に始めてますけど……」


「うん」


「止めないんですか?」


先生は首を振った。


「止める理由がない」


「でも……

 ぐちゃぐちゃですよ」


「最初は、

 必ずそうなる」


先生は、

床にしゃがみ込み、

チョークで書いた。


一本の線。


その横に、

丸を三つ。


「これは……?」


リオが尋ねる。


「一日」


「丸は?」


「やった数」


リオは眉を寄せた。


「……それだけ?」


「それだけ」



昼前。


井戸の周りで、

また声が上がった。


「昨日、

 誰が二回やった?」


「分からないだろ」


「石、増えてるぞ」


一瞬、

空気が険しくなる。


そのとき、

若い男が言った。


「……一回でいいんじゃね?」


沈黙。


「一回なら……

 誰がやったか、

 覚えてられる」


別の声。


「……確かに」


完璧じゃない。

効率も悪い。


だが――

“続けられる”。


先生は、

遠くでそれを聞き、

小さく頷いた。



午後。


倉庫の中。


先生は、

壁に何も書かない。


ただ、

石を一つ持ち上げ、

床に置く。


「これは……

 “一人分の仕事”だ」


子どもたちが、

じっと見る。


「じゃあ、

 これが十個あったら?」


「……十人?」


「そう」


先生は、

石を動かさない。


「でもね」


視線を上げる。


「十個あっても、

 十人やったとは限らない」


ざわり。


「一人で、

 二つやったかもしれない」


「逆に、

 誰もやってない日が、

 あったかもしれない」


ミナは、

息を呑んだ。


(……これ……

 数の話だ……

 でも……

 式がない……)


先生は、

淡々と続ける。


「だから――

 “数だけ”を見ると、

 間違える」


「大事なのは、

 “比べる”ことだ」



その夜。


腹を壊す子が、

一人も出なかった。


偶然かもしれない。


だが、

母親たちは、

気づいてしまう。


(……昨日……

 水、気をつけた……)


(……手、洗った……)


因果は、

まだ見えない。


だが、

“関連”は、

感じられる。



翌朝。


井戸の石は、

少し整っていた。


多すぎない。

少なすぎない。


誰かが、

勝手に動かした形跡。


ミナは、

思わず笑った。


(……先生……

 何も言ってないのに……)


倉庫で、

先生は言った。


「今日は、

 “名前を書かない当番”の話をしよう」


ざわつく。


「名前がないと、

 サボる?」


「責任が分からない?」


先生は、

首を振った。


「名前があると、

 “責める”が先に来る」


沈黙。


「名前がないと、

 “足りない”が先に見える」


子どもも、

大人も、

その違いを感じ取る。



教団の見回りが、

報告する。


「……井戸の周りが……

 静かすぎます」


「揉め事は?」


「……ありません」


「祈りは?」


「……増えていません」


司祭は、

苛立った。


「では、

 なぜ……

 街は……」


答えはない。


命令がないのに、

動いている。


数字があるのに、

支配できない。


これほど、

不気味なことはない。



ミナは、

家に戻り、

今日のことを思い返す。


誰も、

「当番表」を作っていない。


誰も、

「命令」していない。


それなのに――

井戸は、

昨日より、

少しだけ綺麗だ。


(……これ……

 教育……?)


先生は、

それを

教育とは呼ばない。


ただ、

“線と丸”を置いただけ。


だが――

街は、

数字と仕事を、

自分たちのものにし始めていた。


次に来るのは、

きっと――


「食べてもいい水」と、

「食べてはいけない水」。


そして、

“安全な一食”という、

とても危険な発想。


街は、

もう止まらない。


───────────

誤字脱字はお許しください。

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